山猫の手ほどき
その日は眠れなかった。
いつもの不眠症ではなく、別の理由で。
「(守るんだ、今度こそ)」
フィリアを寝かせたアーシャは、深夜の校庭で一人ナイフを振るっていた。
服も仕事用から戦闘用のインナースーツに変え、先日の出来事をチラつかせる。
「(私が弱かったから、フィリアは)」
ドレイクによって腹部を貫かれたフィリアの姿を思いだし、ナイフを握る力を強める。
前回は見逃してくれたというドレイクのイメージに、アーシャはナイフを突き出す。
「ッ!」
「よう、ご熱心だな」
突き出された腕は、横から現れたオセロットに掴まれた。
彼を睨むアーシャは、反射的にその手を掃う。
「チ!」
「……来いよ、久しぶりに手ほどきしてやる」
私服姿のオセロットは、アーシャと同じ構えをとった。
彼の姿勢に、アーシャは勢いよく踏み出す。
「武器も持たずに!」
瞬時に間合いを詰めたアーシャは、オセロットへナイフを振るう。
「甘い」
「ぐ!?」
冷静に吐き捨てたオセロットに腕を掴まれ、更に足を引っかけられた。
アーシャの抵抗も虚しく、オセロットに投げ飛ばされる。
「ガッ!!」
受け身はとったが、思った以上の衝撃が身体を襲う。
内から来る痛みをこらえながら立ち上がったアーシャは、もう一度オセロットにナイフを向ける。
「あ」
ナイフが無い。
その事に気付くと、オセロットはナイフを見せつけて来る。
「探し物はこれか?」
「……」
「いつも言われているだろ?力をぶつけるな、力を制するんだよ」
「ギ!」
ナイフを捨てたオセロットに言い返す事無く、今度はアーシャが腕を掴む。
先ほどのお返しでオセロットを全力で投げ、地面とキスさせようとする。
「……なのに」
しかし、直前で体をひねったオセロットは直撃を回避。
最小限のダメージで切り返し、アーシャの足を払う。
「何!?」
アーシャの体は宙を舞い、無防備になった腹部にオセロットの拳がめり込む。
「成長の無い奴だ!!」
「グハッ!!」
殴られたアーシャは地面に叩きつけられ、転がって行く。
吐き気を含んだ激痛でアーシャはせき込むも、震える足を叱咤しながら立ち上がる。
「ゲッホ!」
アバラが折れたせいで、息をするのも辛い。
それでも再び構えたアーシャは、オセロットを睨む。
すると、オセロットは黙って手招きする。
「……」
「なめるな!」
掴み技では勝てないと判断し、アーシャは打撃技を繰り出す。
拳を繰り出し、合間に蹴りも放つ。
見事なコンボでオセロットへ連撃を繰り出すが、一発も直撃しない。
「それだけじゃ勝てねぇよ」
避け、受け流し、喋る余裕まである。
彼の姿に歯を食いしばったアーシャは、更に力を込めた一撃をオセロットへ放つ。
「ウヲオオ!」
「ッ!」
次の一撃はオセロットを捉え、彼の事を後ろへ吹き飛ばす。
だが、彼女の拳に伝わって来た衝撃に違和感がある。
その証明を行うかのように、オセロットは種族通り猫のような動きで着地。
何事も無かった様に立ち上がり、手首をストレッチする。
「どうした?その程度か?」
「はぁ、はぁ(まるで、水を殴ってるみたいだ)」
確かに殴った衝撃は拳にあるというのに、標的にダメージは無い。
最後にオセロットと模擬戦をしてから1年以上経つが、彼はその時からずっと強くなっている。
「だとしたら何も変わってない、そんなお前があの子を守る?寝言は寝て言え!!」
「……」
オセロットの罵倒に拳を握り締めたアーシャは、最近フィリアに対して抱く感情を思い出す。
優しく、安心する暖かさ。
このままではまた奪われ、失ってしまう。
そんな未来を畏怖し、目を見開きながら拳を振り上げる。
「言うな!」
「チ」
喉が裂けんばかりに叫ぶアーシャの一撃は、オセロットに命中しない。
逆に間合いに入り込んで来たオセロットの肘が、アーシャの鼻先に入る。
「よく前に立てるな!」
「ブ!」
「貴様がそんなだから、あの子は死にかけた!」
彼の言葉で、ドレイクとの戦いを再び思い返す。
不甲斐ないばかりに、串刺しにされたフィリアの姿。
当時がフラッシュバックし、全身の身の毛がよだつ。
「ッ!」
「あの子が強化人間じゃなければ、今頃どうなっていた!?」
言い返そうとしたアーシャに、今度はオセロットの拳が襲い掛かる。
同じ位の拳の速さでオセロットの連打が放たれ、アーシャの全身に叩きこまれた。
やがて連打は終わり、オセロットの最後の一撃が繰り出される。
「フンッ!!」
「ズッ!」
鋭いアッパーカットがアーシャのアゴに命中し、オセロットよりも重い身体はまたもや宙を舞った。
綺麗な弧を描いたアーシャは地面に激突し、衝撃で体の中の空気が全て抜けるような感覚に陥る。
「う、グ……」
立ち上がろうにも、痙攣する身体は言う事を聞かない。
呼吸は荒く乱れ、流血と共に全身から力が抜けていく。
そんなアーシャの脳裏に、フィリアの泣き顔が過ぎる。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぃり、あ」
「自分の身さえそれだ」
「ク……」
アーシャは震える足で無理矢理立ち上がり、今にも倒れそうになりながら構える。
「それで何を守れる?」
「……私の、何が、足りない?」
必死にバランスをとっていると、オセロットは構える。
刀こそ持っていないが、彼の最も得意とする突き技の構えだ。
「ここでの仕事が終わるまでに、自分で考えろ!!」
「ッ!」
まばたきする間に、間合いにオセロットが出現。
オセロットの全体重を乗せた拳が、アーシャの額を捉える。
「ウ!」
オセロット自身は通り過ぎ、アーシャはその場で転倒して後頭部を強打。
歪む視界は徐々に赤く染まり、意識も遠のいて行く。
「手のかかる奴だ」
気を失ったアーシャを担いだオセロットは、脈拍を確認した後で、その脚を医務室へ向けた。




