私と婚約破棄してその女と結婚? 今年一番笑いました
「君のことはいまでも好きだよ、クレアローゼ。でもそれ以上に愛すべき人が現れてしまった。俺は運命の歯車に取り込まれてしまったんだ」
「プッ……クッ……」
笑ったのは一年ぶりだろうか。
すぐに堪えたので大丈夫でしょう。
私は口元を繕って、王太子であるロイドワクスにお答えする。
「それでロイド、愛すべき人というのはお隣の可愛らしいお嬢さんかしら」
王太子といえど、私は対等に接することができる。
それを条件に婚約を受け入れていた。
「そうさクレア。……お集まりの皆さんにも彼女を紹介しよう」
ちなみに本日は建国記念日であり、いまは一年で一、二番目に盛大な夜会の途中。
陛下や王家の面々は無論、有力貴族も多数参加している。
公爵令嬢である私も招かれたのだが、その結果がこの婚約破棄だ。
頭パカーンのロイドの隣にいる可愛らしい顔をした十八歳の女性が自己紹介する。
「リタ・フォルンヌと申します。以後お見知りおきを」
肩口の出たドレスを纏った彼女は、四方に丁寧に挨拶をした。
とても従順そうで、性格も擦れていない感じが伝わってくる。
私とは一歳しか違わないが、中身は正反対といっていいだろう。
さて、集まった貴族たちは激しく動揺している。
それも当然で、我が公爵家と王家の関係が崩れるのではないかと不安なのだ。
ハイドワーク公爵家は、代々王家に貢献してきており、優秀な魔術師が生まれる血筋ということでも有名。
その公爵家の出である私に対して、一方的に婚約破棄など余程の事情がなければ許されない。
いくら王位継承一位で、次期王が確定的であるロイドであろうと。
「クレアは誰よりも美しく、家柄も良く、いつもクールで、とても賢い人だ。君に比べたらリタは、劣るところばかりだ」
そう?
私なんかよりずっと可愛いと思うけれど。
「それでもリタは君に無いものを持っている! 従順さ、優しさ、家庭的で、なにより俺を心から想ってくれる。政略結婚で嫌々俺に付き合っている君からは感じないものだぞ!」
それについては反省しましょう。
仮にも婚約者なのに愛情の欠片も見せないのは、間違いなく私が悪い。
言い訳だけど、可愛げは私が最も苦手とするもの。
あと悪い意味で素直なのかもしれない。
「でもね、私たちの婚約はその辺の貴族のそれとは違う。貴方が別の女を好きになりました、で許されることではないのよ」
おそらくロイドは、陛下にも話は通さずに独断で動いている。
陛下はずっと険しい顔をしており、いまにも怒鳴りそうだもの。
「クレア、これは俺の温情だ。せめて自分の口から言ってくれないか?」
「あら、なんの話?」
え? 本当にわからないんだけどなに?
「この間、王家秘宝の一つ、美魔鏡が盗まれた話は知っているだろう」
いや知らない。
初耳だ。
美魔鏡は鏡に映った自分を現実より美しく映してくれる魔道具の一つ。
私はそんなもの興味ないし、偽物の自分を見て喜んでいる人にはもっと興味がない。
それなのに、ロイドはまるで私が犯人みたいな口ぶりだ。
さすがに反論させてもらう。
「私が美魔鏡を盗んだ犯人みたいな言い方ね。証拠でもあるの?」
「君は魔物召喚が使える。その魔法を利用して鏡を盗みだした」
魔物召喚……正確ではない。
ただ対外的には、それが私の力だということにしてある。
……パンパン!
