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旅立 4

王室図書館内


入室許可がない男が、ジュリアンと話したい一心でこっそり忍び込んできたので、話を聞くと言ったが——

やたらと前振りの長い男。

「大変申し訳ありません、私がこんなところにいるのは本来いけないと知っておりますが、がどうしてもお伝えしたいことがありまして……そもそもなぜあなた様を存じ上げているのかといえば、数年前に知人を紹介を通じてある女性と知り合って……かくかくしかじか」

どうやら、彼はジョンという名の王宮内の庭師、自分の妻がミラと言い、マディラの侍女の一人だということだが、あまりに話が長くて上の空だった。


馴れ初めとか、どうでもいいのだけど……


これは当分本題に入らないな思い、ジュリアンは作業を進めて、庭師の話は半分聞き流していた。

が、ある言葉が耳に飛び込み、意識がこちらに戻ってくる。

「——まさか、とは思うのですが、ご懐妊ということで、でも口止めをされているらしく」


え?この男、いったい何の話をしているのだ?

意識が遠のいていた部分の記憶を思い返してみて、まさか自分の妻の妊娠なんてわざわざ報告して来ないであろうから、つまり——

ジュリアンが頭の中で話を整理している間にも、ジョンは話し続ける。

「——誰にもお話をされていないようですが、そのような状況では万が一の処置に対応できないらしく、もしもの場合はどうしようと悩んでいるのです」


「その話、本来君のような立場の者が、軽々しく口にできないのはわかっているよね」

上の空だったことがバレないように、ジュリアンは直接的な表現を避け、慎重に言葉を選び彼に確認を取る。


「もももも、もちろんですとも、(わたくし)などが関わるべきことではありませんし、誰にも話しておりません!

妻が、あまりにもふさぎこんでいるので、相談にのったのはいいのですが、内容が内容なだけにどうしようかと私も一緒に悩んでいたところ、たまたま英知殿がお一人でいらっしゃるのをお見かけしまして……

以前、庭園で姫とお話しされているのを思い出しましたので、ひょっとしたら姫様のご相談相手になっていただけるのではないかと思い、後をついてきてここに来てしまったのです。あの、その……」


叱責を受けると思ったのか、ジョンは慌ててさらに言い訳を追加しているが、どうやらこちらが心配している事態にはなっていないようだ。

「——わかった。僕が一度話を聞いてみるので、このことは忘れるように」

そう言いながら、ジュリアンは庭師に催眠術をかけ、彼の記憶からこの件について忘れさせ、退出させる。


妊娠?3か月……?そんなバカな。だってその頃といえば……

彼は記憶のひもを手繰り寄せ、だんだんと血の気が引いていくのが自分でもわかった。


険しい顔をしたジュリアンが、慌てて作業を切り上げ、バタバタと荷物をまとめ、すぐにマディラの部屋に向かうのであった。



――――――――――



マディラの私室


ジュリアンは、部屋の扉をノックし、返事を待たずに室内に入る。

先日の彼女の体調不良は、おそらく自分と話したくなかったんだろうなと察したので、また入り口で足止めをされては困るからだ。


部屋に入ると、いつもより世話係が少ない。

だが、それはマディラの使用人だけの状況ではなかった。

国境問題が発生した際、王宮の業務従事者のうち、何名かが犠牲者の親戚等だった。

安否確認や実被害を受けたので休暇をとって、家族のための時間を確保したいという申請が何件かあったと聞いた。


だが、ちょっとこれは減りすぎではなかろうか。

マディラのトラブルの件で、何度かこの部屋を出入りしていたので、ジュリアンは平時の使用人の数を把握していたが、これだけ減るのは安全面からいささか心配ではある。

だが、今回の彼女の秘密を守るという意味では、この少なさはかえって好都合かもしれない。


入り口で立っていると、奥から洗濯物を運んでいる侍女が現れる。

先日、夜の面会を申し込んだ際に対応した女性で、風貌から、あの庭師の妻なのだろう。

彼女は、かなり動揺した様子でこちらに向かってくる。

「あの、ジュリアン様、マディラ様は今もお加減がよくないそうで、その……面会されないのでお引取りを……」

そう、畳み掛けるように話しかけてくる。


「良い夫を持ったものだな」

「え?」

「話は聞いたよ、本来ならば懲罰に値するが——」

「あ、申し訳ありません、あ、その……」

なんのことを言われているか察したらしく、ミラは急に血相を変え、深々と頭を下げたまま前を見ない。

「いくら身内とはいえ、王家の内情をそう簡単にばらすようでは、侍女失格だな」

「……」

「君の気持ちは良くわかる。僕も仕事柄色んな話を聞いてしまい、時にはその重圧に苦しむこともある」

「ジュリアン様でも?」

そう驚きの声をあげて、彼女は顔を上げてジュリアンの方を見る。

「もちろん、ストレスで気がおかしくなる時だってあるが、このような業務に関わる以上、それは乗り越えなければならない。——わかるね。今回は事情が事情なのと、幸いにして僕がこの件は対応するので不問にするけど、以後気をつけるように。」

「はい」

不問にすると言われた侍女は、強張った表情から安堵した雰囲気になる。


「——で、念のため確認を取りたいけど……」

「はい、マディラ様はご懐妊されたと思われます。現在3ヶ月前後というのがお医者様の話なのですが、姫様にお心当たりがないようです。

お医者様は、処置をするなら早くしないと、どんどんリスクが高くなるとおっしゃいますし、ご出産となれば早い段階で陛下にお伝えしなければいけないので、どちらかご決断いただきたいのですが——」

「この話、ほかに知っているものは?」

「私とお医者様、それから夫だけです」

「今回のことは僕が巻き取るから、君は忘れるように。いいね」

そう言いながらジュリアンが暗示をかけると、急にミラは、彼と何か話していたかわからないといった表情をし出した。


「持ち場に戻るように」

そう短くジュリアンが指示を出すと、「はい」と返事をして、彼女は何事もなかったように奥の部屋に入って行った。

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