第二十三話「王都の夜」
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決戦前夜。
嵐の前の静けさの中で、それぞれの想いが交錯します。
明日、全てが決まる。
だからこそ、今夜は大切な夜。
決戦の前夜。
王都は、静かだった。
月明かりが街を照らし、大聖堂の白い塔が闇に浮かんでいる。
明日、あの場所で全てが決まる。
カインは、酒場の屋根裏部屋で窓の外を見ていた。
【屋根裏】
「眠れない?」
リーリアの声がした。
振り返ると、彼女が毛布を肩にかけて立っていた。
「ああ。……お前もか」
「うん。明日のこと、考えちゃって」
リーリアがカインの隣に座った。
二人は並んで、窓の外を見た。
「……怖いか」
「少しだけ」
リーリアが正直に答えた。
「でも、逃げたいとは思わない。……ここまで来たんだもの」
「そうだな」
カインは窓枠に寄りかかった。
「俺も怖い。アベル兄は強い。親父も、何を考えてるか分からない」
「……」
「でも、お前がいるから、戦える」
リーリアが微笑んだ。
「私も。あなたがいるから」
【約束】
しばらく、沈黙が続いた。
やがて、カインが口を開いた。
「なあ、リーリア」
「何?」
「全部終わったら……俺の名前を呼んでくれないか」
リーリアが首を傾げた。
「名前? いつも呼んでるじゃない」
「違う。……処刑人でも、聖女でもない、ただの『カイン』として」
カインがリーリアを見た。
「俺は、お前と普通に生きたい。誰も殺さず、誰にも追われず。……ただの、カインとリーリアとして」
リーリアの目が潤んだ。
「……うん」
「約束してくれるか」
「約束する」
リーリアがカインの手を取った。
「全部終わったら、私、あなたの名前を呼ぶわ。何度でも。……『カイン』って」
カインは小さく笑った。
「ありがとう」
二人は手を繋いだまま、夜空を見上げた。
明日が来るのが、少しだけ怖くなくなった。
【酒場の隅】
階下では、セスとクロウが向かい合って座っていた。
酒瓶が一本、二人の間に置かれている。
「……飲むか」
クロウが杯を差し出した。
「ああ」
セスが受け取り、一口飲んだ。
「……苦いな」
「酒は元々苦いもんだ」
「そうじゃない」
セスが杯を見つめた。
「……ヘレナのスープと同じ味がする」
クロウは何も言わなかった。
【罪人同士】
しばらくして、セスが口を開いた。
「お前は、何人殺した」
「数えてない」
「俺もだ」
セスが苦笑した。
「処刑人ってのは、そういう仕事だ。数えたら、やってられない」
「……」
「でも、忘れてるわけじゃない。……忘れられるわけがない」
クロウが頷いた。
「ああ。俺もだ」
二人は黙って酒を飲んだ。
「……お前は、なぜ教会を裏切った」
「さっき言っただろう。少年を殺したからだ」
「それだけか」
「それだけだ」
クロウが杯を置いた。
「一人の命が、俺を変えた。……お前は、何に変えられた」
セスは考えた。
「……弟だ」
「カインか」
「ああ。あいつに負けて、殺されなくて……独房で考えた」
セスが続けた。
「俺は、なぜ生きてるんだ。何のために処刑人になったんだ。……答えが出なかった」
「今は?」
「……まだ分からない。でも、明日死ぬかもしれないなら、せめて誰かの役に立ちたい」
クロウがふっと笑った。
「それで十分だ」
「……そうか」
「ああ。俺たちみたいな罪人には、それくらいがちょうどいい」
二人は杯を合わせた。
不器用で、静かな連帯だった。
【厨房】
ヘレナは、厨房で鍋をかき混ぜていた。
明日の朝、みんなに食べさせるスープだ。
「……まだ起きてたのかい」
振り返ると、リーリアが立っていた。
「眠れなくて……。何か手伝えることはありますか」
「いいよ、座ってな」
ヘレナが椅子を示した。
リーリアは厨房の隅に座り、ヘレナの背中を見つめた。
【最後ではない】
「ヘレナさん」
「何だい」
「明日のスープは、どんな味になりますか」
ヘレナの手が、一瞬止まった。
「……さあね。食べてみないと分からないさ」
「そうですか」
リーリアは微笑んだ。
「私、楽しみです。……みんなで食べるスープ」
ヘレナは振り返らなかった。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
「……あんたたち、必ず帰ってきな」
「え?」
「これは『最後の晩餐』なんかじゃない。……帰ってきて、また食べるためのスープだ」
ヘレナが振り返った。
「だから、死ぬんじゃないよ。……全員、生きて帰ってきな」
リーリアの目から、涙が溢れた。
「……はい」
「泣くんじゃないよ。明日に響く」
「はい……でも、嬉しくて……」
ヘレナがため息をついた。
そして、少しだけ微笑んだ。
「……さっさと寝な。朝は早いよ」
「はい。……おやすみなさい、ヘレナさん」
リーリアが厨房を出ていく。
ヘレナは再び鍋に向かった。
「……馬鹿な子たちだ」
でも、その声は温かかった。
【夜明け前】
夜が更けていく。
カインは窓辺で、リーリアの寝顔を見ていた。
彼女は、カインの肩に頭を預けて眠っている。
「……守る」
カインは小さく呟いた。
「お前を、必ず守る」
無意識に、傍らに置いた道具箱に手が伸びた。
中には、縫合針と仮死の薬。処刑人の道具であり、救うための道具。
【逆縫】。
父から受け継いだ技術を、自分だけの形に変えた技。
それが、明日の戦いの鍵になる。
窓の外では、空が少しずつ白み始めていた。
やがて、東の空から赤い陽光が差し込んできた。
冷たい白亜の大聖堂を、その光がゆっくりと塗り替えていく。
まるで、死の色を生命の色が覆っていくように。
決戦の朝が、近づいていた。
第23話、「王都の夜」でした。
決戦前夜、それぞれの想いが交錯しました。
カインとリーリアの約束。
「全部終わったら、名前を呼んでくれ」
セスとクロウの、罪人同士の連帯。
「俺たちには、それくらいがちょうどいい」
ヘレナの、温かい言葉。
「これは最後の晩餐じゃない。帰ってきて、また食べるためのスープだ」
明日、全てが決まります。
次回、いよいよ大聖堂への突入。
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