第二話「処刑台の嘘つき」
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処刑の日がやってきました。
三男は、何を選ぶのか。
処刑の朝は、いつも通りだった。
親父が処刑剣を研ぐ音。長兄が絞首台の滑車を点検する音。次兄が毒薬の小瓶を並べる音。
俺はその傍らで、死体袋の破れを縫っていた。
「三男。今日のお前の役目は、死体の検分と収容だ」
親父が振り向きもせずに言う。
いつもの仕事だ。処刑が終わった後、死体が確実に「死んでいる」ことを確認し、袋に詰めて運び出す。
血の匂いと、弛緩した肉の感触。
殺すことはできなくても、死体を扱うことには慣れていた。
「……分かった」
俺は返事をしながら、道具箱の中を確認した。
検分用のナイフ、縫合糸、そして――小さな薬瓶がいくつか。
昨夜、眠れないまま調合した薬。
使うかどうかも分からないまま、俺はそれを箱の底に忍ばせていた。
【処刑場】
王都の中央広場には、すでに民衆が詰めかけていた。
「聖女様の処刑だってよ!」
「ざまあみろ! 神に見捨てられた女め!」
「早く首を刎ねろ!」
歓声と罵声が入り混じる。
俺は人波を掻き分けながら、処刑台の脇に向かった。
(……こいつら、あの子が何をしたかも知らないのに)
胸の奥で、何かが軋む。
でも、俺に何ができる。
処刑人は、理由を問わない。
処刑人は、死の執行者であり、審判者ではない。
処刑台は、広場の中央にそびえていた。
血の染みた木の台。首を固定する鉄の輪。そして、幾人もの血を吸って黒ずんだ、首を置く窪み。
俺はその脇に死体袋と道具箱を置き、静かに待った。
【聖女、処刑台へ】
やがて、鐘の音が響いた。
人垣が割れ、一人の少女が引き出されてくる。
両手を鎖で繋がれ、白い衣は薄汚れている。
長い銀髪は乱れ、足取りは重い。
聖女だ。
「裏切り者!」
「神の名を汚した女!」
「死ね! 死んでしまえ!」
民衆の罵声が彼女に浴びせられる。
でも、彼女は何も言わなかった。
俯いたまま、一歩一歩、処刑台へと登っていく。
その時だった。
彼女が、ふと顔を上げた。
視線が交わる。
昨夜と同じ、あの目。
震えながら、それでも笑おうとしている目。
彼女は俺を見つけると、微かに――本当に微かに――口角を上げた。
(……笑うな)
俺は奥歯を噛んだ。
(笑うなよ。お前はこれから死ぬんだぞ)
【一族の技】
聖女が処刑台に跪かされる。
首が鉄の輪に固定され、長い銀髪が刃の通り道から払われる。
親父が、処刑剣を構えた。
巨大な刃が、陽光を受けて鈍く光る。
あの剣を、俺は子供の頃から何度も見てきた。
振り下ろされる軌道。刃が首に届くまでの時間。骨を断つ音。
全部知っている。見てきた。
だから分かる。
あと三秒で、彼女の首は落ちる。
俺の手が、道具箱の中に伸びた。
(何をしてる)
指先が、小さな薬瓶に触れる。
(やめろ。お前に何ができる)
昨夜調合した、仮死の薬。
処刑人だけが知る「苦しませないための毒」を、極限まで薄めたもの。
心臓を一時的に止め、死んだように見せかける。
本来は、火刑の前に囚人を楽にするための薬だ。
(これを使えば、生きたまま……)
「待ってくれ、親父」
声が出ていた。
俺の声だった。
【コンマ数秒の反逆】
「……何だ、三男」
親父が剣を止める。
振り下ろす寸前で、刃が空中で静止した。
「首の角度が悪い。このままじゃ刃が滑る」
俺は処刑台に上がった。
足が震えている。声も震えている。
でも、止まれない。
「検分係の俺が、位置を直す」
親父は無言で俺を見た。
その瞳に、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光が宿る。
見抜かれたか? いや、親父はただ、作業の正確さを求めているだけだ。
……そう信じたい。
俺は聖女の首筋に手を伸ばした。
髪をかき上げるふりをして、彼女の耳元に囁く。
「動くな。息を止めろ」
彼女の目が見開かれる。
俺は素早く、首筋に針を刺した。
仮死の薬が、血管に流れ込む。
聖女の瞳孔が開き、体が一瞬痙攣した。
そして――動かなくなった。
「よし。いいぞ、親父」
俺は処刑台を降りた。
親父の剣が、振り下ろされる。
――その軌道を、俺は何百回と見てきた。
刃の軌道。速度。骨に届くまでの角度。
親父の癖。右にわずかにブレる、あの一瞬。
だから分かる。
(今だ)
俺は聖女の体を、コンマ数秒だけ「ずらした」。
刃が首を掠める。
皮膚が裂け、血が飛び散る。
だが、骨には届かない。
俺が事前に仕込んでいた血糊が、傷口から溢れ出す。
聖女の体が、ガクリと崩れ落ちた。
「……処刑、完了」
親父が静かに宣言した。
民衆の歓声が上がる。
「死んだ! 聖女が死んだ!」
「神罰だ! 神罰が下ったぞ!」
俺は震える手で、死体袋を広げた。
【穢れた死体】
「ご苦労だったな、末弟」
長兄が近づいてきた。
「珍しく役に立ったじゃないか。首の位置を直すとは、お前にしては気が利いてる」
「……ああ」
俺は聖女の体を袋に詰めながら、生返事を返した。
心臓がうるさい。バレたら、俺も死ぬ。
袋の中で、彼女の指が微かに動いた。
俺は素早く袋の口を縛り、肩に担いだ。
「死体は俺が処分する。穢れ捨て場まで運ぶ」
「ああ、頼んだ。……くれぐれも、途中で吐くなよ」
長兄が鼻で笑う。
俺は無言で頷き、処刑場を後にした。
民衆の間を縫い、裏路地へ。
王都の門を目指して、俺は歩き続けた。
袋の中から、微かな声が聞こえた。
「……生きて、る……?」
「黙ってろ。まだ終わってない」
俺は早足で歩きながら、小さく呟いた。
「お前を殺せなかった。……だから、最後まで生かしてやる」
生まれて初めて、俺は自分の意志で「命」を拾い上げた。
それが、処刑人失格の俺にできる、唯一の反逆だった。
処刑の日、三男は「嘘」をつきました。
処刑人としての技術を、誰かを殺すためではなく、救うために使った。
それは彼にとって、一族への、そして世界への反逆の始まりです。
次回、王都からの脱出。
そして、「死体」が目を覚まします。
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