第一話「三男と、笑う聖女」
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処刑人一家の落ちこぼれと、明日死ぬ聖女。
二人の出会いから、物語は始まります。
俺の家業は、人殺しだ。
正確に言えば「処刑人」。
王国が定めた罪人の首を刎ね、絞首台の縄を引き、火刑の薪に火を点ける。
それが、俺たち一族に与えられた「役割」だった。
「おい、三男。ぼさっとするな」
朝靄の中、親父の低い声が響く。
俺は慌てて手元の斧を磨く布を動かした。
親父は俺を見もせず、自分の得物――巨大な処刑剣の手入れを続けている。
その隣では長兄が黙々と絞首縄の点検をし、次兄が毒薬の調合をしていた。
ヴェルデ家。
王国一の処刑人一族。
俺は、その三男坊だ。
「……なあ、親父」
「なんだ」
「今日の仕事は?」
「お前には関係ない」
いつもの返答。
俺は苦笑して、視線を斧に戻した。
処刑人の家に生まれながら、俺は人を殺せない。
初めて処刑を見た日、俺は吐いた。
二度目も、三度目も。
気がつけば、俺は「見てるだけでいい」と言われるようになっていた。
出来損ないの三男。
それが、この家での俺の呼び名だ。
【聖女処刑の通達】
その日の昼過ぎ、王宮から使者が来た。
「明日、聖女リーリア・アステルを処刑せよ。罪状は『神への背信』」
使者が読み上げる羊皮紙を、俺たち一族は黙って聞いていた。
親父は無言で頷き、長兄は「光栄なことだ」と呟き、次兄は「大仕事だな」と口角を上げた。
俺だけが、違和感を覚えていた。
聖女様といえば、この国の象徴だ。
病人を癒し、飢えた者に糧を与え、民から「生きる希望」と呼ばれていた人。
その人が、神への背信?
「……なあ、聖女様って」
「三男」
親父が俺の言葉を遮った。
「処刑人は、理由を問わない」
それが、ヴェルデ家の家訓だった。
処刑人は死の執行者であり、審判者ではない。
俺たちはただ、王国が下した判決を「実行」するだけの存在だ。
俺は口を噤んだ。
【牢獄への使い】
夕暮れ時。
長兄が面倒くさそうに俺を呼んだ。
「おい、末弟。聖女の牢に飯を運べ」
「……俺が?」
「お前以外に誰がいる。どうせ暇だろう」
反論する気力もなく、俺は冷めた粥の載った盆を受け取った。
地下牢への階段は、松明の灯りでも暗かった。
石壁は湿気を帯び、どこからか水の滴る音がする。
空気が重い。死の匂いがする。
最奥の独房の前で、俺は足を止めた。
鉄格子の向こう、カビと饐えた匂いが立ち込める暗がりに、白い影が浮かんでいた。
薄汚れた藁の上に、膝を抱えて座る少女。
長い銀髪が、松明の灯りを受けて淡く輝いている。
「……飯だ」
俺が格子の隙間から盆を差し入れると、少女がゆっくりと顔を上げた。
「あら、お食事? ありがとう」
彼女は――明日死ぬというのに、微笑んでいた。
【笑う聖女】
「……お前」
俺は思わず声を漏らした。
「明日死ぬんだぞ。なんで笑ってられるんだ」
聖女は小首を傾げた。
その仕草は、牢獄には似つかわしくないほど穏やかだった。
「だって、泣いても明日は来るもの」
「……は?」
「泣いて怯えて過ごすより、最後まで笑っていたいの。……変かしら」
変だ。
絶対に変だ。
こんな場所で、こんな状況で、笑える人間がいるものか。
「お前、頭おかしいんじゃないのか」
「ふふ、よく言われるわ」
聖女は粥を一口啜り、また微笑んだ。
その笑顔を見ていると、妙に落ち着かない気分になる。
「あなた、処刑人なのね」
「……ああ」
「でも、優しい目をしている」
俺は眉を顰めた。
「はぁ? どこが」
「分かるの。あなたは……私と同じ目をしているから」
意味が分からない。
俺と、聖女が、同じ?
馬鹿を言うな。
「……飯、食ったら寝ろ。明日は早いんだ」
俺は踵を返した。
早くこの場所を離れたかった。
【名前】
「待って」
背中に、彼女の声がかかる。
俺は足を止めた。止めてしまった。
「あなた、名前は?」
「……処刑人に名前なんてない」
俺は振り返らずに答えた。
「『三男』で十分だ」
「そう……」
聖女の声が、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「じゃあ、処刑人さん。一つだけ教えて」
その声は、さっきまでの穏やかさとは違っていた。
微かに、震えていた。
「……なんだ」
「死ぬのって、痛い?」
俺は振り返った。
聖女は、まだ笑っていた。
でも、その目は笑っていなかった。
怯えていた。
震えていた。
必死に、必死に、恐怖を隠そうとしていた。
「……っ」
胸が締め付けられた。
なんでだ。
こんな奴、俺には関係ないはずだ。
「……知らねえよ」
俺は吐き捨てて、階段を駆け上がった。
【眠れぬ夜】
その夜、俺は眠れなかった。
目を閉じると、彼女の顔が浮かぶ。
笑顔の下に隠された、震える瞳。
「死ぬのって、痛い?」と問う、掠れた声。
明日、あの笑顔が消える。
俺の家族の手で。
俺は天井を睨みつけた。
関係ない。
俺には関係ない。
処刑人は、理由を問わない。
処刑人は、情を挟まない。
それが、ヴェルデ家の掟だ。
でも。
「……くそ」
どうしても、あの目が頭から離れなかった。
笑顔の裏で、一人で震えていた、あの目が。
(なんで俺は、こんな奴を放っておけないんだ)
答えは出なかった。
ただ、胸の奥で、何かがくすぶり始めていた。
新作『処刑人の息子は聖女を救えない』、第一話をお読みいただきありがとうございます。
処刑人一家の「三男」と、明日死ぬ「聖女」。
二人はまだ、互いの名前すら知りません。
でも、何かが動き始めました。
次回、処刑の日。
三男は、どんな選択をするのか。
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