第十七話「型を破る術」
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アベルに勝つために、カインは「処刑人の型」を分析します。
そして、その「型」を破る新しい技術の構築が始まります。
川辺を離れ、カインたちは森の奥に身を隠した。
クロウが見つけてきた廃屋。
かつて炭焼き小屋だったらしい。朽ちかけているが、雨風は凌げる。
「王都への潜入には、最低でも一週間の準備がいる」
クロウが言った。
「それまで、ここで体を休めろ。……お前、満身創痍だろう」
「ああ。……でも、休んでいる暇はない」
カインは腕の傷を見た。
リーリアの奇跡で応急処置はしたが、まだ完全には塞がっていない。
「訓練を始める」
【回想】
その夜、カインは一人で考えていた。
なぜ、アベルに勝てなかったのか。
目を閉じると、幼い頃の記憶が蘇る。
ヴェルデ家の訓練場。
幼いカインの前に、十五歳のアベルが立っていた。
「構えろ、三男」
アベルの声は、あの頃から感情がなかった。
「処刑人の剣は、こう振る」
アベルが剣を振り下ろす。
無駄のない、完璧な軌道。
「急所を狙え。首、心臓、大動脈。一撃で殺せ」
「……」
「躊躇うな。処刑人に情けは不要だ」
幼いカインは、その言葉に頷けなかった。
剣を振り下ろす手が、どうしても震えた。
「お前は出来損ないだ」
アベルが冷たく言った。
「処刑人の『型』に入れない者は、一族の恥だ」
【型】
カインは目を開けた。
「型」。
処刑人には、代々受け継がれてきた「型」がある。
剣の振り方。立ち位置。呼吸。
全てが「一撃で殺す」ために最適化されている。
アベルは、その「型」を完璧に体得していた。
だから、カインの動きが全て読めた。
「お前の技術は、全て俺が教えたものだ」
アベルの言葉は、正しかった。
カインは処刑人の家で育った。
たとえ「殺せない」性質を持っていても、学んだ技術は処刑人のものだ。
体に染みついた動きは、処刑人の「型」の中にある。
「……だから、読まれた」
カインは呟いた。
「俺がどう動いても、アベル兄には『処刑人の動き』に見える。だから、先回りされる」
【型の外】
「じゃあ、型の外に出ればいいんだね」
リーリアの声がした。
振り返ると、彼女が小屋の入り口に立っていた。
「聞いてたのか」
「少しだけ」
リーリアがカインの隣に座った。
「処刑人の型……急所を狙う動き、だよね」
「ああ。首、心臓、大動脈。一撃で殺すための技術だ」
「なら、急所を狙わなければいい」
リーリアが言った。
「殺すための動きじゃなくて、止めるための動きをすれば、アベルの予測から外れるんじゃない?」
カインは彼女を見た。
「……そうだな。理屈としては、その通りだ」
「でも、問題がある?」
「ああ」
カインは自分の手を見た。
「体が覚えてるんだ。急所を狙う動きを。……意識しても、体が勝手に『型』に戻ろうとする」
【逆の発想】
「なら、逆に考えればいい」
リーリアが言った。
「え?」
「急所を『狙わない』んじゃなくて、急所を『外す』ことを目標にすればいいの」
カインは首を傾げた。
「どう違う?」
「『狙わない』は、消極的でしょ? でも『外す』は、積極的な行動よ」
リーリアが続ける。
「あなたは急所の場所を完璧に知ってる。なら、その知識を使って、『急所のすぐ隣』を狙えばいいの」
「急所の……隣」
「そう。殺さないけど、動きを止める場所。……あなたなら、そういう場所を知ってるんじゃない?」
カインは考え込んだ。
処刑人の解剖学は、「殺すための急所」を教える。
でも、人体には「殺さないが、動きを止める場所」も存在する。
腱。関節。神経の集中点。
そこを的確に突けば、相手は死なないが、動けなくなる。
「……縫合と同じだ」
カインが呟いた。
「縫合は、傷口を『塞ぐ』技術だ。……なら、動きを『塞ぐ』技術も作れる」
