第二十話「宣戦布告」
お読みいただきありがとうございます。
地下水路を通り、ついに王都へ。
そこでカインたちを待っていたのは、クロウの「罪」を体現する女性でした。
第3部前半のクライマックスです。
地下水路の入り口は、森の中に隠されていた。
苔むした石の蓋。その下に、闇が広がっている。
「ここからだ」
クロウが蓋を開けた。
腐った水と、古い骨の匂いが漂ってくる。
「……行くぞ」
カインは先頭に立ち、梯子を降り始めた。
【闇の道】
地下水路は、想像以上に暗かった。
カインは壁に手を当てながら、記憶を頼りに進んだ。
幼い頃、父に手を引かれて歩いた道。
処刑された罪人の遺体を運ぶための、誰にも見られてはならない道。
「……ここで、何人もの死体を運んだ」
カインが呟いた。
「親父は、俺に『これが処刑人の仕事だ』と教えた。……死は、始まりであり終わりだと」
「カイン……」
リーリアの声が、闇の中から聞こえた。
「大丈夫か」
「……ああ。ただ、思い出しただけだ」
カインは足を止めなかった。過去の記憶が、重く圧し掛かってくる。
この道を歩くたびに、自分が「処刑人の息子」であることを思い知らされた。
死の匂いが染みついた、呪われた血筋。
「カイン」
リーリアが、カインの手を握った。
「え……」
「暗いから。……手を繋いでいい?」
その声は、優しかった。
「……ああ」
カインはリーリアの手を握り返した。
彼女の手は温かかった。闇の中で、その温もりだけが確かなものに感じられた。
【光】
「少し、明かりを灯すわね」
リーリアが囁いた。
彼女の手のひらから、淡い光が生まれた。強すぎず、弱すぎない、ちょうどいい明るさ。
地下水路の壁が照らし出された。古い石組み。苔。そして、所々に残る古代の紋様。
「……綺麗だな」
カインが呟いた。
「え?」
「この道は、死体を運ぶためだけの場所だと思っていた。でも、こうして見ると……」
カインは壁の紋様を見つめた。
「昔の人が、何かを大切にして作った場所なんだな」
リーリアが微笑んだ。
「同じ場所でも、見方が変われば、違うものが見えるのね」
「……ああ」
カインはリーリアの手を握り直した。
過去の闇が、少しだけ薄らいだ気がした。
【酒場『母の揺り籠』】
地下水路を抜けると、王都の下町に出た。
日が暮れ、通りには人影が少ない。
クロウが先導し、路地裏を進む。
「ここだ」
クロウが立ち止まった。
目の前には、古びた酒場があった。看板には『母の揺り籠』と書かれている。
「……入るぞ」
クロウが扉を開けた。
酒場の中は、薄暗かった。カウンターの奥に、一人の女性が立っている。
白髪交じりの黒髪。深い皺。そして、鋭い目。
「……久しぶりだね、クロウ」
女性が低い声で言った。
「ああ。……世話になる、ヘレナ」
クロウが頭を下げた。
【ヘレナ】
ヘレナの目が、カインを射抜いた。
「……処刑人の目だね」
カインは黙っていた。
「でも、あんたの目は違う」
「何が違う」
「殺した数より、救いたい数の方が多い目だ」
ヘレナがカウンターから出てきた。
そして、リーリアを見つめた。
「この子が、聖女かい」
「ああ」
「……守り切れるのかい、あんたに」
その言葉には、重みがあった。ヘレナは知っているのだ。「守れなかった」ことの痛みを。
「守る」
カインは真っ直ぐにヘレナを見た。
「何があっても」
ヘレナは長い間、カインを見つめていた。
そして、ふっと表情を緩めた。
「そうかい。……なら、座りな。スープを出してやる」
【苦いスープ】
カインたちは、カウンターに座った。
ヘレナが鍋からスープをよそい、三人の前に置いた。
カインの前には、ほんの少しだけ微笑みを浮かべて。
クロウの前には、厳しい顔のまま、無言で。
「……いただきます」
カインがスプーンを口に運んだ。
