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タイトルとかとか、いただいて書きました。

『王太子の嫁な!』と遺言状に書いてありました。

キーワード

・遺言状

・お忍び参加

・逃げられない

の3本でお送りします。




 大好きなおじいちゃんが死んだ――――。



 おじいちゃんとは、たまたま王都内にある王立庭園で出会っただけ。庭園のガゼボで一人チェス盤とにらめっこしてたから、つい近付いて次の一手を打ってしまった。


『むおぉぉっ!? そう来るか! ちょっとそこ座れ!』


 真っ白でふわふわな髪の毛をわしわしとかき混ぜて苦悩し、弱々な一手を返して来たおじいちゃん。口髭を引き上げるようにニカッと笑ってドヤ顔するもんだから、大笑いしてしまった。

 それから決まった曜日に集まって、庭園のガゼボでチェスをするようになった。


『ワシなぁ、エマちゃんとチェスするの、超楽しいんじゃよね』

『え、ありがとう』

『じゃから、もうちょい手加減してよくない?』

『意味がわかりませーん』

『エマちゃんのケチ!』


 私が使っていた中途半端な平民言葉を、ナチュラルに真似して使うおじいちゃん。かなり地位が高い貴族だと思ってはいた。だって着てる服の質の良さ隠せてないし、ガゼボの陰にこっそり護衛の人たちがいるし。


 おじいちゃんと仲良くなって二年が経ち、気付けば黒髪の護衛さんは一緒にガゼボでお茶を飲みつつ、おじいちゃんと二人協力体制で私とチェスで戦うようになっていた。


『こっちじゃろうが!』

『それ、ナイト取られますって』

『とりゃっ!』

『あっ、ちょ!』


 二人はおじいちゃんと孫みたいな関係で、見てて面白かった。

 他にも何人か護衛さんがいるけど、ガゼボに来るのは決まって黒髪の護衛さん。


『ほら、取られたじゃないですか』

『イケると思ったんじゃがのぉ?』

『っ、あはははは! 二人とも弱すぎるっ!』

『くっ……笑われた』


 そうやって楽しい日々を過ごし、春の陽気で眠たいねなんて言って欠伸をしていた時だった。


『ワシ、最近めっちゃ体調悪いのよぉ』

『え……』

『エマちゃんさぁ、これ持っといて』


 ゴホッと嫌な感じの咳をしながら、おじいちゃんからペイッと封筒を渡された。

 それは連絡があるまで開けたら駄目だと言われていた。




 そして、その連絡が今日――――。


「国王陛下が崩御されました。以前お渡しした封筒を開封してください」


 超絶貧乏かつ名前だけの男爵家の玄関に、近衛騎士と王城勤めであろう文官みたいな人が立っている。近衛騎士さんは庭園でよく見かけていた黒髪の人。格好は違うけど、おじいちゃんを護衛していて、一緒にチェスしていた人。

 彼がここにいるということは、おじいちゃんは……本当に国王陛下!?


「え……ほんとに?」

「はい」

「おじいちゃん…………死んだの?」

「はい」


 文官さんの無機質な言葉に、胸が締め付けられた。先週も、先々週も、おじいちゃんは庭園に来なかった。体調が悪いって言って咳していたけど、ただの風邪だと思っていた。


「っ…………」


 ぼたぼたと落ちる涙の止め方が分からない。

 もう、あの明るい笑い声も聞けない、ちょっといじけて口を尖らせる顔も見れない。

 もう、かすれてるけど柔らかな優しい声で『エマちゃん』と呼んでもらえない。


「っあ……ぅ……」


 泣いている私に、文官さんは早くして欲しいと言いかけていた。でも、騎士さんがズイッと彼の前に出てきて言葉を遮って、私を柔らかく抱きしめてくれた。

 

「不躾に触ってすまない。少しは落ち着くだろうか?」


 いつからか、おじいちゃんと彼と過ごす日が、本当に楽しみだった。彼に対しては、淡い恋心みたいなものが、生まれていたと思う。抱きしめられて、それに気が付いた。

 国王の護衛なんて出来る人は、きっと高位の貴族。


 ――――あまりにも地位が見合わないわね。


 一瞬にして、恋が散った。


「っ……はぃ…………ごめんなさい。直ぐに封筒持ってきます」


 どうにか涙を抑えて、走って封筒を取ってきた。我が家にはサロンなんてものはないので、お二人をリビングに通して、一緒に封筒を開けることに。

 そこには、どんよりとした空気の私たちとは真逆の、いつものおじいちゃんのテンションで書かれた文面があった。


『エマちゃんへ。


 驚かせてすまんねぇ。もう聞いとるとは思うが、実はワシ王様だったんだよねぇ。ビビッた?

