初日の半分
同日の夜。
六つの月のうち四つが夜空を照らす中、施設の一部の電灯が落ちた。
「……や、やっと寝た」
電気の落ちた部屋を後にしたアーシャは、フィリアと共に半ば千鳥足で歩く。
幼年組以下の子を寝かしつけていたが、全く言う事も聞いてくれなかった。
おかげで、騒がしい状態が一時間近く続いた。
思いだすと、視界が歪んでしまう。
「は、はい、思った以上に苦戦しましたね、けど、本日はこれで終わりでしょうか?」
その隣を歩くフィリアも、今回ばかりは目に力がない。
「あらあら、これでまだ半分よ?まだやれる?」
二人の後ろを歩くアンジェラは、二人の頭を撫でた。
孤児院への期間限定転属一日目は、まだ終了していない。
彼の言葉でその事を思い出したアーシャは、風邪をひいたレベルで顔を青ざめる。
「……そうだった」
「え、えっと、他に何が」
フィリアの質問に答えるべく、アーシャは虚無を見つめた。
「レポート、それから作業が……」
「はいはい!先ずはちょっと休憩しましょうね!!」
どんどん底なし沼にはまって行くアーシャの肩を持つように、アンジェラはアーシャを連れて休憩室へと向かう。
「じゃ、お茶でも入れるから、くつろいでて」
「は、はい」
「はーい」
「あ、テーブルのお菓子食べちゃって良いわよ」
お茶くみを始めるアンジェラを横目に、ソファに座ったアーシャは死んだ目でフィリアを見下ろす。
見た目の年齢にはそぐわない程大人しく、静かにお茶菓子をかじる。
「フィリアはいい子だな」
「ちょ、マスター!?」
「はー、いい子だ、フィリアは、本当にいい子だ、いいこいいこー」
「ちょ、え!?」
「いーこー」
フィリアを押し倒したアーシャは、抱きしめる彼女の頭を何度も撫でた。
顔が真っ赤になるフィリアの事を気にも止めず、舌の足りていない言葉で褒め続ける。
そんな彼女達を視界に収めながらも、アンジェラはお茶の入ったカップをテーブルに置く。
「あらやだ、完全に疲れちゃってるわね」
「戦場に出るよりずっと疲労少ないですよね!?」
「ふふ、その子にとっては、戦場以上に過酷なのよ、でも、貴女が来る前は気絶なんてザラよ」
「進歩って言うんでしょうか?それ」
「ええ、あ、ごめんなさい、お茶追加しないと」
「え?」
アンジェラの言葉に首を傾げたフィリアは、扉が開けられた事に気付く。
「先生、少年組のレポート書き上げたから確認を」
「相変わらずはえーな、俺なんてまだ用紙受け取ってもいないってのに」
「レッドが怠け過ぎなだけだと思うが」
「いや、俺から見ても兄貴が早すぎるだけだ」
扉が開く。
オセロットを筆頭に、レッド、ラケルタ、サーバルが入って来た。
ケフュレスの姿は無く、四人だけが休憩室に入ってくる。
「あら、いつも通り早いわね、ちょっと待ってて、皆の分のお茶も淹れるから、ついでに休んで行きなさい」
「は、はい、ですがまだ色々残って」
「熱心なのはわかるけど、お言葉に甘えようぜ、あーにき」
まだ仕事を続けようとするオセロットとは別で、サーバルはソファに腰掛ける。
彼女に続き、ラケルタとレッドも座る。
自分以外が休憩モードに入った事で、オセロットはようやく休む事にする。
「……はぁ、分かった……それで?」
席に着いたオセロットは、他のメンバーと同じ方を向く。
彼らの視界に入り込んで来るのは、フィリアを抱き枕のようにするアーシャの姿だ。
「何でそうなった?」
「じ、自分で何してるのか解らないレベルでお疲れのようです」
添い寝の場面は絶対に見られたくないと言っていた筈のアーシャは、他のメンバーが入って来ても構わずフィリアを愛でる。
「そもそも、フィリアは大人しすぎる、子供だったらもっと我がまま言ってもいいのに」
「まぁその事は否定しないが、だらしないな」
と、オセロットは妙に肌をツヤツヤさせながら言った。
「……何でそんなツヤツヤしてんの?体力無限か?」
「いや、子供達の元気な姿を見てると、疲れ何て何度でもぶっ飛ぶだけだ」
「それ言ってる奴比喩か何かだと思ってた」
「あの、マスター、そろそろ」
ため息交じりにそう言うフィリアは、ちょっと嬉しそうに引き離そうとした。
しかしアーシャはそれを拒み、フィリアの事をより強く抱きしめる。
「はぁー、フィリアをこうした方が疲れが取れる」
「たく」
「……チ、子供は嫌いだ何だとか言いながら、随分あまあまだな」
「……」
舌打ちをしたサーバルはお茶菓子を食べながら煽ったが、アーシャは全く無反応。
それどころか、彼女から規則正しい寝息が聞こえて来る。
「なんか言って来いよ」
「……あー、寝てますね、これ」
「……まだ業務は終わってないから、後で起こしてあげて」
「は、はい」
全員分のお茶を淹れ終えたアンジェラは、フィリアにそう通達した。
とは言え、ぬいぐるみのように抱きしめられるフィリアは。
「(ちゃんと起きるか?これ)」
一抹の不安を過ぎらせ、フィリアは小さくため息をついた。




