第二十二話「セスの告白」
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セスを救出し、酒場へ帰還したカイン。
しかし、そこには新たな緊張が待っていました。
息子を殺された母と、処刑人の息子。
二人の対面の結末は――。
夜明け前、カインはセスを連れて酒場に戻った。
裏口から入ると、リーリアが駆け寄ってきた。
「カイン! 無事だったのね」
「ああ。……連れてきた」
カインの後ろから、セスがよろめきながら現れた。
リーリアの表情が強張った。
「この人は……」
「俺の兄だ。次兄のセス」
リーリアは複雑な顔をした。
かつて自分を殺そうとした男。でも、今は味方として連れてきた。
「……分かったわ」
リーリアは小さく頷いた。
【対面】
酒場の奥に、ヘレナが立っていた。
彼女の目が、セスを捉えた瞬間、空気が凍った。
「……ヴェルデの次男か」
低い声だった。
怒りでも、悲しみでもない。ただ、事実を確認するような声。
セスは黙っていた。
「あんたの親父が、うちの息子を殺した」
「……」
「あんたは、何人殺した」
セスは目を逸らさなかった。
「……数えてない」
「そうかい」
ヘレナの目には、何の感情も浮かんでいなかった。
それが、かえって恐ろしかった。
「座りな」
ヘレナが顎でカウンターを示した。
「話は、聞いてやる」
【無の味】
セスはカウンターに座った。
ヘレナが鍋からスープをよそい、セスの前に置いた。
無言で。表情も変えずに。
セスはスプーンを手に取り、一口飲んだ。
「……」
「どうだい」
「……味がしない」
「そうだろうね」
ヘレナが腕を組んだ。
「あんたには、まだ何の味もしない。……償いを始めてすらいないからさ」
セスが顔を上げた。
「クロウのスープが苦いのは、あいつが償い続けてるからだ。カインのスープが美味いのは、あいつが誰かを救い続けてるからだ」
ヘレナがセスを見据えた。
「あんたのスープに味がないのは、あんたがまだ何もしてないからさ」
「……」
「味が欲しけりゃ、動きな。……それまで、あんたは『無』だ」
セスは何も言えなかった。
ただ、無味のスープを飲み続けた。
やがて、器が空になった。
ヘレナが無言で器を下げた。
そして、背中越しに小さく呟いた。
「……次は、苦いと感じられるようになりな」
セスは顔を上げたが、ヘレナはもう振り返らなかった。
【作戦会議】
食事の後、全員が集まった。
カイン、リーリア、クロウ、セス。
そして、ヘレナ。
「さて」
クロウが地図を広げた。
「大聖堂への潜入経路を考えないとな。……セス、お前は内部を知ってるか」
セスが頷いた。
「ある程度は。……だが、封印の間への道は知らない」
「封印の間?」
「大聖堂の最深部だ。『原初の闇』が封印されている場所。……俺たち兄弟でさえ、入ったことがない」
カインが眉を顰めた。
「親父は知ってるのか」
「ああ。親父だけが、あの場所への道を知っている」
【アベルの変貌】
「それと……」
セスが声を落とした。
「一つ、伝えておくことがある」
「何だ」
「アベルのことだ」
セスの顔が青ざめた。
「俺が幽閉される前、一度だけアベルの『訓練』を見た」
「訓練?」
「いや……訓練というより、『調整』だ」
セスが震える声で続けた。
「あいつは、大聖堂の地下で、自分の体を……『改造』していた」
「改造……?」
「痛覚を消す薬を、自分に投与していた。感情を抑える術を、自分にかけていた。……人間としての『弱さ』を、一つ一つ削ぎ落としていた」
セスの声が震えた。
「俺が見た時、あいつは……自分の腕に針を刺して、神経の反応を確かめていた。無表情のまま、淡々と。痛みを感じているはずなのに、眉一つ動かさなかった」
カインは息を呑んだ。
「なぜ、そんなことを」
「『完璧な処刑人』になるためだ」
セスが顔を覆った。
「あいつは、もう人間じゃない。自分で自分を、『道具』に作り変えたんだ」
【隠しルート】
沈黙が落ちた。
やがて、ヘレナが口を開いた。
「……一つ、方法がある」
「何だ」
「処刑人一族しか知らない、地下墓地から大聖堂への隠しルートだ」
カインが目を見開いた。
「そんなものがあるのか」
「ああ。昔、うちの息子が……」
ヘレナが言葉を切った。
「……昔、聞いたことがある。処刑された罪人の遺体を、大聖堂の地下に運ぶための道があると」
クロウが地図を見た。
「つまり、地下墓地から封印の間に直結するルートがある可能性がある、と」
「可能性だ。確証はない」
セスが顔を上げた。
「……俺は、その道を知っている」
「何?」
「親父に一度だけ連れられて、通ったことがある。……ただの死体置き場だと思っていたが」
セスがカインを見た。
「カイン。お前も、あの道を通ったことがあるはずだ」
カインは記憶を辿った。
幼い頃、父に手を引かれて歩いた地下道。
死体を運ぶための、暗い道。
「……ああ。覚えてる」
「あの道の奥に、封印された扉があった。……あれが、封印の間への入り口だ」
【決断】
カインは立ち上がった。
「ルートは分かった。……あとは、アベル兄をどうするかだ」
「正面から戦うのは無謀だ」
クロウが言った。
「あいつは、お前の技術を全て知っている。……【逆縫】も、まだ完成してないだろう」
「ああ。だから、別の方法を考える」
カインがセスを見た。
「セス兄。お前に頼みがある」
「……何だ」
「アベル兄の注意を引いてくれ」
セスが目を見開いた。
「俺が……?」
「お前は、アベル兄の弟だ。お前が現れれば、あいつは必ず反応する」
「……俺を、囮にするのか」
「ああ」
カインは正直に言った。
「危険な役目だ。……でも、お前にしかできない」
セスは長い間、黙っていた。
そして、力なく笑った。
「……いいだろう」
「セス兄……」
「さっき、ヘレナに言われたからな。『動かなきゃ、味がない』と」
セスが立ち上がった。
「俺は、ずっと逃げてきた。アベルから、親父から、自分自身から。……でも、もう逃げない」
セスがカインを見た。
「お前の作戦に乗る。……俺も、償いを始める」
カインは頷いた。
「ありがとう、セス兄」
【夜明け】
作戦会議は、夜明けまで続いた。
窓から朝日が差し込む頃、ようやく計画がまとまった。
「明後日の夜、決行だ」
クロウが言った。
「それまでに、各自準備を整えろ」
全員が頷いた。
カインは窓の外を見た。
大聖堂の白い塔が、朝日に照らされている。
「……いよいよだな」
リーリアが隣に立った。
「怖い?」
「……ああ。でも」
カインはリーリアの手を取った。
「お前がいるから、大丈夫だ」
リーリアが微笑んだ。
「私も。……あなたがいるから」
二人は、朝日に照らされた大聖堂を見つめた。
最終決戦の時が、近づいていた。
第22話、「セスの告白」でした。
ヘレナとセスの対面。
「味のないスープ」という、厳しくも深い言葉。
そして、アベルの「改造」という衝撃の事実。
彼は自ら、人間を捨てようとしていた。
セスは囮役を引き受けました。
「償いを始める」という彼の言葉は、本物の決意です。
次回、大聖堂への潜入準備。
【逆縫】の最終訓練と、リーリアの覚醒。
「ヘレナのスープが深い!」「セスの成長が熱い!」と思っていただけたら、
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