 んで、これ読んでるってことは……ワシ、死んじゃったか。まぁ、何年も患ってたからのぉ。最近ヤバいなぁとは思っとったんじゃよ。と、まぁ無駄話はここまでで。


 ここから本題なんじゃがね。

 ワシが死んだら、遺言状の開封の儀があるんよねぇ。エマちゃんに譲りたいものがあるんだけどさぁ、エマちゃん恥ずかしがり屋さんだし、偉そうなのが集まった場とか、あんまし参加したことないじゃろ? 侍女服とかで参加してええよ。あ、参加は絶対じゃからな? 


 デメトリオ、あとヨロ』


――――軽っ。


 あとヨロされてしまっている、黒髪の近衛騎士デメトリオさんを見ると、右手で目を覆うようにしてこめかみを押さえていた。涙が出そう的な感傷のほうじゃなくて、頭痛っぽい。なんかイラッとしてる。


 私の涙もカラッと乾いて引っ込んでしまったけど。

 こんな軽い手紙、本当に国王か? と思ってしまうけど、国王の名前のサインの横に王印が押してあるし、便箋は王家のエンブレムが透かしで入っていて、間違いなく国王陛下からの手紙だった。


「こちらをどうぞ」


 相変わらず無機質な文官さんから渡されたのは侍女服。黒いワンピースに白いエプロンとひらひらのレースが付いたヘッドセット。

 これに着替えろということか。王城に着ていけそうなドレスとか持っていないから、これはこれで助かるし、ひらひらヘッドセットも可愛い。

 どうやら時間が押しているらしいので、急いで着替えて王城に向かうことになった。

 

 王城に向かう馬車の中、無言の空気に居た堪れなくなり、ちらりとデメトリオさんを見ると、バチッと目が合った。

 

「デメトリオさ……様」

「今までどおり『さん』でいいよ。陛下も『おじいちゃん』のままで。きっとそのほうが喜ぶ」

「はい……」


 また涙が溢れた。デメトリオさんが差し出してくれたハンカチで涙を拭う。

 デメトリオさんいわく、おじいちゃんは眠るように息を引き取ったらしい。ちょっと本人が騒がしかったけど、安らかな死だった。あとイラッとするくらいには微笑んだままだ。と言われて笑ってしまった。

 なんだかおじいちゃんらしい。本人が騒がしい安らかな死ってなんなの。




 王城に着いて、謁見の間に通された。そこには二〇人ほどの王族や貴族、騎士様たちが集まっていた。まだ開始時間ではないらしく、もう少し増えるだろうとのことだった。

 壁際には数人の侍女さんがいて、私もそこに並んでいればお忍びで参加出来るだろうとのことだったので、しれっと壁際に控えることにした。


 デメトリオさんは、仕事に戻るとのことで立ち去ってしまい、ハンカチを返しそびれたなぁ……となんとなしに眺めていたら、ハンカチの端に王家のエンブレムが刺繍されていることに気が付いてしまった。


――――あ、王族なんだ?


 軽々しく『さん』なんて、やっぱり駄目じゃない? 国王陛下の護衛は、王族の一員とかで地位が高くないと駄目だったとか? でも、王族ってだけでそもそもが護衛対象じゃないのかな? 社交界とかほぼ知らないし、分からない世界だなぁ。なんて色々と考えている間に、謁見の間に偉そうな人たちが増え出した。


 一〇分ほどして全員が集まったらしい。皆が綺麗に整列する中、壁際でぼーっとしていたら、私を迎えに来た文官さんが沢山の書状を抱えて前に出てきた。


「こちら、新国王陛下宛でございます」

「うむ」

「こちらは王太子殿下宛でございます」

「……あぁ」


――――はい?


