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邂逅 3

桜の下 そこに彼はいた。

校内の、桜並木の下に。


誰もが、彼の姿を見れば、その場違いな雰囲気に思わずに立ち止まらずにはいられないだろう。


彼の姿がそこにあるかのような感覚を持たせながら、実際は水面に映った自分の影、触れた途端に壊れてしまいそうな感じ。

そして、よく目を凝らして見ないとフッと桜吹雪にかき消されてしまいそうな、そんな感じ。


だから、誰も近づこうとしなかった。

自分の力ではどうしようもないことも、彼が自分を必要としていない事も、瞬時に悟ってしまう。

誰もが。


そして、近づこうとしない1番の理由が「色」にあった。


自分たちの周りを色に例えると、鮮やかなパステルカラー。

しかし、彼の周りは無彩色しか存在していないように見える。


誰も踏み込めない。

踏み込めたとしても、真っ赤な血の色までも無彩色に塗り替えられて、永遠の眠りについてしまいそうだった。


もしかすると、近づかないのではなく、誰も近づけないのかもしれない。

だから、彼の周りには誰もいなかった。


「何もそんなところで待たなくてもいいだろう。彼女を待つならもっと確実なところがあるだろう……」なんていう、誰かさんの声が聞こえるような気がする。


確かにそうだ。

ただでさえ人通りの多いこの場所で待っていれば、自分の周りに人が近づこうとしなくたって、彼女は自分を見つけられないかもしれないし、自分もまた見失ってしまうかもしれない。


自分でも何故だかわからない。

でも、ここにいればきっと会えそうな気がする。


もしかすると、その根拠のない自信は、「桜」という植物がこんなところに大量に植えられているせいかもしれない。

何となくそんな気がしてならない。


彼は待った。静かに目を閉じて。

彼女 八重神(やえがみ)真唯佳(まゆか)を。


そして、その時はやってきた。


少々不意をつかれる形で、彼の世界とこの世界を分けていた壁が破られる。

まるで、シャボン玉がパンっと割れるかのように。


周りの色と同様に、素早く彼のいた世界が同化するように着色されていく。

そしてさっきまで蜃気楼のように弱々しかった影が、みるみるうちに現実味と存在感を増してゆく。


彼をさっきからずっと眺めていた者がいるとするなら、そのあまりの変貌ぶりに思わず我が目を疑っている事だろう。

しかし、次にはきっとこう思うだろう。

今まで自分は何を見ていたのだ、やはり彼の周りも自分たちと同じ世界じゃないか、と。

あくまで、ずっと眺めていられるものがいたら、の話だが。


そして……彼は動き出した。



――――――――――



学校の門に着くまでに真唯佳の気分はほとんどよくなっていた。

もしかすると、周りの桜並木が癒してくれたのかもしれない。

だからといって、自分が不思議な力を持っているからではない。


桜には悪から身を守る、浄化をする力がわずかながら備わっている。

それが、本来自分の内に元々ある力の増幅器になったのかもしれない。


なんにしても、あたりの景色を眺める余裕はつくられたし、また、落ち着いてきた。


そんな時だった。

なんとなく桜並木に視線を移した時に、彼が目に飛び込んできた。

遠くてあまりよくわからないが、自分たちと同じ制服のような輪郭。きっと男の子だろう。


「誰だあれ」

どうやら絢祐も気づいているようだ。


涼しげな顔立ちで、大きめの目が印象的。

なかなかの美形だ。ただ単に自分の好みというだけかもしれないが。

あれだけの顔をしているのだから、ただでさえ美男子の生息率が高く、なおかつ噂に敏感な女子がうじゃうじゃと生息しているこの学校で、話題ならないわけがない。

誰も心当たりがとすれば、新入生か……?


違う、妙にそわそわしているのは、入学したての初々しさというよりむしろ何も分からなくてオロオロしているようにも見える。

第一、今日は入学式ではない。

だとすれば、転入生……?


「キャっ、あのカッコイイの誰?こっち向いた、あ、こっちに来るわっ!」

掃いて捨てるほどいる、噂に敏感の女子のうちの一人である鈴乃が、真唯佳の隣で興奮している。


この子、家柄良いお嬢様なのに、なんでこんなミーハーなんだろう……口を閉じていれば美人で聡明で女らしくて家柄よしの申し分ないお嬢様なのに、もったいない。


みんなはどう思っているか分からないが、真唯佳はとりあえず、いつも考えることをまたもや思いついてしまった。

一瞬鈴乃を見た後、前方に視線を戻すと、彼がこっちに近づいて来るのに気づく。


「あのー、すみませーん。職員室に行きたいのですが、どちらにございますか」

イメージを狂わせる、妙にとぼけた、でも親近感のある口調でその青年は質問をする。


「それなら、この道の先にグラウンドがあるから、それを左手に見つつずっとまっすぐいくと初等部の校舎がある。

校舎の前の道を左に曲がり、次の角を右手に行くと庭園があるんだ。

庭園内の小径を通り過ぎると銀杏並木があるから、その道をまっすぐ。

突き当たりを今度は右に曲がる、そうすると正面に見える建物が職員等だから。

反対に曲がると高等部の図書館に行ってしまうから気をつけて。

途中何箇所か案内板があるから心配ないよ」


そう、彬が口で説明する。

丁寧に説明している風だけど、多分いじめている。

その証拠に、真唯佳の真後ろの絢祐が笑いを必死に堪えているのを感じる。


真唯佳たちは最寄り駅から最も近い門から学園の敷地内に入ったが、中等部は現在地から結構遠い。

結果、敷地内をずいぶんと歩いて校舎に入ることになる。

なので、彬の説明のように長くなってしまうのは仕方がないのだ。


「あ……あたしが一緒についていくよ、職員室と同じ建物の保健室に行ってくる。さっきのことがあったし」


彬の説明がいかにも理解できません、と謎の美男子の顔に書いてあるのを見て、放っておくことができないなと感じた真唯佳が申し出た。


「あ、ずるーい、私もいく!」

その言葉に反応した鈴乃が口を挟んできた。が、しかし。


「お前の場合、案内するというより道中質問攻めにするだけだろ?職員室に着くまえに体力が奪われてたどり着けないよ」

すぐさま絢祐にズバリ突っ込まれて、何も言い返せない鈴乃。


「早く行ってこい、鈴乃は俺たちが押さえておくから」

と絢祐に促され、じゃ、行こうと真唯佳と男子学生は歩き出す。


真唯佳―、私も行きたいよーーーっという声が歩道に響き渡り、恥ずかしさもあって足早にその場を去る。


「彼女……いいの?」

「いいのよ、いつもあんなんだし。それに、一度甘い顔を見せると図に乗るから、気をつけてね」

「はぁ……」


ちょっと気の毒だな、という神妙な面持ちで男子学生は真唯佳の後をついて行くのだった。


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