邂逅 2
「おっはよー」
そういって少々ウェーブの掛かった、肩まである髪を揺らして電車に乗ってきたのは、識瀬鈴乃だった。
「おはよ」
先に電車内にいた真唯佳が嬉しそうに挨拶をする。彼女は真唯佳の親友なのだ。
「おはよう」
真唯佳の隣にいた彬の挨拶がそれに続く。
「おす」
鈴乃の後から乗り込んできた、少し長い髪を後ろで一つに束ねた男の子が言う。
彼は稲沢絢祐といい、彬の親友だ。彼らは同級生であり大の仲良しである。
みな住んでいるところは違うけれど、必ずこの電車を使うので、こうして車内で待ち合わせをして登校している。
いつもの真唯佳なら、周りに迷惑をかけない控えめな声で、学校の事や家で起きたことをみんなに話したりして電車内での時間を過ごすのだが、今日は違った。
鈴乃が入って来たころから、なんだか頭痛がする……
変だな……朝は朝でヤなこと続き……
などと思っていた矢先。
アナウンスで「はなのもり公園」——真唯佳たちの通っている学校の最寄の駅——と流れて、ドアが開いた時だった。
「うっ」
タイミングを計らったように、真唯佳の体内に邪気と憎悪が混ざったような禍々しい気が入ってきた。
「真唯佳!!」
脳裏に悲鳴に近い鈴乃の声が響き渡るのと、彬に体を支えられるのが同時だった。
倒れ込みそうな体制で、よろよろと周りの人と同じ速さでプラットフォームを歩き、いつの間にか人波に流されていた。
気づいたら階段がすぐそばまで迫っており、危うく段を踏み外して下まで転げ落ちるところだった。
乗り降りの客の邪魔にならないように、ホームの真ん中の柱のそばまで彬が真唯佳を支えながら移動する。
鈴乃と絢祐もそれに続く。
周りのみんなが平気と言うことは、自分だけにこの邪悪な気が向けられているということ……?
そのことだけ、彼女はわかった。
「ごめ……っあっ頭が割れそ——」
声を絞り出して、それだけは彬たちに伝えることに成功する。
直接響くような耳鳴りは、物理的に頭が割られる感覚を抱かせる。
吐き気、めまい。全身すべての感覚が麻痺していく……!
「おい、大丈夫か、聞こえてるか?真唯佳っ、学校まで行けるか?」
絢祐が顔を覗き込んできたが、残念なことに大丈夫なわけがない。
「一目見て重傷人だとわかる自分になぜそんなこと訊くの」
などと言い返してやりたかったが、あいにく今はそんな余裕がない。
今、意識があることさえ不思議なくらいだ。
——その刹那——
サガシタゾ……
「!?」
割れそうな頭の中に追い討ちをかけるような、不気味な男のハスキーボイスが直接脳裏に語りかけてきた。
ドレダケクロウシタトオモッテイル……
耳を塞いでみたが、まったく効果がない。
「何だよ、なんだよっ、この不気味な声はっ!」
「誰の声??何のことを言っているの?」
「二人も聞こえているのか?」
彬がそういって絢祐たちを見つめる。
「ああ。はっきり言って、バッチリな」
「私たちだけじゃないみたい。周りの子達もざわついている」
どうやら、真唯佳だけではなく他の3人にも、そしてたまたま居合わせた付近の乗客等にも同じ声が聞こえているようだ。
「やー、誰よーこんな変なこといっているのは……」「気持ち悪ーい」とか、「声が染み付いたように、いくら耳を塞いでも聞こえてくるっ」など、よく耳を働かせたら、そのようなことを周りで言っている気がする。
ヨロシイ、キタイヲウラギラナイテイドニ、ノウリョクニメザメテクレタナ……クククッ……
アノカタハ、ソノヨウナチカラヲモトメテイラッシャルノダ……
「やめてっ。あんたたちの為に、私は今まで生きてきたんじゃない。あんたたちの思い通りになんかなってやらない」
そう、真唯佳は小さな声でつぶやく。
ホウ……イセイガイイナ……セイゼイタノシマセテモラウヨ、ククククク……。
ソレカラ、フクシュウモナ……!
殺意に満ちた声がこだまし、そして消えてゆく。
それと同時に、今までまとわりついていた邪気の類も消えていく……!
今まで死にそうな気分だったのが、嘘のようだ。
「消えた……」
そう呟いて真唯佳は頭を上げる。
まだ少し感覚の麻痺は残るものの、声が去ると同時に、吐き気やめまいが和らいでいき、ずいぶんと楽になった。
そしてやっと、自分の足で立てるようになった。
「君たち、大丈夫かね」
真唯佳たちのただならぬ雰囲気を察した周りの乗客が、駅員を呼んだらしく、そう問いかけてきた。
彬たちが心配そうに真唯佳の顔色を伺うが、すっかり気分が落ち着いたので、「大丈夫です」と返事をする。
真唯佳はゆっくりと歩き出し、周りに気を遣わせないよう、何事もなかったかのような足取りで改札口へ向かうのだった。