真夜中のあい
休憩を終えたアーシャは、次の業務に移っていた。
「うん、レポートもスラスラ書けたし、なんか身体も軽いな」
鉛のように重かった身体は、羽毛のように軽い。
更に、頭もスッキリしている事に、アーシャは笑みを浮かべた。
「そ、そう、ですか」
しかし、同行するフィリアは逆に表情がぎこちなかった。
三十分近く抱き枕にされていたが、覚えていないアーシャは首を傾げる。
「どうした?そろそろ、休むか?」
「い、いえ、まだいけます」
「そうか、辛かったら言って良いんだぞ」
「……はい」
フィリアを心配しつつ、アーシャは懐中電灯で薄暗い廊下を照らす。
ついでに木刀で肩を軽く叩きながら、ちゃんと周囲の気配を感じ取る。
「午前0時を過ぎました」
その途中で耳に入ったフィリアの言葉に反応し、アーシャは腕時計に目を通す。
「……みたいだな、そんな時間に廊下に居るのは、私らみたいな連中だけだ、気を抜くな」
「はい」
仲間の気配は勿論、ここのスタッフ達の気配をアーシャは感じ分ける。
その中に不審者が居ないか警戒しつつ、隣を歩くフィリアの方を見る。
「と言うか、フィリアは寝て良いんだぞ、強化人間でも、睡眠は必要なんだろ?」
「はい、ですが、最低3時間が目安です、問題ありません」
「目安だろ?ちゃんと寝た方が……ん?」
フィリアと話をしていると、アーシャは本来感じないはずの場所に気配を感じる。
「マスター?」
「玄関口に気配、2つだ」
「……はい」
片方は感じ覚えのある気配ではあったが、もう片方は記憶にない。
念を入れる為に、アーシャはすぐに階段を降りる。
警戒しながらその場所に近づくにつれて、子供の泣き声が耳に入って来る。
「……これは」
「何でこんな時間に?」
「……」
「マスター?」
「……あ、ごめんな」
フィリアからの質問に答えられないアーシャは、黙って階段を降りきる。
気配の正体はアーシャの予想通り、見知った顔と、泣いている子供の2人。
「あーん!!」
「寂しいね、ごめんね」
「……」
「け、ケフュレスさん」
休憩中は姿を見せなかったケフュレスは、泣きじゃくる子供の前で膝をつく。
視線を子供と合わせ、頭や背中を軽く撫でる。
「ほら、お姉さんが抱っこしてあげるから」
「やー!ママがいい!!」
目を閉じたまま眉をひそめるケフュレスの前で、子供は座り込んでしまう。
その子に合わせて、ケフュレスも床に座った。
「……じゃぁ、お散歩する?」
「おうちー!」
「……マスター」
「事務所に飴か何か有る筈だ、持って来てやろう」
「……はい」
静かに頷いたフィリアと共に、アーシャは胸を抑えながら事務所を目指す。
その時も警戒を怠らないが、その脳裏にはさっきの子供が過ぎる。
「さっきの子は」
「……親から、預けられた子だろうな」
お金の振り込みがある日パッタリ途絶えた。
最近は電話すら通じず、住まいも取り壊されていた。
そんな幻聴がアーシャの耳に響く。
「……では、その親御さんは」
フィリアからの質問の答えはまた喉にひっかかり、痛みとしてアーシャに襲い掛かった。
表情を歪ませるアーシャは、感情を静めながらお菓子の入ったバスケットを見つける。
「だ、大丈夫だ、遅くなっても、ちゃんと迎えに来る親もいる」
「……そう、ですか」
「(来るのは数える程度だが)」
目を逸らしながら答えたアーシャは、フィリアと共に玄関口へ戻る。
しかし、先ほどまでの泣き声はすっかり消えていた。
「……ケフュレス」
「あ、アーシャちゃん、フィリアちゃん、しー」
「……」
人差し指を立てたケフュレスの腕の中には、先ほど泣いていた子供が寝ていた。
床や服が濡れている所を目の当たりにしたアーシャは、深めに息を吐きだす。
「骨折り損か」
「あはは、ごめんね、気ぃ遣わせちゃって」
「大変だな、お互い」
「うん、じゃ、この子寝かせて来るね」
「ああ」
悲しそうに目を細めたアーシャは、ケフュレスの事を見送った。
彼女は薄暗い廊下に消えていき、施錠されたドアの隙間風にすら鳥肌を立たせる。
「……慣れないな、こればかりは」
「……マスター、私は」
「大丈夫だ」
何かを言いかけたフィリアの言葉を遮るように、アーシャは彼女の両肩に手を置く。
少し呼吸を荒くしながらも、アーシャはフィリアと目を合わせる。
「(この子には親は居ない、けど)私が居る、ちゃんと、私が、守るから」
「あ」
今にも泣きそうな笑みを浮かべたアーシャは、大きく呼吸しながらフィリアの頭を撫でた。
だが、慰められているフィリアは、アーシャに胸を痛めていた。
震えている彼女の手に、光の籠っていない瞳。
今の彼女からは、目を逸らしたくなる。
「……マスター(それは、貴女が言って欲しいセリフでは?)」
言いたくても言えないセリフを、フィリアは心の中に押し込んだ。
抱きしめたい気持ちも殺しながら、アーシャの冷たい手を取る。
「(だから私も、貴女を守ります)」