 王太子殿下と呼ばれたのは、黒髪の近衛騎士さん。危うく声を出しそうになった。私はただ単に壁に控えているだけの、侍女。お忍びで参加して、なんかもらえるらしいものをこっそりもらって帰るだけなのだから。目立つわけにはいかないのだ。


 文官さんが、次々に書状を渡していく。

 壁際に控えていた侍女で渡されたのは私だけ。いや、偽物の侍女だし、渡されるから参加しただけだけど。

 隣に並んだ本物の侍女さんたちの視線がめちゃくちゃ痛い。全然お忍びで参加できてなかった。


「では陛下から」

「うむ……ふっ…………はいはい」


 遺言状に『はいはい』って返事ある? と思っていたら、新たに国王陛下になられたらしいダークブラウンヘアーのオジサマが、ちょっと寂しそうな顔で微笑んでいた。どことなくデメトリオさんにもおじいちゃんにも似ている。

 あぁ、親子なんだなぁって、納得がストンと落ちてきた。


「まぁ、要約すると国王になれだけだ。あとは父がやり残したことの引き継ぎだな。余計なお世話も入っているが。こちらの一枚はプライベートな内容なので、皆には伏せさせてもらう」


 国王陛下がそう言うと、二枚のうち一枚だけを文官さんに見せていた。


「次に王太子殿下」

「…………チッ。くそジジイ」


 聞き間違いかと思った。王太子殿下からの『くそジジイ』はなかなかに破壊力がある。謁見室内がどよめくくらいには。


「遺産の相続一覧と、余計な世話の二枚だ」


 デメトリオさんが文官さんに二枚とも見せると、文官さんが目を見開いてデメトリオさんを凝視。そして、なぜかこっちの方をチラッと見た。

 なにかあるのかなと思い、辺りを見回すが、何もない。他の人たちも、ちょっとキョロキョロっとしていた。


 遺言状はどんどんと開かれていく。

 主に遺産の受け渡しの遺言状だったらしいけれど、それぞれが読んで笑ったり、涙を零したりしていた。


 おじいちゃんと皆の関係性が見えて、心がポカポカと温かくなった。

 国王陛下だって威張り散らすようなタイプじゃないってのは今までの付き合いもあって分かってはいた。けれど、私たちと過ごしていたときも、おじいちゃんはおじいちゃんのままで自由に過ごせていたんだなと思えたから。


「最後に、ルシエンテス男爵家・エマ嬢」

「は……はいっ」


 恐る恐る封蝋を剥がし、開いていく。

 カサリと紙が擦れる音がしんと静まり返っていた謁見の間に響いた。

 皆の視線が辛い。完全に『誰だあれ』という空気。


 二つに折りたたまれた遺言状をゆっくりと開いた――――。


「…………………………は?」


 ベチンと音が出る勢いで遺言状を二つ折りに戻した。

 もう一度ゆっくりと少しだけ開いて、覗き見る。見間違いじゃなかった。


 遺言状には『王太子の嫁な!』とだけ書かれていた。

 意味が分からない。分からなさ過ぎる。王太子ってデメトリオさん? いや、なんでよ。遺言ってことはコレ逃げられないヤツよね? 王命より重くない!? えっ!? 


 遺言状から顔を上げて、バッとデメトリオさんを見たら、右手で目を覆い隠して眉間を揉んでいた。

 あれ、さっき見た。頭痛くなるくらいイラッとしてるやつ。


「エマ嬢、中にはなんと?」

「え……『王太子の嫁な!』だけです……」


 謁見の間がどよめきを通り越して、大騒ぎだった。隣の侍女さんたちがガン見してきてて怖い。王城に勤めるのなら家以外に眼力も強くないといけないの?


「二枚目もあるようですが?」

「え? あ、ほんとだ」


 眼力が天元突破な侍女さんにそう言われて二枚目を見ると、ほとんどがおじいちゃんからの感謝の手紙だった。

 庭園での穏やかな日々。……騒がしくなかったかな?

 孫との楽しい時間。……口喧嘩してなかった?

 接戦を極めたチェス。……めちゃくちゃ弱かったよ?

