第十五話「長兄の牙」
お読みいただきありがとうございます。
第2部クライマックス。
ついに、長兄アベルとの直接対決です。
カインのこれまでの全てが、試されます。
アベルは、階段の上に立っていた。
感情のない目。
無駄のない姿勢。
手には、処刑剣ではなく、細身の長剣が握られている。
「久しぶりだな、三男」
その声には、怒りも、失望も、何もなかった。
ただ事実を述べているだけの、平坦な声。
「アベル兄……」
カインは道具袋に手を伸ばした。
「ここで会えて嬉しいよ」
アベルがゆっくりと階段を降りてくる。
「セスを無力化した時は驚いた。お前にそれだけの技術があるとは思わなかった」
「……」
「だが、それも今日で終わりだ」
アベルの目が、カインを捉えた。
「聖女を渡せ。……そうすれば、お前だけは見逃してやる」
【拒絶】
「断る」
カインは即答した。
「そうか」
アベルは表情を変えなかった。
「なら、お前も一緒に死ね」
アベルが動いた。
速い。
カインは咄嗟に横に跳んだ。
アベルの剣が、さっきまでカインがいた場所を薙いだ。
「リーリア、下がれ!」
カインは懐から煙幕の瓶を取り出し、地面に叩きつけた。
白い煙が広がる。
「煙幕か」
アベルの声が、煙の中から聞こえた。
「セスにも使ったな。……だが」
風が吹いた。
いや、違う。アベルが剣を振り、風圧で煙を払ったのだ。
「俺には通じない」
煙が晴れた時、アベルはカインの目の前にいた。
【無力化】
カインは仮死の針を放った。
アベルは首を傾けるだけで、それを避けた。
「仮死の薬を塗った針。……聖女を助けた時も、セスを倒した時も、同じ手を使ったな」
「っ……!」
「お前の手の内は、全て分かっている」
アベルの剣が閃いた。
カインは辛うじて身を捩り、致命傷を避けた。
だが、腕を浅く切られた。
「くっ……!」
「次」
アベルが剣を構え直す。
カインは必死に頭を回転させた。
煙幕は効かない。
針も効かない。
では、何が効く。
「お前の技術は、全て俺が教えたものだ」
アベルが言った。
「解剖学的知識による急所への攻撃。毒薬の調合。仮死の偽装。……全部、俺の方が上だ」
「……」
「お前は俺に勝てない。最初から、勝負にすらならない」
アベルの目には、軽蔑も、怒りも、何もなかった。
ただ、事実を述べているだけ。
それが、何よりも恐ろしかった。
【絶望】
カインは後退した。
考えろ。
何か、アベル兄に通じる方法があるはずだ。
だが、何も思いつかない。
アベルは「完成された処刑人」だ。
技術で勝てるはずがない。
策略も見抜かれる。
力でも、速さでも、経験でも、全てにおいて劣っている。
「終わりだ、三男」
アベルが剣を振り上げた。
「お前は優秀な処刑人になれたかもしれない。だが、『殺せない』という欠陥が、全てを台無しにした」
(……いや)
カインは心の中で呟いた。
(この欠陥こそが、俺がリーリアと出会えた理由だ)
殺せなかったから、彼女を救った。
殺せなかったから、今ここにいる。
それは欠陥じゃない。俺が選んだ、俺だけの道だ。
「処刑人に情けは不要だ。……それを理解できなかったお前の負けだ」
剣が振り下ろされる。
カインは動けなかった。
【奇跡】
その時。
「カインッ!」
リーリアの叫び声が響いた。
そして、世界が白く染まった。
「何……っ!」
アベルが目を庇った。
リーリアの手から、凄まじい光が放たれていた。
訓練で見せた閃光とは、比べものにならない。
まるで太陽が地下に降りてきたかのような、圧倒的な光量。
「カイン、逃げて!」
リーリアの声が聞こえる。
カインは彼女の手を掴んだ。
「こっちだ!」
地下には、もう一つの出口があった。
非常用の脱出路。カインは潜入前にクロウから聞いていた。
「待て……!」
アベルの声が背後から聞こえる。
だが、光はまだ続いていた。
リーリアの力が、アベルの視界を奪い続けている。
二人は脱出路を駆け上がり、外に飛び出した。
「崖だ!」
目の前に、断崖絶壁が広がっていた。
その下には、川が流れている。
「飛ぶぞ!」
「えっ……!」
カインはリーリアを抱きかかえ、崖から飛び降りた。
落下する一瞬、彼女の体を強く抱きしめた。
何があっても、離さない。
その想いを込めて。
【敗走】
冷たい水が、体を包んだ。
カインは必死にリーリアを抱えながら、川の流れに身を任せた。
「リーリア! 意識はあるか!」
「……あ、ある……」
リーリアの声は弱々しかった。
奇跡を使いすぎた反動だろう。
川は二人を下流へと運んでいく。
分遣隊の建物は、どんどん遠ざかっていった。
やがて、川の流れが緩やかになった。
カインは岸に這い上がり、リーリアを引き上げた。
「大丈夫か……」
「うん……なんとか……」
二人は濡れた体を抱えて、岸辺に座り込んだ。
【次で終わりだ】
「……逃げられた、か」
分遣隊の建物の屋上。
アベルは、崖の下を見下ろしていた。
追おうと思えば追えた。
だが、その必要はない。
「逃げ延びたところで、結果は変わらない」
アベルは剣を鞘に収めた。
「お前の手の内は全て見た。次は、何も通じない」
月のない夜空を見上げながら、アベルは呟いた。
「次で終わりだ、三男」
その言葉は、まるで死刑宣告のように、夜の闘に溶けていった。
第15話、長兄アベルとの初対決でした。
カインの全ての技術が、「子供騙し」として無効化される絶望。
そして、リーリアの「予測できない奇跡」による脱出。
二人は生き延びました。
しかし、アベルの言葉は重くのしかかります。
「次で終わりだ」。
ここで第2部・完結です。
第3部では、父ギルバートとの対面、そして最終決戦へ。
「アベル強すぎ!」「リーリアの奇跡がヤバい!」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】マークで応援をお願いします!