ロイドは手を叩いて鳴らす。
すると執事や侍女が数人やってきて、彼の後ろに一列に並んだ。
ロイドはそこから饒舌に語り始める。
まず美魔鏡は、城内の礼拝堂に設置してあったこと。
だが鏡には人が触ると痺れる仕掛けが施してあり、持ち出すことは不可能。
しかし魔物であれば、その仕掛けの対象外となる。
極めつきは、執事や侍女などが礼拝堂に入っていく魔物を目撃したと証言する。
「城内に魔物が侵入した記録はない。兵に見つからずに城を脱出できるわけがない。だが、一度召喚された後、また別な場所に召喚されたとしたら?」
つまり、私が城内で一度魔物を召喚して礼拝堂に侵入させる。
魔物が盗んでいる間に、私は城の外に出ていく。
その後、先ほどの魔物を再召喚する。
そうすれば、魔物は兵士に見つからずに鏡を持って私の元にこれると。
……なるほどね。
私は感心した。
心の中で拍手もした。
ロイドのことを舐めていた。
彼は馬鹿だから、恋慕の情だけで突っ走って婚約破棄してくると予想していた。
ちゃんと冤罪を仕立て上げ、自分の立場を守りながら攻めてくる。
成長したわねロイド。
「あのクレアローゼ様が……!?」
「な、なにかの間違いでは?」
「だがあの美貌、美魔鏡に興味があっても不思議ではないような……」
皆様がどよめき始めている。
やれやれ、どうしようかしら。
切り抜ける方法はなくはないけど、私の目的とは少しズレてくるのよね。
今回の夜会の騒動はあくまで婚約破棄にしておきたい。
「――兄上。その話、僕も参加させていただきます」
素晴らしいタイミングでやってきたのは黒髪の第二王子ダリウスだ。
ロイドの五歳下の弟でありながら、ロイドよりも遙かに優秀な上、顔も比較できないくらい良いとよく女たちが噂している。
顔については、私はなにも感じないが。
「これは俺の話だ! 意味もなく入ってくるな!」
心底嫌そうな顔をしている。
ロイドは基本的に弟妹が大嫌いだ。
第二王子以下は、なぜか優秀な者たちが多いからコンプレックスがあるのだろう。
「いいえ、事件については物申したいことがあります。――連れてこい」
ダリウスの部下がやつれた中年男性を連行してくる。
疲弊した様子の彼を目にしたロイドは顔が真っ青になった。
「その事件、僕も個人的に調査しておりました。痺れ罠の仕掛け人が怪しいと睨んで、問い詰めたところ吐いてくれました」
ダリウスは爽やかな笑顔を向ける。
笑顔の中に含みがあるから怖い。
「彼はとある人物に脅され、仕掛けを解除したようです。その人物はまだ吐いてくれないのですが、時間の問題でしょう」
ロイドを真っ直ぐに見つめるダリウスの目がワクワクしていてだいぶ怖い。
脅しているのは貴方でしょう。
本当はすべて掴んでいるくせに、あえて真実を隠す。
当然、ロイドの方も不利を悟ったので唇が紫色に変化するほど噛みしめている。
「兄上の後ろにいる者たちの証言も怪しいですよ。彼らは全員、借金持ちか家庭の事情を抱えています」
そういう人たちの弱みにつけ込んで冤罪の協力をさせたわけね。
やはり金だろうか。
もし王として国を動かすのなら、そういった卑怯さをある程度持ち合わせるのは確かに悪くない。
反吐がでるけれど。
「どうであれ、クレアが犯人という線はありません。もし彼女だと言い張るのであれば、この場で犯人を吐かせましょうか?」
ニコニコとしながら、ダリウスは罠師の腕をがっしり掴む。
こうなってくると、ロイドも撤回せざるを得ない。
まさかこの大勢の前で、自分の犯行だと暴露されたくはないだろうから。
「……あらぬ罪で疑ってしまったこと、深く深く謝罪する」
心底悔しそうにロイドは私に頭を下げてきた。
それが謝る者の顔ですか?
