第1-2話 無用の出費って、何だ!?
1ヶ月前、『北都』から更に北の山中にある、開けた小さな窪地…
ガ ァ ァ ァ ァっ!!
モンスターが唸り声を上げた。鱗に覆われた四肢と長い尻尾を持つ、巨大なトカゲの様な怪物、アースドラゴンだ。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
パーティーのリーダーであるパラディンが、アースドラゴンに剣で斬りつける。周囲には彼の他にも3人、重装備に各々の獲物を持った男達が、凶暴な獣に対峙している。
「持ちこたえろー!!」「こいつを何としても『北都』へ入れるなー!!」
「……アーマイングレータンスプリービーン…」
彼らの後ろで、右手に長い杖を持ったアゲハが長い長い呪文を唱える。
「…フロジストンフロギストンフローギストン、ハイドロジェンヒドロジェン、エアーアーエールアエル、オキシゲンオキシジェン…」
アゲハが突き出した左手に、ぼっ、と小さな炎が浮かぶ。ようやく半分…
「ぐぁっ!!」ドン! 前衛の一人がアースドラゴンが振った尻尾に薙ぎ払われて後衛の近くまで吹っ飛ぶ。
「回復そいつに!!あと魔法!!ぐっ…!!」
盾でアースドラゴンの前脚を防ぎながらパラディンが叫ぶと、アゲハの隣にいたヒーラーが駆け寄り、回復魔法を詠唱し始める。アゲハの詠唱は続く。
「…リットライトイグナイト、スローシュートショット、アッパーフォワー」
アゲハの炎は段々と大きくなり、丸い球を形作って行く。まだまだ…もう少し…
「アゲハ!!急げ!!リーダーがもう保たない!!」
「何、モタモタしてんだよ!!」
もう一人の前衛と、スカウトが叫ぶ。解ってるわよ!!左手の火球に魔力を込めて…
「メーマイウィッ、カン、トゥ………(ガっ!!)」
ボシュっ………!! 火球は唐突に消えた。
「あ…」
「………」
「「「………」」」
………噛んだ。
ガァン!!「ぐぁっ!!」パラディンはアースドラゴンの前脚に吹っ飛ばされた。
※ ※ ※
時は巻き戻り、現在の『南都』、ロクスケの呪文屋…
「こうなったからには代金を払ってもらわねばならん。金貨5枚だ。」
「は………はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!?」
ロクスケに言われ、アゲハは叫んだ。
「な、何であたしがそんな大金払わなきゃならないのよ!!」
「お前はうちの商品を台無しにした。弁償にしろ購入にしろ、代金を払ってもらわにゃならん。」
ロクスケは白紙になったスクロールを突き出す。表紙には手書きで『ファイヤーボール』、その下には、さっきは見落としたが、『G5』と書かれている。
「それ一体何なのよ!!勝手にクルクル回って、あたしが見てる側から真っ白になって!!」
「見りゃ分かるだろ!?呪文をお前の頭の中に設置した。だからスクロールの文字は消えた。」
「見て分かる訳無いわよ!!大体それ、どんな理屈よ!?」
「パンを食ったら皿の上のパンは無くなるだろう!?」
「だからどういう理屈よ!!それに、その呪文って、『ファイヤーボール』でしょ!?もう持ってるわよ、こんなの!!魔術師なら必修でしょ!?」
それにしても…叫びながらアゲハは思った。さっきから一体何なんだ、この不愉快な男は…!?そしてもう少し聞こえる声で喋れ!
