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過去 6

4年ほど前


ジュリアンは当時、宮廷内にて任務を遂行するための人材養成機関、通称「学院」にて研修を受けていた。

そんなある日、妙な噂が学院内に流れてくる。

国王が、ある極秘任務に相応しい、若い上級貴族を探している、と。


最終的に自分のところに話が来た。

かつて国内に住んでいた国王の娘、マディラが現在、異世界である「青の世界(通称人間界)」の日本という国で能力を封じ込めて生活している。

彼女の力が解放されそうなので、日本で混乱が生じることなく姫を再び能力に目覚めさせ、ニーベルに連れて帰ってくる「騎士(ナイト)」の任務だった。


それにあたり問題が二つ。

マディラが能力を封じ込められる際、少しでもその効果が発揮されるように、より若くしてから術が施されている上、異世界に行くと彼女の外見はその地に適応する。

つまり、現在何歳でどんな容姿をしているか正確にはわからない。


もう一つは、「(ゲート)」を潜って異世界へ行ったのではなく、時空の裂け目から移動したので、正確にどこにいるかがわからない。

ただし、ジュリアンもその裂け目から人間界に行けば、彼女が入国した地点に高確率で辿り着ける。

姫が遠くに転居などしていなければ、自ずと彼女と遭遇できるであろうということだった。


そもそも何故、彼女がそんな境遇にあるのか。

それは姫の出生時の秘密が関係しているが、その情報こそ極秘中の極秘、その詳細は当時教えてもらえなかった。

ともかく上の命令に従い、彼は同行者として指名された叉夜(さや)と、言われるがままに日本に入国をした。


初めて真唯佳(まゆか)と話したあの日。


自分の探している姫がおそらく通っているであろう、学校とクラスまで特定をしたものの、どの少女がそうかわからなかった。

だが幸いにして、特殊能力を持っていそうなクラスメイトを発見したので、自宅として一時的に潜入していた家に招いたものの、本当に彼女が目的の人物か疑っていた。


冴えない顔つき、全体的にもっさりとした印象。

肩まで伸ばした髪は全く梳かしていないのか、明らかにボサボサ。

黒がベースの小花柄の長袖のTシャツに、野暮ったいデニムパンツ。

Tシャツはよく見たら、シミでところどころ白い花が薄茶色に変色している。

貧民街にいる子供よりはマシだが、正直こんな薄汚い少女と接するのは彼は初めてだった。


これが本当にあの姫なのだろうか……

そう疑いつつ、お茶菓子を振る舞いながら、彬は、真唯佳の能力について聞き出そうとしていたところ。


彼女の、お茶を口に運ぶ仕草に違和感があった。

コップに手を伸ばすときの動作がゆっくりなのもさることながら、飲み終わった後にテーブルに伸ばす腕は不自然に曲がったまま。

何か考えるよりも早く、彬はとっさに手を伸ばし、彼女の腕をそっと掴んだ。

「いっ…!」


そう苦痛に顔を歪めながら、声をあげ、その次の瞬間しまったという顔でこちらを見る真唯佳。

その表情を確認すると同時に、よく観察すると、首筋に何かを発見する彬。


「ちょっと、腕を見せて」

そう言いながら、彼は真唯佳の服の袖をそっと肘上まであげたところ、腕の外側に赤く爛れたような細長い傷が見えた。

肘下10センチほど傷が見えているが、恐らく肘の上まで続いている。


怯えたような顔でこちらを見つめる少女。既に抵抗することを諦めていた。

いや、勘が正しければ、彼女に逃げる力はないはずだ。


「クラスメイトにされたの?」

彼がそう聞くも、視線を逸らして怯えた顔つきのまま、彼女は表情を変えない。

それでほぼ仮説は確信に変わっていた。


彬は無言で、掴んでいる手の反対の手でそっと傷に触れるか触れないかの辺りで手をかざし、10秒ほどして両手を離す。

真唯佳の表情が驚きに変わっていた。

そして本来あるべき滑らかな動きで腕が使え、傷が消えている事を確認する。

初めて話しかける少女に、そんなことをする必要はなかったが、放ってもおけなかった。