 そして、ありがとうがいっぱい書いてあって、また涙が出てきた。デメトリオさんに貸してもらったハンカチが大活躍だ。


「あ、チェス盤と駒のセットをくださるそうです。ん? 封筒の中を見ろ?」


 封筒の中に妙に膨らんだ小さな封筒が入っているのは気付いていた。封を開けて取り出してみる。

 コロンと出てきたのは、薄ピンクのキラキラした宝石が付いた指輪。宝石の大きさは一センチくらいで丸く多面体でカッティングされていた。


「それ……。宰相閣下」

 

 隣りにいた侍女さんが私の腕をガシッと掴んできたと思ったら、文官さんのところまで引き摺られてしまった。ってか、文官さん宰相様だったのね……。家ではお茶も出さずにすみませんでした。

 私も両親もそんな余裕なかったのよね。

 脳内は『なんか偉そうな人が来た!』だけだったから。


「なるほど。殿下、どうぞ」

「……はい?」

「チッ」


 私宛の遺言状に入っていた指輪を、宰相様が王太子殿下というかデメトリオさんに渡した。

 いや分不相応だろうし、別にいいんだけど。なぜ舌打ちされたよ?


「殿下、どうぞ」


 宰相様の謎の圧力をデメトリオさんが無視していると、国王陛下が軽い足取りでやってきて、デメトリオさんの遺言状を取り上げると、勝手に開いて見ていた。


「ぶふっ『エマちゃん嫁にしろ!』って……うはははは!」


 おい、国王陛下。なに爆笑しとんねん。ってか、おじいちゃん、なにを書いてやがる。と声を大にして叫びたかった。

 

「ほら、王家の指輪まで用意されちゃってるし、嵌めちゃいなよ?」


 国王陛下、軽すぎません? ていうか、おじいちゃんそっくりだなこの人。絶対にめんどくさいタイプだ。

 怒りでプルプル震えてるデメトリオさんの肩に後ろから顎を乗せてニヤニヤ笑ってるもん。絶対に性格悪い!


「…………父上、邪魔です」

「はいはい」


 国王陛下が両手を上げて三歩ほど下がって行ってしまった。

 ガチギレ寸前みたいな顔してるデメトリオさんと二人向かい合わせ。

 周囲はちょっと遠巻きなものの、ワクワクとした表情がほとんど。


――――なにこれ?


「エマ、婚約者は?」

「い……ません…………けども」

「なら諦めろ」

「え?」


 右手を取られて、薬指に指輪をザシュッと差し込まれた。右手の薬指は婚約者がいる証。


「えぇぇぇぇぇぇっ!?」

「うるさい」


 いや別に嵌めたくらいじゃ、婚約者にはならないんだろうけど。

 右手薬指を見ながら困惑していたら、デメトリオさんの顔がこちらに近付いてきた。

 顔がチークキスのような近さになったかと思ったら、ふわりと甘酸っぱいオレンジの香りがした。


――――香水?


 匂いの方に意識が持っていかれた瞬間、耳元で「ジジイの思惑に踊らされるのはムカつくが、逃さないからな?」とデメトリオさんに囁かれた。

 耳にフッと息を吹きかけて顔を離していくデメトリオさんを睨んだけど、彼は一瞬だけニヤリと笑ったあとは澄まし顔。

 それにちょっとカッコイイと思ってしまうんだから、私もおじいちゃんに踊らされてるなぁと思う。


――――顔、熱い。

 

 どうやら私は、遺言状からも彼からも、ちょっと抱いていた初恋からも、逃げられないらしい。




 ✱ おわり ✱




読んでいただき、ありがとうございます!

こちらの作品は、とある企画で『六花きい』さん(https://mypage.syosetu.com/1708364/)から3つのキーワードをいただい…………ほぼ奪ったのは気のせい!

いただいて!書きましたぁぁぁぁ!(言い張る)


また面白い遊びしてんなぁ。とかでいいので、ブクマや評価などしていただけますと、笛路が喜び小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ


あ……連載版、始めました☆

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― 新着の感想 ―
一同「最期までそんなノリかい!」
おじいちゃん大好きだぁ~<( ̄︶ ̄)> この一言に尽きます!
男爵令嬢から王太子妃へ、なんて本来ならめがっさ苦労しそうですが、おじいちゃんがこのノリならなんとかやっていけそう(笑)
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