第5話 処方録が導く真実
王都の夜は静まり返っていた。
月光が宮廷の石畳に薄く反射し、影を長く落とす。
側近たちの症状はほぼ回復し、宮廷内の緊張も少し緩んだかに見えた。
だが、私の嗅覚はまだ、微かな異変の香りを捉えていた。
「沙良さん、これで事件は収束したのでしょうか?」
凜斗の声に、私は小さく首を振った。
「いや、まだ。症状を引き起こした調合は明らかになった。しかし、誰が意図して王家の秘密に手を伸ばしたのか、断定はできません。」
私は古い薬方帳と、書庫で見つけた紙片を取り出す。
匂いの層を確認する――焦げた香り、微かに甘い薬草の香り、そして人の手が加えられた痕跡。
「これは……計画的です。しかも、王家体質に合わせた微調整まで施されている。」
凜斗は深く息をつき、私の言葉を受け止める。
「つまり、犯人は宮廷の上層部に近い人物……貴族の中にいるということですね。」
私は頷き、帳面を慎重に胸に抱いた。
「この処方録は、単なる薬の記録ではありません。王家に関わる者の体質、隠された習慣、すべてを知る鍵です。」
宮廷内を見回すと、煌びやかな装飾の裏に潜む目の光が、私たちを試すように輝いている。
「沙良さん、これをどう使うのですか?」凜斗が問いかける。
「まずは、王の側近たちの安全を確保すること。そして、この処方録の存在を慎重に扱うこと。王家と宮廷を守りつつ、犯人をあぶり出す。」
私の決意は固い。薬師としての使命が、宮廷という舞台で現実となる瞬間だ。
その夜、私は処方録を手に、香りの糸を手繰るように宮廷の廊下を歩いた。
古い薬草の匂い、調合の痕跡、人の手が残した微かな香り――全てが導く方向を、私は見逃さなかった。
「香りは嘘をつかない。真実は、必ず香りとして残る。」
小さくつぶやくと、夜風が帳面を揺らし、微かな香りを運んできた。
凜斗と共に確認した結果、犯人は特定の貴族の側近で、古方の知識を用いて王家を操作しようとしていたことが判明した。
しかし、直接的な証拠はまだ十分ではない。
「宮廷内での権力争いはこれからも続くでしょう。しかし、少なくとも今は被害を最小限に抑えました。」
私は処方録を抱きしめ、胸を撫で下ろした。
夜明け前の空が、薄く赤く染まり始める。
香りの糸を辿り、真実に近づいた少女――椿紗良は、宮廷での小さな勝利を胸に刻む。
そして、王都に新たな朝が訪れる中、香りの中に潜む更なる秘密を予感していた。
「まだ終わりではない……でも、第一歩は、確かに踏み出せた。」
私はそう呟き、宮廷の朝に溶ける光の中で、処方録を握りしめた。
香りの糸は、これからも宮廷の秘密を導き続ける――。
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