「僕がなぜ、君の不思議な力に興味を持っているかというと、僕自身にそういう力があるからだよ。」

そう言って、にっこり微笑む彬。

真唯佳は言葉を失って、しかしじっとこちらを見ている。


「腕の傷を治したついでに、その首筋というか、背中にも傷があるんじゃないかと思って。

もしも、背中だけちょっと服をめくってもいいと言うなら、同じような処置をしようと思うけど、どうかな」


彼の申し出に、彼女は躊躇いながらも、少しだけ縦に首を振るので、背中を見せるような向きになってもらい、腰から上1/3ほど服を託しあげてもらう。

彬がそっと手を服の中に差し入れて、同じように手をかざすこと30秒ほど。

その間に、ちらりと見えた隙間から真唯佳の肌を観察していたが、恐らく背中全体にみみず腫れのような筋が10本以上入っている。

そして以前にも同じようにされたのか、傷跡もいくつか散見された。

間違いない。

これは学校でできた傷ではなく、家で日常的に行われている。


「全体は見ていないけど、多分傷の大部分は無くなったんじゃないかな。これだけ背中が傷ついていたら、さぞかし体を動かすのも億劫だったろうに」

「ありがとう。その、なんて言っていいのか……」

彬の気遣いに戸惑いながら、小さな声でお礼を言う真唯佳。


「いや、ほんと偶然だけど、君にも僕にも力があって……僕自身も驚いている。

本当は、まずはお互いの話を少しずつしようと思ったんだけど、突然僕の力を披露することになってしまって。

君も僕も色々状況を整理して、改めて色々話せたらと思う。

今日は、この話題はこれ以上やめておこう。みんなには内緒だね」


彬はそう言って、お菓子を食べつつ学校での他愛のない話を少しして、解散することにした。

と言っても彼女は、終始首を縦か横に振るだけ。殆ど声を発せず、会話と言えるものではなかったが。


別れ際に、彬は一言付け加える。

「一つだけさっきの件で……後ろだから気づいていないかもしれないけど、背中の傷、前にも同じ状態になったのか、いくつか傷跡になっているよ。

さっきのような手軽さではないけど、綺麗にしてあげれるから、もしも気が向いたら声をかけて。」

他人にそこまでやる必要はないと思ったが、あまりの数の傷跡に、見ているこっちが辛く感じるので、彬は思わず提案してしまった。


彬は、彼女の帰りを叉夜に尾行させ、どこに住んでいるか特定をした。


人目がだいぶ減るであろう夜の9時。

彬は叉夜と、八重神真唯佳の自宅付近まで足を運ぶ。

家庭で、日常的に傷をつけられているなんて。

彼女がどんな状況に置かれているのか、確認をしようと思ったからだ。

相当築年数が経過している木造のアパートに、親子3人で暮らしているらしい。


彬たちが、真唯佳の家から少し離れたところの木の枝に腰掛け、付近を偵察中。

背後から、住宅の屋根の上に立ってこちらを見ている男の視線に気づく。


「こんな夜に子供が外出とは……悪い子にはお仕置きだ。大体、俺の姿を見て生きていれると思うなよ」

そう言ったと思ったら、屈強そうな男の掌から火の玉が飛んでくる。

彬は咄嗟に避けて、近くの民家の屋根に飛び移る。

火球は空中で消える。


「逃さねぇぜ」

そう言って、先ほどより大きい火球を男は投げつけてくる。

微かに彬の横にそれて、今度は民家の庭先に着火。


「おっと手が滑ったぜ。だが俺が悪いんじゃねぇ、避けたお前らが悪いんだ」

と悪びれもなくいう男。

ここ数日は雨が降っておらず、空気が乾燥していたのか、たちまち民家が大火事になっている。

なんと、真唯佳達のアパートが燃え出していたのだった。


「人間を巻きこむなんて!」と叫び、彬は火事現場に集まる人々の側に行こうとする。

「へっ、人間を助けようとするなんて馬鹿じゃないか?俺の火はそう簡単に消えないぜ。殺す手間が省けたわ。一緒に燃えてしまえ」

そう言ってさらに2−3、火の玉を投げ込んで、男はその場を立ち去った。

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