目尻ピクピク鼻ヒクヒクで、私は噴き出しそうになるのを堪えるのでやっとだ。
「もう許すわ、やめて」
それ以上やられると爆笑してしまうから。
さてさて。
私が潔白だと証明されたので、ロイドは色欲だけで婚約破棄を敢行する形になる。
それは、まずいのではないかしら。
早速、鬼のダリウスが突っ込む。
「兄上、鏡の件は一旦置いておき、婚約破棄はどうするのです? 結局クレアは無実でしたが」
「……そ、それ、は……」
「リタでしたっけ? その子とは別れて、先ほどの件を白紙に戻すようにクレアに頼むべきでは?」
もちろん、私の心情にかかってくる。
会場の誰もが固唾を呑んで見守る。
絶対に間違うなよ……そういう念をロイドに送っているであろう者たちが大半だ。
ハイドワーク家が仮に王家から離反すれば、国を滅ぼしかねない内紛が起きても不思議ではない。
すべてはロイドの次の一言にかかっている。
でも豪快にミスりそうなのよね、この男。
「発言をお許しください!」
出てきたのはリタだ。
もちろんですとも、どうぞ。
ダリウスが頷くと、彼女は目頭に珠の涙を浮かべながら話す。
「わたくしは、人生に絶望して身投げをしようとしていたとき、ロイドワクス殿下にお助けいただきました!」
しかし可愛いなぁ。
私って美男の基準はあんまり世間と合わないんだけど、女に関しては結構感覚が似てるのよね。
リタが男にモテるのは、なんかわかる。
「本来であれば、わたくしなどは近づくこともできない高貴な御方なのに、本当に優しくしてくださいました」
それスケベ心だけどね。
ロイドって美人とスタイル良い女には、一万倍くらい優しく接するから。
健気なリタは、もう限界だといった様子でロイドに抱きつく。
うっるうるに潤んだ上目遣いで彼を見上げると、次は感情のこもった可愛い声で告げる。
「ロイド様を愛しているんです! ロイド様のいない人生なんて、意味がないんです!」
あわわわと今にも泡噴きそうなのは周囲にいる貴族たちだ。
平和主義者にはとんでもなく嫌な展開だろう。
実際、ロイドは感化されちゃったのか鼻を膨らませて涙目になっている。
「ぬぉおおおおおおおおおお――!」
なにごと?
急に叫びだしたんだけどこの男。
ついに気が触れたかと私たちが心配していると、ロイドは悟りきった賢者みたいな穏やかな表情でリタを抱きしめる。
「……俺は彼女と結婚する。愛を貫く。この命尽きるその時まで! 俺はリタを愛して愛して愛し抜くぞぉぉぉ!!」
素晴らしい。
私には絶対に見せてくれない熱量ね。
まあ自殺するけど、そんなのやられたら。
ともあれ、本当にリタが好きなのが伝わってきたところで幕引きとしましょうか。
私は指を鳴らす。
――パチン!
戻ってきなさい、リタ。
一瞬にしてリタの姿が消失する。
抱きしめていたはずのロイドも、周囲にいた者たちも、誰もが唖然とする。
創造魔法。
リタは私の創り出した存在であり、現実の人間ではない。
ただ、この種明かしはしない。
「なにが起きた!? リタ? どこにいったんだ!」
半泣きになるロイドは本当に頭が悪いので、私は理解できるレベルの嘘の説明をする。
「ねえロイド。リタという女はいないのよ。貴方を含めて、この会場の誰もが幻を見ていたの」
「まぼ、ろし??」
「ええ、この空間には幻惑魔法がかけられていたの」
「嘘だ……だってリタは、今日現れたわけじゃないぞ!」
「そう、貴方がリタと会っているとき、近くにはずっと術者がいたということ。幻惑魔法はある程度近い距離にいないと幻を保てないから」
この王子はとんでもない間抜けですよ、という話を私は会場の皆様に優しく説いている。
女にうつつを抜かすあまり、術者の存在にも気づけない男ですと。
実際は違うんだけど、私も冤罪やられてるので文句言わないでね?