【逆縫】
カインは立ち上がった。
「やってみる」
小屋の外に出て、木の幹に印をつけた。
人体の急所を模した印。首、心臓、大動脈。
「まず、『型』通りに動いてみる」
カインは針を手に取り、木に向かって突いた。
体が自然と急所を狙う。幼い頃から叩き込まれた動き。
「次に、『外す』」
もう一度、針を構える。
今度は、急所の「隣」を意識する。
首の急所ではなく、その横の腱。
心臓ではなく、その下の横隔膜。
大動脈ではなく、その周囲の筋肉。
針が空を切った。
その音は、処刑人の鋭い風切り音ではなかった。
布を裂くような、あるいは糸が走るような、静かで低い音。
「……これは」
カインは自分の動きに驚いた。
処刑人の「型」とは、明らかに違う軌道。
「……難しいな」
体が勝手に急所を狙おうとする。
意識して「外す」のは、想像以上に難しかった。
「でも、できないことはない」
カインは何度も繰り返した。
狙う。外す。狙う。外す。
少しずつ、体が新しい動きを覚え始める。
【縫い止める】
夜が更けても、カインは訓練を続けた。
リーリアが温かいスープを持ってきた。
「少し休んだら?」
「もう少しだけ」
カインは針を見つめた。
「この針で、人の動きを『縫い止める』。……それが、俺の新しい技だ」
「縫い止める……」
「傷を縫い合わせるように、腱を、関節を、『塞ぐ』。殺さないけど、動けなくする」
カインは針を握りしめた。
「【逆縫】。……そう呼ぶことにする」
「逆縫?」
「処刑人の技術を、逆転させた縫合。……これなら、アベル兄の予測を裏切れるかもしれない」
リーリアが微笑んだ。
「いい名前ね」
「……まだ、形になってない。これから作り上げる」
「うん。私も手伝う」
リーリアがカインの隣に立った。
「私の光と、あなたの【逆縫】。……二人で、アベルを超えよう」
カインは小さく頷いた。
「ああ。……二人で」
【一歩目】
翌朝から、本格的な訓練が始まった。
カインは木の人形を相手に、何度も【逆縫】の動きを繰り返した。
「首の腱を狙う。……外す」
針が、急所の横を通過する。
「肩の関節を狙う。……止める」
針が、関節の隙間に入り込む。
最初はぎこちなかった動きが、少しずつ滑らかになっていく。
「……見えてきた」
カインは呟いた。
処刑人の「型」は、急所を一直線に狙う。
だから、動きが予測しやすい。
でも、【逆縫】は違う。
急所を「外す」動きは、直線ではなく曲線。
予測しづらい、不規則な軌道。
「これなら……」
アベルの予測を、裏切れるかもしれない。
まだ完成には程遠い。
でも、確かに一歩を踏み出した。
(……アベル兄)
カインは心の中で呟いた。
(あんたの言った『欠陥』が、あんたを倒す刃になる)
「カイン」
リーリアが声をかけた。
「どう? 上手くいきそう?」
カインは彼女を見て、微かに笑った。
「ああ。……まだ時間はかかる。でも、光は見えてきた」
「よかった」
リーリアが安堵の表情を浮かべた。
「私も、もっと光の制御を練習するわ。……あなたの【逆縫】と、私の閃光。合わせれば、きっと」
「ああ」
カインは頷いた。
「二人で、アベルを超える」
その言葉は、もう絶望ではなかった。
確かな決意を込めた、宣戦布告だった。
第17話、新技術【逆縫】の誕生でした。
処刑人の「型」を分析し、その「外」に出る。
急所を「狙う」のではなく「外す」。
殺すのではなく、止める。
カインは、処刑人の技術を逆転させた新しい戦い方を見出しました。
まだ完成には程遠いですが、確かな一歩です。
そして、リーリアも共に成長しています。
次回、【逆縫】の実戦訓練と、聖女計画の更なる真実が明らかに。
「逆縫カッコいい!」「二人の共闘が楽しみ!」と思っていただけたら、
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