第十一話「追手の影」
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名前を交わし、絆を深めた二人。
しかし、平穏は長くは続きません。
最強の追手が、動き出しました。
朝日が坑道の入り口から差し込んでいた。
カインは目を覚まし、隣で眠るリーリアを見た。
銀髪が朝日を受けて、淡く輝いている。
「……ん」
リーリアが目を開けた。
「おはよう、カイン」
「ああ。おはよう」
名前を呼び合うことに、まだ少しだけ照れくささがある。
でも、悪くない。
「今日も、怪我人の手当て?」
「ああ。昨日来た男の傷を診ないと」
カインは立ち上がり、道具箱を手に取った。
穏やかな朝だった。
いつもと同じ、平和な一日が始まる――はずだった。
【情報屋】
「カイン! カインはいるか!」
坑道の奥から、叫び声が響いた。
カインは顔を上げた。
走ってくるのは、痩せた男。
黒いフードを被り、目だけがぎらぎらと光っている。
クロウ。
隠れ里の情報屋だ。
「何事だ」
「来い。マルタ婆のところだ。……緊急の知らせがある」
クロウの顔は青ざめていた。
普段は飄々としている男が、明らかに動揺している。
「リーリア、お前も来い」
カインはリーリアの手を取り、マルタ婆の小屋へ向かった。
【長兄】
マルタ婆の小屋には、すでに数人の里の幹部が集まっていた。
「来たか」
マルタ婆がカインを見た。
その目は、いつになく厳しい。
「クロウ、報告しな」
「ああ」
クロウが一歩前に出た。
「王都の情報網から連絡があった。……ヴェルデ家の長兄が動いた」
カインの心臓が跳ねた。
「アベル兄が……?」
「ああ。聖女捜索の指揮を、直接執ることになったらしい」
クロウが続ける。
「次兄のセスが失敗した後、親父……ギルバートが長兄に命じたそうだ。『必ず連れ戻せ』とな」
カインは拳を握りしめた。
アベル。
ヴェルデ家の長男。
父ギルバートの後継者であり、一族最強の処刑人。
セスとは、比べものにならない。
カインは無意識に、左腕を押さえた。
幼い頃、訓練でアベルにつけられた古傷がある。
今でも時折、疼く。
あの時の、容赦のない一撃を思い出すたびに。
【完成された死】
「アベル・ヴェルデ」
マルタ婆が低い声で言った。
「お前の兄について、あたしも噂は聞いている」
「……」
「『完成された処刑人』。感情を持たない、死の執行者。……一度狙われたら、逃れた者はいないと」
カインは黙っていた。
その噂は、本当だ。
アベルは、幼い頃から「完璧」だった。
剣の腕、毒の知識、追跡術、尋問技術……処刑人に必要な全てにおいて、一族の誰よりも優れていた。
そして、何よりも恐ろしいのは。
「あいつには、迷いがない」
カインが呟いた。
「俺やセスには、まだ人間らしい部分があった。でも、アベル兄は違う」
カインは自分の手を見た。
「あいつは、処刑を『仕事』として完璧にこなす。感情を挟まない。躊躇しない。……だから、強い」
リーリアがカインの腕を握った。
「カイン……」
「セス兄を倒せたのは、あいつに油断があったからだ。俺の小細工を見抜けなかった」
カインは首を振った。
「でも、アベル兄には通じない。あいつは、俺の考えることを全て見抜いてくる」
【里を出る】
沈黙が落ちた。
やがて、カインが口を開いた。
「……俺たちは、里を出る」
「カイン!」
リーリアが声を上げた。
「待って。ここにいれば、みんなが……」
「だから出るんだ」
カインはリーリアを見た。
「アベル兄が来たら、この里は終わりだ。あいつは、俺たちを匿った者を絶対に許さない」
「……」
「マルタ婆も、ナギも、ミラも……みんな殺される」
カインは拳を握りしめた。
「恩人を巻き込むわけにはいかない」
マルタ婆が深いため息をついた。
「……お前は、どこへ行くつもりだい」
「分からない。でも、ここにはいられない」
「逃げ切れると思うかい?」
「……分からない」
カインは正直に答えた。
「でも、逃げなければ、みんなが死ぬ。……それだけは、避けたい」
【リーリアの覚悟】
小屋を出ると、リーリアがカインの腕を掴んだ。
「カイン」
「……何だ」
「私も、一緒に行くわ」
「当たり前だ。お前を置いていくわけがない」
「違う」
リーリアがカインの前に立った。
「私は、あなたの足手まといになりたくない」
「……」
「今まで、私はずっと守られてきた。でも、これからは違う」
リーリアの目は、真っ直ぐだった。
「私も戦う。……私の力で、あなたを守る」
カインは彼女を見つめた。
牢獄で出会った時、彼女は震えていた。
処刑台で、笑顔の下に恐怖を隠していた。
でも、今は違う。
「……分かった」
カインは頷いた。
「一緒に戦おう、リーリア」
【別れ】
その日の夕方。
カインとリーリアは、里の人々に別れを告げた。
「世話になった」
カインがマルタ婆に頭を下げた。
「礼はいいさ。……お前は、ここで十分働いた」
マルタ婆が小さな袋を差し出した。
「薬草と、干し肉だ。少ないが、持っていきな」
「……ありがとう」
「それと」
マルタ婆がカインの耳元で囁いた。
「お前の親父に会ったら、伝えておくれ。『マルタは元気だ』とね」
カインは目を見開いた。
「……ああ。伝える」
ナギが近づいてきた。
「……行くのか」
「ああ」
「そうか」
ナギは何かを言いかけて、口を閉じた。
そして、ぶっきらぼうに言った。
「……死ぬなよ」
カインは少し驚いて、それから小さく笑った。
「ああ。死なない」
【出発】
日が沈む頃、カインとリーリアは隠れ里を後にした。
振り返ると、坑道の入り口が小さく見えた。
灰の隠れ里。
社会に燃やされた者たちが、灰になってもなお生き延びる場所。
俺たちもまた、一度燃え尽きて、この里の灰の中で新しい命を得たのかもしれない。
そう思った。
森の中を歩きながら、リーリアが言った。
「カイン」
「何だ」
「怖い?」
カインは少し考えた。
「……正直、怖い」
「そう」
「でも」
カインはリーリアを見た。
「お前がいるから、まだ戦える」
リーリアが微笑んだ。
「私も。……あなたがいるから、怖くない」
二人は手を繋いで、森の奥へと歩いていった。
背後では、隠れ里の灯りが小さくなっていく。
前方には、暗い森が広がっている。
そして、その先には。
「……来るぞ」
カインが呟いた。
「アベル兄が」
最強の追手が、動き出した。
逃亡劇は、新たな局面を迎えようとしていた。
第11話、「追手の影」でした。
束の間の平穏は終わり、再び逃亡の旅が始まります。
今度の敵は、次兄セスとは比べものにならない。
長兄アベル。「完成された処刑人」。
カインとリーリアは、この最強の敵にどう立ち向かうのか。
そして、父ギルバートとの対面は、いつ訪れるのか。
「長兄怖すぎ!」「二人の絆がエモい!」と思っていただけたら、
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