先生
翌日。
この日のアーシャは、アンジェラと共に古着やぬいぐるみの修理に携わっていた。
フィリアもすぐ近くでオモチャの修理を行い、二人の視線は顔だけミイラ状態のアーシャに向けられる。
「(……痛って)」
一応ケフュレスに回復魔法をかけて貰ったが、まだ鼓動のようなリズムで痛みが走る。
特に最後の額に受けた一撃は、今も殴られているように痛い。
その気を紛らわすように、アーシャはほつれたセーターを編み直す。
「あ、あの、マスター、非常に聞きづらいんですが」
「……何だ?」
「昨日、何が」
オセロットにボコボコにされた。
そんな言葉がアーシャの口から出る訳も無く、目を逸らしながら答える。
「……自動ドアに挟まった」
「ここに自動ドアは無いわよ」
「……」
すぐにアンジェラに反論され、アーシャはまた口をすぼめる。
「じゃぁ転んだ」
「じゃぁとか言ってる時点で違いますよね?」
「……なんでもいいだろ」
ロボットのオモチャを修理するフィリアから、アーシャは目を逸らした。
そんな二人のやり取りを目にするアンジェラは、静かにほほ笑む。
「フィリアちゃん、私達みたいな大人の女の子にも、色々有るのよ」
「先生、アンタ男でしょ」
「うふふ、でも、女心も解ってるつもりよ」
「……」
女性と名乗るにはあまりにも屈強な体躯、少しでも強面を可愛くしようと施された化粧。
そんな見た目に反して、彼もチマチマと人形の修理を続けている。
だが、アーシャにとって彼は特別な存在でもある。
「先生」
「なぁに?」
「その……」
「どうしたの?私は貴女の先生でもあるのよ、遠慮しないで」
縫う手を止めたアーシャは、セーターを握り締める。
「守るって、なんなんでしょう、もう師匠でもある貴方にしか、聞けそうになくて」
「え」
アーシャの言葉に、フィリアの作業する手は止まった。
そんな彼女を横目にするアーシャは、セーターを膝の上に置く。
「ん?どうした?」
「あ、いえ、その、子弟のご関係なんですか?」
「あれ?言ってなかったか?」
「あら、実はそうなのよ、この子、私のいろんな意味で私の教え子なのよ」
「ついでに言うと、スコールの先代の隊長」
「そ、そうなんですか、す、すみません、話の腰を折ってしまって」
「まぁまぁ、そんな謝る事じゃないわよ」
頭を下げたフィリアの頭を撫でたアンジェラは、直し終えた人形をテーブルに置く。
次に直す物を手に取ると、優しい表情を浮かべながら作業を開始する。
そんな彼の姿を見つめながら、アーシャの手は完全に止まる。
「守る、そうねぇ、私はその人の為に何ができるか寄り添ってみるかしらね?」
「……」
「でも、急にどうしたの?貴女らしくないわ」
「……今のままだと、私は目的を果たせるとはとても思えないんです」
熱くなる目頭を押さえながら、アーシャは串刺しになったフィリアを思い出す。
大量に血を流して倒れた彼女の姿を思い浮かべただけで、脳が揺れるような感覚に陥る。
「フィリアすら守れないのに、無事かもわからないマックスを助ける何て、寝言でしかないですよね」
「ま、マスター、その事はもう良いと」
直したオモチャをテーブルに置いたフィリアは、椅子の上に立ち上がった。
彼女から視線を外したアーシャは、何も答えられない。
「……」
「フィリアちゃん、今この子は責任の話をしているのよ、貴女がどうとかではなく、今後同じ事を起こさない様にって」
「……ですが、もう過ぎた事です」
「……けど、実際に起こった事だ、また生き残れる保証はない!」
「あれは私の過ちです、マスターが気にする事ではありません!」
「それでも私がどうにかできた事だ、お前達の隊長としての責務があるんだよ!」
「それで貴女が死んでしまえば、私が貴女に仕えていた意味が無くなってしまうんですよ!」
気づけば二人はテーブルを乗り出し、互いに睨み合う。
しかし、その二人の間にアンジェラが入り込む。
「はいはい、二人共落ち着いて!」
「ぬ」
「うぐ」
彼の怪力で抑え込まれた二人は、無理矢理席につかせられる。
そして、今まで笑みを絶やさなかったアンジェラの顔は強張る。
「アーシャちゃん、責任を背負う事は良いけどもう少し周りを見なさい、フィリアちゃんも、言う通りかもしれないけど身近な人の厚意は受け取る物よ」
「……」
「……」
黙ってしまう二人は、互いに目を逸らした。
そんな二人を目にするアンジェラは、腕を組みながらため息を吐く。
「私はもう失いたく……」
そう言ったアーシャは、フィリアの方を見つめる。
胸に痛みを覚え、少し勢いよく立ち上がった。
「いや、いい……糸が減って来た、取って来る」
「……ええ、行ってらっしゃい」
表情に影を落としたアーシャは、部屋を出て行った。
彼女の寂しさを纏った背中を見送るアンジェラは、ゆっくりとフィリアの方を向く。
「……マスター」
「フィリアちゃん」
「私は、私だって、貴女を……」
「もう」
俯いたフィリアの頭に手を置き、軽く撫でる。
胸に手を置く彼女は、指が白くなるまで力を籠め始める。
「そんなになっても言えないって事は、何か事情が有るのね」
「……」
アンジェラの問いかけに対し、フィリアは数回頷いた。
彼女の様子を目にしたアンジェラは、作業の手を再開する。
「……人には色々あるものね、例えば、貴女達が会ったドレイクさんとか」
「……あの人が、何か?」
報告書の内容を思い出しながら、アンジェラは自分の記憶を呼び覚ます。
そして、声を震わせるフィリアに微笑みながら語りだす。
「ドラゴノイドは穏やかな種族よ、仕事でもかつての同盟族や子供を殺すような事はしない筈」
「……でも、実際殺されかけました」
「きっとその人は、種族の矜持を曲げた……どう?貴女も、大胆に捨ててみるのは」
「……捨てる、ですか」
そう言いながら、フィリアは首のチョーカーに触れた。
数秒程目を閉じながら黙っていると、フィリアは目をゆっくりと明ける。
「少し、考えてみます、守られるだけは、私も嫌なので」
「ッ、え、ええ、それが良いわ」
少し目に光が戻ったフィリアは、自分の作業を再開する。




