邂逅 9
午後4時、学校のグラウンド
真唯佳はいつも通り部活に参加し、ウォーミングアップを開始しているが、なんだか落ち着かない。
数日前から新入生が部活見学をしているので、いつもと部の雰囲気が違っていたからかもしれない。
陸上部は花形ではないが、かといってここ数年、入部0人というわけではなく、本日も男女とも数名ずつの一年生が、一緒にストレッチに参加している。
だがやはり。
落ち着かないのはそれだけではない気がする。
なんだか最近、物陰から見つめられていると思うのは気のせいか。
今も、少し離れた校舎の陰から、誰かこちらを見つめているのがわかった。
そこで、倉庫に器具を取りにいくフリをしてストレッチの輪を抜けて、ぐるっと校舎を一周してその人影の背後に回り込む。
その黒い影の人物は、観察していた対象を見失ったらしく、校舎から少し前に出て、グラウンドに近づこうとしていた……
「誰か探してるの?」
「わぁ!!」
そう、後ろから親しげに真唯佳が声をかけると、その人物は飛び上がるような勢いでこちらに顔を向ける。
その後ろ姿は蒼だと遠目に気づいたからだ。
「びっくりしたなぁ、もう!背後から近づいてきたの、全然気づかなかったよ……」
そう胸を撫で下ろしながら蒼は呟く。
「多少は息を殺していたけど、そんなに驚くなんて、よっぽど何かに集中していたのね」
驚かせることに成功して、得意そうににっこりしながら真唯佳が答える。
「集中していたわけではないけど……」
「陸上部に興味あるの?」
「陸上部だけではなく、なんだかいろんな部活があるので見学したいけど、新入生に混じって話を聞くのが恥ずかしくて……ほら、ボクちゃんシャイだから」
そう、恥ずかしそうにクネクネしながら蒼が答える。
その仕草はかなり白々しいが、今学期は2年の転校生が一人なので、確かに部活見学は勇気がいるかもしれない。
「なるほどね。そういうことなら遠くから見ているのも納得だけど、興味があったら声をかけてみたら?陸上部以外でも気になるところを教えてくれたら、私から部員の子を紹介してあげれるかもしれないし。」
そう説明しながら、あまり長時間いなくなるのもいけないので、「そろそろ戻るね、じゃ」と言って、手を振って見送っている蒼の元を離れる真唯佳。
彼女は一人で歩きながら、ぶつぶつと呟く。
視線を感じると思ったら蒼君だったけど、別に自分だけを見ているわけでもなさそうだったし。
最近なんか視線がちょっと気になってるけど、狙われてるかもって思い込みすぎだったかもしれない。
そう思い直すことで、ちょっと落ち着かない雰囲気の中でも部活に集中することにした。
「真唯佳、最近調子がいいね。前は短距離走に向いていると思ったけど、長距離走のタイムが伸びてきている。」
部活の輪に戻り、全体練習が終わって新入生向けの見学会終了後、先輩からそう声をかけられる。
そういえば、最近長距離を走っても全然疲れない。
記録を見せてもらったら、すでに部の最高記録を更新しているが、まだタイムが延ばせる気がする。
なんでだろう?
今日は調子いいし、大会も近いからちょっと居残りして、自分の限界がどこか試してみようかな、と真唯佳は思い立ってみる。
1時間後、今日のメニューが全て終わり用具の片付けをした後、一人だけグラウンドに戻ってくる。
無意識に皆と同じペースで走っていた気がするけど、本当は自分の限界はどこなのだろう?
真唯佳はいつも通りスタートラインにつき、200メートルを駆け抜けてストップウォッチに目をやる。
我が目を疑った。
21秒台。
自分でボタンを押すので正確性に欠けるとはいえ、中学生平均はもっと遅いのだ。
さらに驚いた事に、100の力を振り絞っていないことだ。
今も息が軽く上がる程度で、もっと、早く走れる……
じゃあ、長距離はどうなんだろう……
そう思いながら、真唯佳は校舎間を走り抜けるジョギングコースに移動した。
――――――――――
「真唯佳が、帰ってきていない?」
夜の7時、部活が終わって帰宅した彬を玄関先で迎えた叉夜から、心配そうに状況を報告され、そう聞き返す。
彬はバスケ部なので、放課後はグラウンドから離れた体育館に直行する。
陸上部の終了のタイミングがわからないので、帰宅時に運動場付近まで遠回りをし、人がいそうな時は駅でタイミングを合わせて真唯佳と一緒に帰宅するようにしていた。
彼女が早い場合、絢祐が自宅の最寄駅の一つ前まで一緒で、可能な限り駅まで叉夜が迎えに行っていたのだ。
「ちょっと確認する」
そう言って彬は携帯電話を取り出して、絢祐に質問をする。
「まずいな……、今日は自主練をしたいと言ったらしく、絢祐とは帰っていないらしい」
文字を入力しながら呟く彬。
ちょっと探してくる、そう言い残し、荷物を玄関に置いて外に出るのだった。
――――――――――
翠陵学園の中等部には、長距離用ランニング専用コースはないのだが、学内の歩道を活用し、一周1キロコースが設定されている。
真唯佳はかれこれ、20分ほど走っている。
走りはじめは、帰宅途中の生徒数名とすれ違うが、流石に7週目ともなると、見かける生徒数も減ってくる。
これくらい長く走っていると、当然軽く息が弾んでいるが、疲労困憊ではない。
まだいける気はするが。
もうちょっとしたら、切り上げようかな。
流石にクタクタになって帰るのはまずいかもしれないし、街灯があるとはいえ、辺りは暗くなってきた。
彼女はそう思案していたところ、中庭で守衛とすれ違う。
守衛さんも見回っているから、ひょっとしたら門の施錠が始まるかも。
そう思いながら道なりに角を曲がった瞬間……
先ほど通り過ぎたはずの守衛が、真唯佳の進行方向、20メートルほど先に立っていた。