第1話 王都への道
朝霧が薄く漂う王都の路地を、私は慎重に歩いた。足元の石畳に水滴が光り、空気はまだひんやりとしている。香りが、私を導く。鉄と土の匂い、そしてかすかな甘い草の残り香――倒れた王の側近の症状の痕跡だ。
「匂いが違う……」
思わず小さくつぶやく。誰にも聞かれぬよう、そっと。
私、椿紗良。十八歳、地方の薬屋の娘。幼い頃から父に教わった嗅覚で、病を見抜く力を持つ。
使者は昨日、私の小さな薬屋を訪れた。王都の側近が倒れ、原因不明の症状に苛まれている。薬屋の力を借りたい、と。
正直、恐怖もあった。宮廷は権力と策略の渦だ。けれど、薬師として目の前の病を放っておけるはずがない。
宮中に入るには、身分を偽るしかなかった。私はただの薬屋の娘としてではなく、調合師として呼ばれた“医師見習い”の立場を借りることにした。
門をくぐると、重厚な木の扉と石造りの柱が並ぶ宮廷が現れた。広間には緊張した侍医たちが立ち並び、倒れた側近はうつ伏せに床に横たわっている。顔色は青ざめ、唇は微かに紫がかっていた。
「匂い……」私は立ち止まり、鼻を近づけた。微かに、だが確かに違和感のある香り。食べ物の残滓、薬の痕跡、そして人間の体臭が混じる。これが病の手がかりになる。
侍医の一人が声をかける。「君が、地方から来た薬師見習いか?」
私は軽くお辞儀をして答える。「はい。沙良と申します。まずは、症状と環境の観察から始めたいと思います。」
見るだけでは分からない。舌診、残滓の分析、香りの変化――全てが私の手がかりになる。
それを頼りに、一つずつ謎を解いていくのだ。
「さあ、沙良さん。私たちの手では到底、原因が掴めませんでした。力を貸してください。」
冷静な声が、侍医の凜斗から聞こえた。彼の瞳は理知的で、私と同じく病の背後にある“異常”を探ろうとしているのが分かる。
こうして、私の宮廷での初仕事は始まった――小さな薬屋の娘が、王都の秘密の扉を開く旅の第一歩。
朝霧の残る王都の香りが、これからの長い謎を告げていた。