ロイドは現実が受け入れられないのか、頭を抱えてリタ、リタと呟き続ける。
男をこれほど骨抜きにするなんて、リタは今後も第一線で使っていこうかしら。
「兄上、婚約破棄の件はどうするのですか?」
鬼のダリウスがしつこく指摘する。
状況を呑み込んだロイドは縋るような目を私に向ける。
「嫌だ……婚約破棄したくない。俺はクレアのことがまだ好きだ……」
「人は誰しも間違いを犯す生き物よ」
「そうだろ!? 婚約破棄の件はなかったことにしてくれ。お願いだ!」
懇願してくる彼に、私は薄っぺらい微笑を浮かべながら頷く。
「あなたの婚約破棄は取り消しということでいいのね?」
「もちろんだとも!」
「では宣言します。私はあなたに婚約破棄を申し入れます」
婚約破棄返し、といったところだろうか。
人生で二度と使うことはないであろう必殺技ということにしておきましょう。
口をあんぐり開けて情けない彼に、私は理由を説明してあげる。
「私が魔法を解かなければ、あなたは何年でもあの女を愛していたでしょう。仮に敵国の刺客によるものだったら? 騙された挙げ句、本物の婚約者を裏切る人とは付き合っていられないわ」
私は踵を返して会場を出ていく。
皆様も一連の流れをご覧になったので、こちらの破談はじきに受け入れられるだろう。
私としても枷が外れたようで清々した。
☆ ☆ ☆
ひと気のない城の廊下をダリウスは静かに歩く。
角を曲がったところに、絶世の美女と表現するに相応しい女性が佇んでいた。
煌々としたブロンドヘアにシミ一つない白皙と極めきった美貌。
それにとどまらず目を見張るような妖艶なスタイルで、真紅のドレスを完璧に着こなしている。
すれ違うだけで男たちを恋に落とす魅力のある彼女は、ダリウスの幼なじみであり、今回の協力者であるクレアローゼだ。
「王子ともなると、人を三十分も待たせることができるのね。殺していい?」
「怒るなよ。後始末が大変だったんだ」
「そう。で、ロイドが王になるのは阻止できそう?」
嬉しそうに口角をあげるダリウスを横目で見て、クレアは苦労が報われた気分になる。
リタを使って彼を夢中にさせたのも、王の座につかせないためだ。
「クレアが協力してくれたおかげだよ」
「別にあなたのためじゃない。私のためよ。彼が王になったらこの国は終わるもの」
ハイドワーク公爵家には以下の家訓がある。
愚王は国を半年で崩壊させる。よって更生に導け。
陰ながら王家を支えてきた歴史が長いので、どうしようもない王も多数いたのだろう。
それらを上手くサポートして、現在の大国に成長させてきた。
だがクレアの考えは先祖とは異なる。
そもそも愚昧な奴を王に選ぶなである。
基本的に第一王子が王太子となるこの国は、クレアからすればギャンブラーの集まりだ。
人間なんて、無能の方が多い。
なのにわずかな希望に託して、第一子が有能であることに賭ける。
馬鹿馬鹿しい。
今日のロイドを見れば判然としている。
だから策を練って、今回の事件を起こした。
「美魔鏡の件は助かったわ。ロイドにしては頑張ったのね」
「頑張っても兄上だから。あんなものさ」
「あなたって私よりよほど冷たい人よね。さて、用も済んだし帰るわ」
気だるげな様子でクレアは立ち去ろうとする。
まだ一緒に過ごしたい気分のダリウスは頭を素早く回転させる。
なにか彼女の気を惹く方法はないかと。
結論、難しい。
小さい頃から知っているはずなのに未知の生物に思えてくるから不思議だ。
そこで、素直に気持ちをぶつけてみる。
「僕と婚約してくれないか? 王妃の座は約束する」
残念なことに鼻で笑われてしまうダリウスだった。
「あなたが継承争いを勝ち抜けるとは思えないけど。できないことは約束しないで」
「じゃあせめて、今晩ご馳走させてくれ」
「忙しいの」
「どんな予定がある?」
読書と呟くと、クレアは早足気味に歩いていってしまう。
難易度高すぎると落ち込んでいると、ダリウスの背後から柔らかい声音がする。
「わたくしで良ければ、お付き合いしましょうか?」
「うわぁ!? 勘弁してくれよ――!」
にっこりと微笑むリタに恐怖を感じるダリウスなのだった。




