希望 7
ジュリアンが故郷でマディラにプロポーズをした後
マディラと話す時間が全く取れなかった時に、彼の取り巻く状況が急に変わった事を、彼は話し出した。
「あの後、国境問題で王宮内が急に慌ただしくなったタイミングで、ジョナサンの祖父である、国使役のウィリアムに会い、この国の養子の話を聞いた。
直感的に、君が養子になり僕と一緒にグリーンフレードムに行けば、全て解決をするんじゃないかと思った。
ただし、もとの要求は王家の直系男子なので、女子でも問題がないかなど確認をし、もっと時間を掛けて手筈を整える予定だった。
その後、君の妊娠が判明。
僕の浅はかな行動の結果なので、そこに弁解の余地はないけど、君のお腹が目立つ前までに、交渉を成立させて入国まで済ませるという時間の制約が加わった時にふと思ったんだ。
僕たちの事情の全てを、説明する必要があるのか、と。
この国の要望は、能力の高い人物が王位を継承し続けること。
きっと、政治だって僕が関わるなら、式典用の服装をしていた僕を王族だと思い込んだウィリアムの勘違いを利用して、僕が王子で君と一緒という条件でよければ養子になると話したほうが手っ取り早い。
なので、国内では貴族階級の男性も一緒に行くことで王家の女子を養子にすることを了承してもらったと言い、こちらの国では僕が王子だという説明で押し通した。
だから、これだけ早く話がまとまったんだ。」
「出国前に「自分を信じて」っていっていたのは覚えているし、今の説明自体はわかった。だけど、あなたがしたことは正直その限度を超えている。その話を今すぐ無条件に信じれないわ。」
マディラにとって、王族が身分を隠して一貴族のように振る舞うのと、貴族が王家の名を語るのは全くの別物だった。
だから、ジュリアンのしたことが合理的であり、かつ自分の為の行動だと頭でわかっていても、感情がそれを受け入れなかった。
「そして、なぜそこまでしてあなたが私にこだわるのか、そしてなぜニーベルを離れることに前向きだったかが分からない。
私の血や能力を利用する価値があるって思うのが普通じゃないの?」
「君の価値、か。僕の気持ちはプロポーズの時に話して、そこから変わっていない。
君を利用しようなんて思っていない。君を騙すようなことを考えていないのは信じて欲しい。」
人間界での最後の夜。
彼女を利用しようとして騎士の役目を引き受けたと思われたくなくて、決して口にするまいと思っていた自分の思いを告白した。
その時の記憶が彼女にない今、どう表現すれは自分の思いが再度伝わるのか、ジュリアンは苦悩しながら言葉を続ける。
「僕は君の側では素の自分が出せる事に気づいた。そこに合理的理由なんてないよ。
実際、人間界での数年間はとても楽しかった。君への気持ちを隠すこと以外はね。
だから今度は、正式な形で君と一緒にいたいと思ったんだよ。
王宮の隅で、人避けの結界を張ってまで用心して、10日で数十分話すだけの状況、誰だって嫌だろ」
そう言いながら、少しマディラの方に近づくジュリアン。
ただでさえ家族から愛情を注がれず、いろんな人に騙されたり利用されたりして、かなり自己肯定感が低い状況の彼女に、陳腐な愛を囁いても伝わらないんだろうとジュリアンは思った。
「ニーベルを出た理由か……あそこは、誰かを自分の欲望の踏み台にする者ばかり。
そもそも冷徹な人物というのは、誰かが、陛下や僕と、他の貴族との対立構造を鮮明にしようと企んで、いつの間にか悪意を持って誇張されていった。
なぜだろう。ずっと人間界にいたからか、そんなニーベルの雰囲気になじめなくなっていたよ。
本物の僕はずっと君といたのだから、君が見てきた僕が素の姿だよ。
「だれか」のいう狡猾だとか変人だといった話を信じないで」
この世界の成り立ちからも、緑の世界と違って、赤の世界は悪魔に近い、負の思考を持ったものが多いのは、禁書にも書かれていた。
ずっと赤の世界にいたら気づかなかったが、青の世界の生活が馴染んだ結果、そこに書かれていたことを彼は実感していた。
