邂逅 1
ジリリリリリリリ
だれよ、もう……私をこの世界から引っ張る出だそうとするのは……。
いや……でも、今はその方が助かったのかなぁ。
そう思いながら八重神真唯佳は不機嫌そうに目覚まし時計のベルを止める。
基本的に、寝ることは好きだ。
だが今朝は変だ。
いつもはこの微睡から引っ張り出して欲しくないのだが、今はその気持ちを肯定も否定もしようとしている。
あれは……夢だったのか……。おかしいな。あれは、封じ込めたはずなのに……
「自分って、案外くどいかもしれない……」
そう一人ごちながら、ベッドから這い出る。
あれは、罪。過去の……
「止めよ……」
そこでそれについて考えるのを止める。
考えても仕方がないのだ。
「あーあ、朝っぱら辛気臭い!」
などと、景気付けに大声を張り上げながら、2階の寝室から1階の洗面所に向かう。
それにしても毎日思うけど、朝の慌ただしい時間に、洗面所はもっと近くでいいのだけど
などと、いつもの習慣でつい思ってしまう。
真唯佳たちは、閑静な住宅街の一角に建つ5LDKの、全てのベッドルームが八畳以上の豪勢な一軒家に、たった3人で住んでいる。
自慢ではないが、その家の一応の住人である真唯佳でさえ、ここ1年入ったことの無い部屋があるくらいだ。
しかもその3人とは、全く血のつながっていない、赤の他人だったりする。
一人は言うまでもなく真唯佳。
黒髪のロングヘアが特徴的ではあるが、目鼻立ちは整っているものの際立った特徴のない、ごく普通の中学2年生。
もう一人は笹薙彬。
残る一人は叉夜。
世間では、真唯佳は日本ではそこそこの規模の貿易会社重役の息子、彬のいとこで、二人は笹薙家で暮らしている。
彬の両親は海外赴任中で日本にはいないので、身の回りの世話は住み込みのお手伝いさんの叉夜にしてもらっている、という事になっている。
が……
「真唯佳、なにをポーッとしているんだ?」
気が付くと、少年が目の前に立っていた。
彼が彬。
背がすらっと高く、知的で物腰柔らかで落ち着いた雰囲気を纏った(実際頭は恐ろしく良いのだが)、家主の息子であり同じく中2という設定。
中身もなかなかに出来ていて、結構異性にモテている。
「ああ、彬……。ちょっと目覚めが悪くて……。あれ、もう着替えたの?」
ふと見ると、彼は既に、真唯佳たちが通っている学校、私立翠陵学園中学のブレザータイプの制服に身を包んでいる。
「……もう7時35分だよ?早くしないと置いていくけど」
少々長めのサラサラの前髪をかき上げながらそうおっしゃる姿がまた凛々しいが……
「……は?」
今の言葉に少々引っかかりを覚えて、思わず聞き返してしまう。
「だから、家を出る時間の7時47分までにはあと10分ほどしかないけど、その間に君の今の状態から準備万端に余裕で出来るという自信がおありなら、もっと寛いで下さっても結構というのが、私一個人の考えではございますが」
だんだんと敬語になっていくところが、いかにも嫌味ったらしい。
だが、それを聞いた途端、真唯佳の顔から血の気が引いた。
「なっ、なんでそれを早く言わないのよっ」
と言いながら自分の部屋にダッシュで駆け込む。まだパジャマのままなのだ。
「あぁ、なんで始業式の朝からこんな目に逢うのよっ。しかも二年のはじめよ!もうっ、なんで髪の毛がこんなに絡まってるのよ、腰まで伸ばすんじゃなかったー!!」
などと叫びながら、広い家をバタバタと駆け回り、10分後に全ての準備を無事に終えて、彬と共に家を出たのであった。
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「ククククッ……見つけた……」
くぐもった声があたりに響く。
一つの影が、木の下にあった。
「どれだけこの瞬間を夢見たことか……。探させやがって……」
確かにその人影は男だった。
不思議なことに、辺りに他の人影は見当たらなかった。
否、彼の能力により、誰も近寄れないのだ。
「挨拶でもしてやるか……」
そう言ったかと思ったら、もう人影は消えていた。