第二十四話「大聖堂突入」
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決戦の朝。
それぞれが、それぞれの戦場へ向かいます。
セスは正面から。
カインたちは地下から。
最終決戦の幕が、今、上がります。
朝日が王都を照らしていた。
ヘレナの酒場で、全員がスープを飲み終えた。
「……美味かったです」
リーリアが言った。
「そうかい」
ヘレナが器を下げる。
「セス。あんたのスープは、どうだった」
セスは空になった器を見つめた。
「……少しだけ、苦かった」
ヘレナが微かに笑った。
「そうかい。……なら、動いた甲斐があったね」
【出発】
酒場の前で、全員が集まった。
「ここで二手に分かれる」
カインが言った。
「セス兄は正面から大聖堂へ。俺たちは地下墓地から潜入する」
セスが頷いた。
「分かってる。……アベルの目を引きつければいいんだな」
「ああ。無理はするな。逃げ道は確保しておく」
「逃げ道か」
セスが苦笑した。
「俺は、もう逃げるつもりはない」
「セス兄……」
「心配するな。死ぬ気もない」
セスがカインを見た。
「お前が封印の間に着くまで、時間を稼ぐ。……それが俺の仕事だ」
カインは頷いた。
「……頼んだ」
「ああ。お前こそ、しくじるなよ」
兄弟は、拳を軽くぶつけ合った。
【正面】
セスは、一人で大聖堂の正門に向かった。
白亜の建物が、朝日を浴びて輝いている。
かつては神聖に見えたその姿が、今は巨大な墓標のように見えた。
門の前には、教会の兵士たちが立っている。
「止まれ! 何者だ!」
セスは立ち止まらなかった。
「ヴェルデ家の次男、セスだ」
兵士たちがざわめいた。
「脱獄囚だ! 捕らえろ!」
兵士たちが剣を抜いて向かってくる。
セスは剣を抜いた。
一人目を斬り伏せる。二人目を蹴り飛ばす。三人目の剣を弾く。
「雑魚に用はない」
セスが叫んだ。
「アベル! 出てこい! ……話がある!」
【降臨】
静寂が落ちた。
兵士たちが、何かに怯えたように後退する。
大聖堂の扉が、音もなく開いた。
そこに立っていたのは、黒い外套を纏った男。
感情のない目。無駄のない姿勢。
両手に、細身の双剣を握っている。
「……脱獄か」
アベルが、淡々と言った。
「ああ」
「誰に助けられた。……いや、訊くまでもないな」
アベルの目が、微かに細まった。
「三男か」
「カインだ。あいつには名前がある」
「……名前」
アベルが首を傾げた。
まるで、その概念を理解できないかのように。
「処刑人に、名前は不要だ」
【壊れた道具】
セスは剣を構えた。
「アベル。お前は俺の兄だ。……でも、もう人間じゃない」
「そうだ。俺は処刑人だ。それ以上でも、以下でもない」
「違う」
セスが首を振った。
「お前は処刑人ですらない。……ただの、壊れた道具だ」
アベルの目が、初めてわずかに動いた。
「……道具」
「カインは言った。『不完全なままでいい。それが俺たちの強さだ』と」
セスが剣を構え直した。
「お前は完璧になろうとして、全部捨てた。感情も、痛みも、家族も。……俺は不完全なまま、ここに立ってる」
「不完全な者が、完璧な者に勝てるとでも?」
「勝てなくてもいい」
セスが笑った。
「俺の役目は、お前を倒すことじゃない。……お前の目を、俺に釘付けにすることだ」
アベルは黙っていた。
セスの言葉を聞いていた。
理解はできる。だが、共感はできない。
……共感?
その言葉が、なぜ浮かんだのか。
アベルは自分の思考に、微かな違和感を覚えた。
「……いいだろう」
アベルが双剣を構えた。
抜き放たれた刃が、朝日を反射して冷酷なまでの白銀を放つ。
それは美しかった。
だが、その美しさは生命を感じさせない、研ぎ澄まされた死の美しさだった。
「相手をしてやる。……三男が来るまでの、暇潰しだ」
【地下墓地】
同じ頃、カインたちは地下墓地に入っていた。
冷たい空気。かび臭い匂い。壁に並ぶ無数の骨壷。
「……ここが、地下墓地か」
クロウが周囲を見回した。
「ああ。処刑された罪人の遺体が安置されている場所だ」
カインが先頭を歩く。
「この奥に、封印の間への隠し扉がある。……セス兄から聞いた通りなら」
リーリアがカインの隣を歩いた。
彼女の手には、淡い光が灯っている。
「カイン、道は分かる?」
「ああ。……昔、親父に連れられて来たことがある」
カインは記憶を辿りながら進んだ。
【父の教え】
地下墓地の奥に、古い扉があった。
錆びた鉄の扉。その表面には、複雑な紋様が刻まれている。
「これが、隠し扉か」
クロウが扉を調べた。
「鍵がかかってる。……しかも、普通の鍵じゃないな」
「ああ。これは『死の鍵』だ」
カインが扉に手を当てた。
「親父が教えてくれた。この扉は、『死を理解する者』にしか開けられないと」
「死を理解する……?」
「処刑人の家に伝わる、秘密の解錠術だ」
カインは目を閉じた。
父の言葉が、頭の中に蘇る。
『死は終わりじゃない。始まりでもある。……その境界を知る者だけが、この扉を開けられる』
カインは扉の紋様を指でなぞった。
「死は……終わりじゃない」
紋様が、淡く光り始めた。
「始まりでもある」
光が強くなる。
「俺は、その境界を知っている。……殺すためじゃなく、救うために」
カチン、と音がした。
扉が、ゆっくりと開いた。
【封印の間へ】
扉の向こうには、長い階段が続いていた。
「行こう」
カインが先頭に立った。
階段を降りていく。空気がどんどん冷たくなる。
やがて、巨大な空間に出た。
「これは……」
リーリアが息を呑んだ。
目の前に、巨大な扉がそびえ立っていた。
古代の紋様が刻まれた、黒い石の扉。
その向こうに、『原初の闇』が封印されているのだろう。
「封印の間の、入り口だ」
カインが扉に近づいた。
その瞬間。
背後に、冷たい殺気が走った。
「……よく来たな、三男」
カインは振り返った。
そこに立っていたのは、一人の男。
白髪交じりの黒髪。深い皺。冷たい目。
処刑人の外套を纏った、老いた獅子。
まるでその場所の空気そのものが彼に従っているかのような、圧倒的な静寂を纏っている。
動いていないのに、息をすることさえ許されないような威圧感。
処刑人一族の現当主。
数え切れぬ命を刈り取ってきた、死の体現者。
「親父……」
カインは、父の名を呼んだ。
「ギルバート・ヴェルデ」
第24話、「大聖堂突入」でした。
セスとアベルの対峙。
「お前は壊れた道具だ」という、セスの宣言。
カインたちは地下から潜入し、封印の間の入り口に辿り着きました。
しかし、そこに待っていたのは――父、ギルバート。
次回、ついに父子が対面します。
しかし、アベル戦も同時進行。
物語は、クライマックスへ。
「セスとアベルの対峙が熱い!」「親父登場!」と思っていただけたら、
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