「そもそも僕は、ニーベルに住む事や出世なんか拘っていない。ニーベルは故郷であり、恵まれた環境だけどね。
人間界の暮らしで、地位や名誉なんて縁遠い生活をしていたけど、あれはあれで嫌じゃなかった。 」
チラリと、ジュリアンは試練の間での自分の行動を振り返る。
「この国でも、最低限の生活の質と身の安全が担保されるのであれば、城での生活に拘っていないよ」
これまでじっとジュリアンの話を聞いていたマディラが口をひらく。
「今の説明を受けたからといって、すぐにこの気持ちのわだかまりが解けないと思う。
どの国で暮らそうとも、父親から疎まれ国を追われ、帰国してもなお傷つけられたり、養父母からもたくさん肉体的精神的苦痛を味合わされたという記憶は消えない。
あなたが将来、私を傷つけない保障がどこにあるの?」
パトリックとの別れの際の会話を思い出し、マディラのこの言葉に、一瞬動揺するジュリアン。
――――――――――
学院でパトリックと喧嘩をしたあの日。
元々あれは、気さくで穏やかな性格の彼が柄にもなく、慣れているはずのジュリアンの理論武装にくってかかってきたのが原因。
だが彼がそんな精神状態になったのは、幼いマディラがある事件を起こし、追放された話を知ったから。
そしてジュリアンは見てしまった。
夢の館で、今も本来のマディラが寝しつけている、祖国から追放された元凶を。
彼女に対する予言は外れて欲しい、その淡い希望が打ち砕かれた瞬間だった。
――――――――――
「100%とは言えない。それでも僕は君を傷つけない、守ってみせるという覚悟があるから、全てを捨てて君を連れてこの国に来たんだ。」
そう言って、気づいたら、ジュリアンはマディラの後ろから手を回し、衝動的に抱きしめていた。
「ジュリ……アン?」
突然の、らしくない彼の強引な行動にマディラはびっくりする。
二人は静けさの中、その状態で暫くいた後、泣きそうな顔でマディラは口をひらく。
「この温もりを知っている気がすると同時に、甘えていいのか、騙されて傷つくんじゃないかという恐怖が同居していて素直になれない。ごめん」
騙されて傷つく恐怖か……
数ヶ月では傷が癒されないほど、あの一連の出来事で、彼女の心に爪痕を残したということか。
「サロモン、なんて罪深いやつなんだ……。一生檻の中でも良かったかな」
ジュリアンが、思わず口に出して、昔の敵への恨み節を呟く。
「え?」
彼が何の話をし出したかわからないマディラが、不思議そうにしている。
こんな話をいつまでもしていても仕方がないと思ったジュリアンは、その質問には答えず、彼女に全く違う話題を振る。
「明日の朝食は何?ここで食事をするの、初めてだから」
あぁそっか、と言う風に、マディラの口調がいつも通りになって、普通に答えてくれる。
「朝食は、フレンチトーストよ。ニーベルの食事も悪くはないんだけど、ここのがまた美味しくって。何だか、バターの風味が違うみたい」
「そうか。結局、あそこで一度も君と食事をする機会はなかったね。で、侍女が呆れるくらいバクバク食べちゃうんだ」
「そんなにいっぱい食べてないわよ」
痛いところを突かれたのか、膨れっ面でマディラはそう返事をする。
「じゃあ明日、人間界にいた時からどれくらい食事量が増えたか、確認してあげるよ」
イタズラっぽくジュリアンがそれに答えると
「そんなにいっぱい食べてないってば!もう、早く寝てっ」
笑いと腹立たしさが同居したような顔でマディラはそう言いつつ、枕を一つ持ち出してジュリアンの顔をそれで目隠しをして、すぐ隣で反対を向いて彼女は布団に潜り込んでしまった。
枕の向こう側でジュリアンは優しく微笑む。
こういうのでいいんだよ、こういうので。やっといつもの彼女に戻った。
真剣な話し合いも大事だけど、彼女の泣きそうな顔なんか見たくないし、元気にしてくれるのが一番だ。
少しでも長く、君の笑顔をそばで見ていたいから。たとえそれが破滅の道であったとしても。