温かい。野菜の甘みと、肉の旨味が口に広がる。
「……美味い」
「そうかい」
ヘレナがクロウを見た。
「あんたは、どうだい」
クロウは黙ってスープを飲んだ。
「……相変わらず、苦いな」
「そうだろうね」
ヘレナが小さく笑った。
「あんたには、一生苦いままさ。……それが、あんたの償いだ」
クロウは何も言わなかった。ただ、黙ってスープを飲み続けた。
【灰の民】
食事を終えた後、ヘレナが立ち上がった。
「ついてきな。……会わせたい連中がいる」
ヘレナが酒場の奥へ進む。
隠し扉を開けると、地下への階段があった。
「ここは……」
「『灰の民』の集会所さ」
階段を降りると、広い地下室があった。
そこには、二十人ほどの人々が集まっていた。
痩せた男。傷だらけの女。片腕のない老人。
みな、社会から弾き出された者たちだ。
「この人たちは……」
「教会に家族を殺された者。異端の烙印を押された者。……あんたたちと同じ、『灰』になった者たちさ」
ヘレナが振り返った。
「あんたたち、教会を壊しに来たんだろう? ……なら、この人たちの前で言いな。あんたの覚悟を」
【宣言】
カインは、集まった人々を見渡した。
みな、疲れ切った目をしている。でも、その奥には微かな光があった。
諦めきれない、何かへの渇望。
「俺は……」
カインが口を開いた。
「処刑人の息子だ」
空気が、凍りついた。人々の目が、一斉に警戒の色を帯びた。
何人かが、懐に手を入れる。武器を握りしめているのだろう。
一触即発の緊張感が、地下室を満たした。
カインは動じなかった。
「俺の家は、教会のために人を殺してきた。……俺自身も、その血を受け継いでいる」
カインは拳を握った。
「でも、俺はもう処刑人じゃない」
「……」
「俺は、教会を壊しに来た」
カインの声が、地下室に響いた。
「聖女を生贄にするシステムを、終わらせる。……誰も犠牲にならない世界を作る」
人々が黙って聞いている。
「俺一人の力じゃ、何もできない。……でも、みんなの力を借りられるなら」
カインはリーリアの手を取った。
「俺たちは、勝てる」
沈黙が続いた。
やがて、一人の老人が立ち上がった。
「……わしの娘は、聖女候補として連れ去られた。二度と、戻ってこなかった」
老人がカインの前に来た。
「お前が本気なら……わしは、力を貸す」
一人、また一人と、人々が立ち上がった。
「俺も」
「私も……」
「教会を、許さない」
カインは、彼らを見つめた。
「……ありがとう」
ヘレナが頷いた。
「これで、あんたたちは一人じゃなくなった。……『灰の民』は、あんたたちの味方だ」
【決意】
地下室を出た後、カインは夜空を見上げた。
星が、微かに瞬いている。
「カイン」
リーリアが隣に立った。
「みんな、味方になってくれたね」
「ああ。……でも、これからが本番だ」
カインは大聖堂の方角を見た。
「アベル兄がいる。親父がいる。……教会の全てが、俺たちの敵だ」
「怖い?」
「……正直、怖い」
カインはリーリアを見た。
「でも、逃げない。……もう、逃げる時は終わった」
リーリアが微笑んだ。
「私も。……一緒に、戦おう」
二人は手を繋いだ。
王都の夜空の下、宣戦布告は静かに完了した。
教会との最終決戦が、始まろうとしていた。
第20話、「宣戦布告」でした。
地下水路を通り、王都へ潜入。
ヘレナとの対面。そして、「灰の民」との出会い。
カインは初めて、大勢の前で「教会を壊す」と宣言しました。
処刑人の息子が、教会への反逆者になった瞬間です。
これで第3部前半は終了。
次回から、いよいよ王都での戦いが始まります。
「ヘレナの言葉が刺さる!」「灰の民が熱い!」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】マークで応援をお願いします!」