「…関係無い。このスクロールはもう売り物にならんのは、いくらお前でも分かるだろ!?」
「返すわよ!!何とかならないの!?」
「食ったパンを吐き出して済むと思うか!?」
「………」
どうやらこのスクロールの弁償はしなければならない様だ。
「でも………金貨5枚は高すぎるわよ!!『ファイヤーボール』の呪文なんて、せいぜい金貨1枚程度でしょ!?」
「よその店の事は知らん。俺のは特別製なんだ。」
特別製かどうかは知らないけど、異常なのは身を持って知っている。
「不当な値段よ!払わないわ!!」
「値段が不服なら買わなきゃよかったんだ。俺は値段を示し、お前はその封紙を破った。お前には代金を払う義務がある。」
アゲハはロクスケの手を振り払い、
「だからその値段が不当だって言ってんでしょう!?万に一つも他の冒険者がこんな店の被害に合わせる訳には行かないわ!あたしの権限で、この店を…」
店を出て行こうとしたその時、
「ロクスケっ!!」バァン!!「キャッ!!」
入口のドアが乱暴に開き、入って来たのはいかにも気難しそうな老婆。
「なんだ大家か…今、取り込み中なんだ。」
ロクスケが言うと、大家と呼ばれた老婆はしゃがれ声で、
「あんた、今日という今日は溜まりに溜まった家賃を払ってもらうよ!!」
どうやら老婆は本当にこの店の大家らしい。
「悪いが金なら無い。」
ロクスケは素っ気なく言う。
「あんた金があった時があんのかい!?この店、客は来てないみたいだし、もうだめなんじゃないのかい!?」
「…半年前に1人だけ買ってって奴がいたぞ。」
「いないのと変わんないじゃない!!一部でも払ってくれないなら、出て行ってもらうよ!!」
こいつ家賃まで滞納してるのか…でも丁度いい。この隙に店を出て行こう、としたところ…
「あー、たった今、そこの女が俺のスクロールを開いちまったけど、金を払わずに出て行こうとしてるらしい。」
アゲハを指差す。
「…」
大家とロクスケは、アゲハをじっと見つめ………
※ ※ ※
数分後…
「…何であたしがこんな目に………」
不機嫌な顔でロクスケの店を後にするアゲハ。財布が軽くなったが気が重い。
「じゃ、この調子で稼いどくれよ。」
アゲハが払った金貨5枚のうち1枚をせしめた大家はしかめっ面のまま店を出て行った。
(最悪!最悪!!さいあくっ!!!)
ズカズカと大足で路地裏を歩くアゲハ。大通りに出て東の大門を抜け、東新街区の背の低い建物の間を通って第二門から『南都』の外に出る。
(これから物入りだっていうのに、こんな予想外の、無用な出費…!!)
どれだけ心の中で悪態をつこうが、心の闇は消えなかった。
(いいえ、そもそもこんな所に来る事になったから!!こんな所に!!『南都』なんかにっ!!こんな………)
アゲハの目の前には、小さな洞窟があった。こういう場所は、得てして…
洞窟に入って行くアゲハ。奥は思ったより浅かった。すぐに小さな広場に出た。果たしてそこにはいた。緑の肌にボロをまとった、身長40cmくらいの汚らしい小鬼…ゴブリンだ。
アゲハは右手の杖を構え、左手を前に伸ばす。彼女は本来、この様な腹いせをする様な女では無い。言い換えれば、それくらい今の彼女は気が立っていたのだ。それでも彼女の頭は冷めていた。自分が魔術師で、呪文には長い詠唱が必要で、ソロでモンスターに挑む時には詠唱開始から発動までのタイムラグへの対策をする必要がある事を自覚する程度には。
ゴブリンはまだこっちに気づいてない。詠唱に気付かれて、立ち上がって、駆けて来るまでにギリギリ詠唱は終了する。あの時みたいに失敗さえしなければ!!
すぅ…アゲハは息を吸い込み、長い長い魔法詠唱に入ろうとする。が………
天啓の様にある言葉が脳裏に浮かび、アゲハはその言葉を唱える。
「ラン、ファイヤーボール!!!」
次の瞬間、
ボ ン!!!!!
そのたった一言で、アゲハの左手には火球が生じ、前方へと飛んで行き、ゴブリンに命中、哀れな小鬼は瞬時に火だるまになった。
ギャ ァ ァ ァ ァ!! ゴブリンの耳障りな悲鳴が響くが、アゲハはそれどころでは無かった。一体、今のは、何!?あたし、何をやったの!?あたしの身に、何が起こったの!?狭い洞窟の中、アゲハは叫ぶ。
「な………何よこれぇぇぇぇぇっ!!!」




