溢れかける感情
フィリアとシュカが友人関係となって数日後。
休憩中のアーシャは焦点の合わない目で、天井を見つめていた。
「あー」
うめき声のような物を出すアーシャの脳裏を過ぎるのは、ここ最近のフィリアの姿。
今まで手の付けられない問題児扱いされ、アンジェラの手を焼かせていたシュカのサポートを行うようになった。
基本的には彼女の問題行動を嗜め、他の子供達が怖がらない様に取りつくろっている。
「(……愛想、つかされたか?)」
困惑するアーシャは、携帯食をチマチマかじっていく。
楽しそうに一緒に居るフィリア達の姿を思い浮かべながら。
「(友人ができるなんて、普通の事でしかない、それが普通なんだ、それが)」
自分に言い聞かせるも、心を巡る痛みは晴れない。
それどころか、二人を引き裂きたい思いが強くなる。
一度大きく深呼吸を行い、気持ちを整理する。
「……仕事に戻るか」
そう呟きながら立ち上がったアーシャは、休憩所を後にした。
仕事へ戻る道中で、外で遊ぶ子供達に目をやる。
「少年組の子供達、か」
元気で遊ぶ子供達の中に、シュカとフィリアの姿もある。
二人も笑顔でドッジボールに興じる姿に、アーシャはため息を零す。
「(……バカだな、私も)」
目を細めたアーシャは、窓から目を逸らす。
「……そうだよ、あれが、本来のあの子、だよな」
胸のそこから沸き上がって来る感情を飲み込みながら、アーシャは本来の仕事へと戻って行った。
「(フィリアは、ここに居るべきだ、あんな小さい子が、戦場に出ていい訳がない……ここに居た方が幸せだ)」
心に決めた一つの選択を胸に。
――――――
その日の夜。
シュカは仕事を終えたフィリアと一緒に、就寝時間まで院内を散歩していた。
そんな時、フィリアはばつが悪そうに口を開いた。
「あの、シュカ、さん」
「何度も言うけど、シュカでいいって」
「では……シュカ、実は、その、私達がここで勤務する時期は、明日が、最後でして」
「……」
言葉を失ったシュカは、笑顔を失わせながらフィリアを見つめた。
「……そ、そう、か」
俯いたシュカは、フィリアと友人になった日を思い出す。
フィリアの本来の目的は、アーシャと親密になる事。
その予行演習として自分と友人になった。それは解っている。
「(やっぱり、僕じゃだめか)」
本音を言えば、フィリアにはここに居て欲しい。
徐々に早くなる鼓動を抑えながら、シュカはフィリアの方を向く。
「……ふぃ、フィリア、その」
「はい?」
「何で、戦場なんかに戻るんだよ、あんな所、怖いだけだろ」
「……」
少年兵として何度か戦場を経験し、今も幻聴に悩んでいる。
それなのに、フィリアはそんな所に行こうとしている。
「確かに、私は本来行かないという選択が望ましい事ですが、私は、あの人の隣に居たい、あの人の隣で、戦いたい」
「……」
彼女の言葉一つ一つが、シュカの胸へと突き刺さった。
フィリアの目を見れば、覚悟の上の発言だと解ってしまう。
「(僕は所詮、アイツの)」
「だから、すみません、私は、ここを離れなければなりません」
申し訳なさそうな笑顔のフィリアに、手を伸ばしたくなった。
このままあの日のように抱きしめ、ずっとここに居て欲しいと言いたい。
「(……ワガママになれと言ったのは、僕だ、だから、僕だって)」
数日前にフィリアに言ったセリフを思い出し、鼓動は早くなる。
「ずっと、ここに……」
「ん?」
「ッ、あ、いや、その」
思わず出てしまった言葉に、シュカは数歩下がった。
フィリアからも目を逸らし、俯いてしまう。
「あの、シュカ?」
「な、何だ?」
「その、何か、有りました?」
「(……この子のおかげで、僕は救われた、だから、次は、僕が)」
心配してくれた事に心を揺らされながらも、シュカは胸を抑えながら深呼吸をする。
そして、無理矢理落ち着きを取り戻す。
「……大丈夫、フィリアは、いつも、優しいな」
「い、いえ、別に」
「(あの女が気にいるのも、わかるな)」
今は、この言葉が精一杯だった。
涙をこらえても、感情は沸き上がって来る。
「フィリア」
「は、はい」
溢れて来た感情に乗せて、シュカはフィリアを抱きしめた。
「ちょ!」
「……ゴメン、無理だ、もう、平気な顔、できない(どうして、僕じゃない)」
フィリアを抱く力を強めたシュカは、震えた声と共に涙を零してしまう。
それでも、離れたくはないとだけは口にはしない。
だからこそ、せめてものワガママを言う事にする。
「……いつ、帰るんだ?」
「え、えっと、予定では、明後日の朝、ですね」
「なら、最後……最後の夜だけでいいから、一緒に、居てくれるか?」
「……」
黙ってしまうフィリアに、シュカは少し心を痛めた。
だが、それがフィリアに対する最後のワガママだと、フィリアの服が千切れんばかりに抱きしめる。
すると、フィリアは優しく頭を撫でて来る。
「……分かりました」
「……ありがとう、本当に」
これが最後の思い出だと、シュカは精一杯の感謝を伝えた。
そんな彼女に抱きしめられるフィリアは、シュカの事を受け止める。
「(……私も、ここに居たかったな)」
強化人間でなければ、戦場に戻る事は無かっただろう。
それでも、フィリアの脳裏にアーシャが過ぎる。
「(でも、私はマスターの元に居たい)




