邂逅 5
一面の闇、だ。ここは。辺りには何もない。
「なんで狙われているの?わたし……」
そうぽつりと呟いてみる。
そうか……、多分、あの時からだ……。
「この世には、人間に知られていない事が沢山あります。
例えば、我々の世界は、人間界だけで構成されているのではなく、いくつかの次界に別れているということ」
「貴方は、本当はニーベルという別の次元に存在する国の王女様ですが、色々な事があって、本来お持ちの特殊能力を封じ込められた上で、この人間界に送られたのです。」
「あなたの能力が復活し、ニーベルに帰れる日が近いかもしれないので、我々は貴方を守るために来ました。」
そう言われて3年以上、何も起きていなかったのに……!
――――――――――
はっと急に目を覚まし、まず最初に目に飛び込んできたのは天井だった。
見慣れた学校の天井。
次に、自分が真っ白いシーツがかけられたベッドの中にいることに、真唯佳は気づく。
保健室で寝ていたようだ。
「気がつきましたか?」
そう声をかけられたので、声の主を探す。保健室の先生だ。
30代前半の、ハキハキとした語り口の優しい女性教員だ。
「寝不足でしたっけ……気分は良くなりましたか?」
あれ、そんな話にいつの間になったのだろう。
「私、一人でここまで来ましたっけ?」
と聞き返す真唯佳に先生は不思議そうな顔をしながら、
「入り口まで、転校生の男の子が付き添ってくれましたよ。「頭痛が酷いみたいだけど、寝不足か何かかも」と説明してくれましたが……」と返事をする。
じゃあ、蒼くんがここまで付き添ってくれたんだ。今度会ったらお礼を言わないと。
そう思いながら、時計に目をやる。
11時半かぁ
寝不足ではないが、どうやら数時間寝ていたようで、お陰で気分は随分と良くなっていた。
「帰りの会が終わったら笹薙君に来てもらうように伝えたけど、よかったかしら。もうすぐ来ると思うけど」
そう先生が話していたところ、ちょうど引き戸がガラガラ音を立てて開く。
「大丈夫?」そう言いながら、通学カバンと大きい紙袋を下げた彬が保健室に入室する。
「まぁ、なんとか……。それは?」
ベッドの中で上半身を起こしながら、そう答える真唯佳。
「君の分の教科書だよ。ここから教室に再び寄るのも大変だから。」
そう言って、どさっと重そうな白い紙袋が枕元に置かれる。
その中を覗き、ぎっしり詰まった教科書を確認しながら
「鈴ちゃんたちは?」そう聞く真唯佳。
「部活に行ったよ。絢祐には休むって伝えておいたけど、良かった?」
真唯佳と絢祐は同じ陸上部なのだ。
「……そうよね、あんなことあった後だし、今日はちょっと休んだ方がいいよね」
ふぅ……っと息をつきながら、真唯佳はそう呟いた。
――――――――――
暗い部屋、である。昼間にも関わらず。
窓は一応、ある。
しかし外の鉄格子にびっしりと蔦が張り付いていて、太陽の光を中に入れさせてくれない。
この部屋の主はそれをさして問題視しておらず、寧ろその暗さを気に入っており、そのままにしてある。
室内は寂れており、3人掛けのソファーと1人掛けの椅子が2つ、その真ん中に小さめのローテーブルが一つ。
どれも年季が入っているというより、ぼろぼろという形容詞が相応しい。
ただし、この部屋の廃れ具合にはあっていた。
その3人掛けのソファーに、髪の長い女性は座っていた。
「作戦は、うまくいっているのか」
よく通るアルトの声で、静かに女性は尋ねた。
視線は質問を投げかけた相手には向いていない。
何か考えている風で、深々とソファーに腰掛け、静かに瞑想にふける彼女は、天井を仰ぎ続けた。
彼女の目の前のテーブルの左側、壁際の火の気のない暖炉の隣に立っている青年が答える。
「今のところはうまくいっている。心配いらないと思う」
「そうか……」
一応相槌を打ってくれたものの、本当に人の話を聞いてくれているか不安である。
「サロモン、一つ言っておくが……情は自分を陥れる最大の敵、禁物。いいね」
そう言いながら、彼よりも年上の女性はやっと、壁に腕組みをしながらもたれかかるように立つ青年の方に目線を向けた。
「お前は優しいから」
「大丈夫だよ、姉さん。父さんの仇を討つまでは……いや、あのお方の野望が達成されるまでは、俺は鬼になると誓ったんだ。そう、それはきっとニーベルのためにも」
そう言いながら、じっと実姉を見つめる。
そう、父親の仇を取るために今までやってきたんだ。
父を裏切り、暗殺をした国王たちに復讐をするのだ。
ここまできたのに、情に流されるなんて馬鹿な真似はしない。
もうすぐ悲願が達成されるのに、ここで甘さを出して、これまでしてきた事がパァになることはしない。
「それを聞いて安心だな」
その返事は目の前の姉ではなく、より後方の、部屋の入り口から聞こえてきた。
青年は近くのソファーから部屋の奥に顔を向ける。
さっきまで閉まっていた扉が開いていて、そこには逞しい体つきの、目つきの鋭い男性が立っていた。
「兄さん。今朝、邪気を放ったでしょう。なぜあんなことをしたのですか」
「おや、待ちに待った再会だったんだ。挨拶の一つでもしてやるのが礼儀ってもんだろ」
弟に責められるも、悪びれもなく答える男。
「俺があの方から頂いた仕事を邪魔しないでくれよ」
その文句に答えることなく、男は姉に話しかける。
「どうやら、姫さんの護衛をしている貴族レベルの男が一人。
こいつは以前会ったガキの可能性がある。奴らの家はここからちょいと離れたところにあるのを特定した。だが、結界が張られていて、ちょっかいが出せないどころか、中の様子は確認できない。」
「それは厄介ですね……。あの方にご報告し、指示を仰ぎましょう」
そう言って彼女は立ち上がり、部屋を後にするのだった。