耳元の銃声
落ち着きを取り戻したシュカを連れ、フィリアは屋上へと赴いていた。
そよ風に当たる二人は、隣り合わせになりながら外を眺める。
「……よろしければ」
「……」
隣に立つシュカに、フィリアは携帯食の半分を手渡した。
奪いとるように受け取った彼女は、フィリアと共にじっと見つめる。
「……昔から、こればかりだった」
「……ええ、私もです」
二人の思い浮かぶ食事と言えば、今手に持っている携帯食。
毎日三食出されていたが、二人は平気な顔で口へと放り込む。
「でも、何故か受け付ける」
「謎の中毒性有りますよね」
中毒症状の出る物が無いというのに、二人はあっさり食べ終わる。
「……で、何だよ、僕に話したい事って」
「……」
柵を背にしながら座り込んだシュカに合わせて、フィリアも座り込む。
目に影を落とし、薄っすらとアーシャの事を思い浮かべる。
だが、その前に言っておく事があった。
「先ずことわっておきます、私は私自身の利得の為に貴女を利用してる、と」
「……逆に清々しいな」
「すみません、後で信用できなくなった、とは言われたくないので」
軽く頭を下げたフィリアは、本題に入る為に正座に切り替える。
そして、粗雑に座るシュカに面と向かう。
「……私は、貴女と同じです、兵器として、幼少の頃から訓練して、多くの人間を殺して来ました、マスターの為に」
「ああ」
細めた目で、シュカは軽く頷いた。
「そして、一緒に訓練した仲間もいましたが、ほとんど亡くなりました」
「……はぁ」
「それから」
「前置きはいい、さっさと要点話せ」
「……はい」
ため息と共に発せられたセリフに、フィリアは息を整える。
そして、自らの喉に突き刺さる言葉を吐き出す。
「私は、その、そんな過去を捨てていいのかと」
「……」
言われた通りに要点を話したものの、シュカの表情は曇った。
それどころか、目に怒りの炎が見える。
「そんな事の為に僕に話しかけたのかよ!?」
「はい」
「ふざけんな!そんな事知るか!だから自分が無いんだよ!お前は!!」
勢いよく立ち上がったシュカの言葉は、次々フィリアの胸に突き刺さった。
胸を抑えるフィリアは、大きく息を吸う。
初めて会った時に指摘され、ずっと気にしていた。
「(……彼女の言う通りだ、だから)」
爪で皮膚を突き破りそうな程拳を握ったフィリアは、思わずつぶやく。
「それが、嫌だから」
シュカに聞こえない程のボリュームで呟き、フィリアは上を向く。
すっかり顔を真っ赤に染める彼女の足は、施設の方へと向かってしまう。
「じゃぁな」
「ま、待ってください!私は真剣に悩んでるんです!」
帰られる前に、フィリアはシュカの腰に抱き着いた。
それでもシュカは止まらず、ゆっくりと扉へ向かう。
「うるさいんだよ、悩みに付き合おうとか考えた僕が甘かった」
「だから!さっき聞いたじゃないですか!亡くなったご友人に何を思っているのか、と!」
「ギ……」
「……あ」
彼女の地雷を踏み抜いた事に気付き、フィリアは冷や汗をかく。
シュカはヘッドフォンで耳を覆い、息を荒くする。
「うるさいんだよ!本当に!」
叫んだシュカは、フィリアの事を蹴り飛ばした。
「ッ!待って!」
フィリアはまたもや抱きしめるも、シュカの反応は薄い。
まるでフィリアを気に留めず、汗を流しながらヘッドフォンを抑える。
「あー!うるさい!」
「……」
「うるさい!うるさい!」
叫びながら腕を振り回すシュカは、銃声の幻聴が響き渡る耳を抑え続ける。
それでも耳元で発砲されているように騒がしく、次第にマズルフラッシュまでもが見えて来た。
幻影に目を眩ませるシュカは、呼吸を更に荒くしながら両手を目の前に持って来る。
「はぁ、はぁ……」
命乞いをする彼らを射殺しろと、周りの大人達は命令を下してくる。
射撃訓練を名目とした処刑を行えと、シュカへ迫る。
『これは殺しではない』
耳元でそう呟く大人はシュカの手を取り、ゆっくりと傭兵へと照準を合わせる。
まだ殺しをした事の無い時期のシュカは発砲をためらい、保持する銃を震わせる。
『これは』
「いやだぁぁ!」
『救済だ』
引き金は引かれ、傭兵の一人が悲痛な断末魔を響かせる。
それだけで心がえぐられるも、地獄は始まったばかり。
叫び散らす彼らを、仲間達は次々と射殺する。
そすれば、ご褒美がもらえるから。
「やめろ」
うずくまるシュカは耳を抑え、目も勢いよく閉じた。
それでも銃声と断末魔が手を貫き、鼓膜を振るわせて来る。
「もう撃たないでくれぇぇぇ!」
「……」
両耳を抑えながら叫ぶシュカを前にするフィリアは、自分の右手を見つめる。
例えまた何か言われようと、今は彼女を正気に戻す。
そう言い聞かせ、フィリアは手を振るう。
「シュカさん!!」
「ッ!」
そう叫んだ瞬間、シュカの頬に衝撃が走った。
フィリアの手でシュカの頬は叩かれ、今まで幻覚と幻聴は消える。
おかげで、一時的に我に返る。
「は、はぁ、あ……」
僅かに戻った視界に、震える右手を抑えるフィリアを捉える。
そして、彼女は未だに震える両手を差し出す。
「シュカさん!落ち着いて、私を見て」
「……」
「ゆっくり息を、呼吸して」
フィリアの両手に頬を包まれたシュカは、彼女の青い瞳を見つめる。
そして、彼女の手に自分の手を重ねる。
「ッ」
「あ!」
意識を取り戻した事で、シュカは目を逸らした。
更に手を振り掃おうとするも、頑なにフィリアはそれを許そうとしない。
「見て!私を!見てください!」
「……」
目を閉じながら顔を逸らす事さえ、フィリアはそれを許さない。
いつまでも同じ姿勢を続けるフィリアに、シュカは少しずつ目を開けていく。
「……なん、で」
「……私、も……私も、貴女と同じですから」
大人から向けられる見下した目でも無く、他の子供が浮かべる虚ろな目でもない。
真剣なその眼差しに、シュカの心は僅かに解れる。
「……僕は、僕には、友人なんて居なかった」
「……」
光りの宿らない目を浮かべたシュカは、フィリアに抱きしめられた。
そして、背中を軽く撫でられる。
「周りは、薬の為に、殺しをする、連中、だった」
「そう、でしたか」
またもや涙を流すシュカは、震える手でフィリアの事を抱きしめる。
こんな事をしてくれる大人も子供も居なかったせいか、この暖かさに心を緩ませてしまう。
「僕は、ぼく、は……」
フィリアの温もりに包まれながら、シュカは言葉を続ける。
「もう誰も、信じたく、無かったのに」
涙を零しながら、目の前の温もりをもっと引き寄せる。




