人と兵器
少女との一悶着があった後。
「名称、シュカ……下腹部に手術痕有り、他、全身に裂傷、火傷痕複数」
「今院内の案内してんだ、後にしろ」
「あ、すみません」
孤児院内を歩くアーシャに、院内で管理している子供のファイルを閉じたフィリアは続く。
小さな歩幅で歩いてくれるアーシャの横顔を、フィリアは見上げる。
悲しさを孕みながらも、どこか懐かしさを感じる柔らかな顔だ。
「……まぁ、アイツの事が気になるのも解る」
「……そう、ですよね」
「ここに来ると、私はそいつを思い出す」
「え?」
思い出の場所のようにアーシャが言ったのは、なんの変哲もないただの廊下。
そこに着くなり、彼女は床に手をついた。
「ここで、私はアイツと同じような事を言った、ケフュレスにな」
「……えっと、どういった状況で?」
「……夜中に孤児院を脱走しようとした、そしたら、たまたま来てたアイツに見つかった」
細める目のアーシャは、片膝をつきながら笑みを浮かべる。
「アイツから渡された銃をアイツに向けて、もう誰の指図も受けない、もう二度と奪わせやしないって、私は引き金を引いた、で、気にいられた」
――――――
六年前。
脱走を試みていたアーシャはケフュレスに見つかり、彼女から渡された拳銃を向ける。
「どう?引ける?その引き金」
「……引いてやる、引いてやるよ(邪魔するなら、例え恩人でも)」
震える指を引き金に当てるアーシャだが、銃口の先にいるケフュレスの頭に向けて撃てずにいた。
この時のアーシャは、銃に触れた事も無ければ、撃ったことも無い。
そんな彼女の脳裏を過ぎるのは、ケフュレスが同じ武器で敵を次々と殺す姿。
恐ろしさを感じる彼女の姿に銃を握るアーシャの手は震え、頭の中は真っ白になる。
「ウワアアアア!!」
叫んだアーシャは目を力強く閉ざし、勢いに任せて引き金を引いた。
一発の銃声が響き渡り、空となった薬莢が転がる。
反動で銃は手から転げ落ち、アーシャ自身は尻餅をつく。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
高鳴る鼓動を抑えるように肩で息をするアーシャは、硝煙の臭いに表情を歪ませながらゆっくりと顔を上げる。
頭の吹き飛んだケフュレスを錯覚するも、現実をその目に焼き付ける。
開き切った瞳孔で捉えたのは、頬から血を流して笑みを浮かべるケフュレスの姿。
「気に入ったよ、アンジェラか、レイブンに頼んであげる、二人のシゴキを耐えられたら、私が力をあげる」
彼女はアーシャの前で初めて目を開き、硝煙の立ち込める拳銃を回収。
立ち上がったアーシャは、次はケフュレスへと殴り掛かる。
「この!ガッ!?」
首に手刀を入れられたアーシャは、ケフュレスの胸の中へ倒れ込む。
そんな彼女からの声を、アーシャはかろうじて聞き取る。
「もしも貴女が、例外だと言うのなら」
――――――
「とまぁ、こんな感じの事言ってたな、あんま覚えてないけど」
「は、はぁ……」
思い出話を聞かされたフィリアは、その内容に目を細めた。
ケフュレス本人から聞いた話によれば、彼女はアーシャを救出した恩人の筈だ。
「……恩人と、聞いていたのですが」
「ああ、アイツのおかげでここに逃げ込めたが、私はそんな事を認識する余裕も無かった」
「……彼女もそうだと?」
「多分な」
アーシャの言葉に、フィリアはまたもや先程の少女、シュカを思い出す。
どう見てもストレスからくる症状と、正気ではない目をしていた。
そんな彼女に、何時までも心をかき乱されている。
「……それでも、貴女にも自分が有った」
「買い被るな、マックスを助けるんだって、駄々こねてただけだ」
「だとしても、何かに反抗できるのは、自分を持っている証拠かもしれません」
そう言いながら、フィリアは自分のチョーカーに触れた。
言い訳をするのであれば、刻まれた奴隷の刻印で反抗自体ができない。
だとしても、マスターであるアーシャに反発するなと言われた事は無い。
「……そうかもな」
「(けど、今更自分を持ってどうする?コマンダーからここに預けてもらう提案を拒んだのも、兵器であり続ける為だってのに)」
兵器であり続ける理由を思い返すフィリアだったが、シュカの言葉が脳裏を過ぎる。
「(なのに何で、あの言葉が忘れられない?)」
「……どうした?」
「……」
立ち止まったアーシャの手を取ったフィリアは、その手を自分の顔へと乗せる。
「ふぃ、フィリ、ア?」
「(私は兵器だ、主の命令に従い、敵を殺し、この命捨ててでも主を守る……この暖かさを、無くさないように)」
頭頂部から頬にアーシャの手を移すと、彼女の手の温もりを感じ取る。
目の前で死んでいった過去の仲間達を思い浮かべながら、自分に言い聞かせる。
自分は兵器だと、人ではないのだと、チョーカーに触れる。
「(その為に、自分なんて物は必要無い……)ありがとうございます、これで、任務に戻れます」
マスターであるアーシャの体温は正常、敵影は無い。
スキャンを終えたフィリアは、現在の任務内容を視界の隅に表示。
落ち込んでいた顔も、人形のように無表情となる。
「フィリア……」
アーシャの手を離そうとした時、彼女は座り込んで抱きしめて来る。
感情をマスキングされていないフィリアは、彼女の匂いや鼓動を直に感じ取る。
「ッ!?ま、マスター?」
戸惑いながらも、フィリアはこの状態で戦闘を行う為の方法を模索。
必死に兵器である自分に戻るべく、戦術の予測を構築する。
「そんな顔をするな、お前はまだ子供なんだ、言いたい事は遠慮せずに言っていい時期なんだ、私が、捨ててしまった時期だ」
「……」
息を飲んだフィリアは、痛む胸を抑える。
どれだけ自分を無くそうとしても、アーシャや他の人達が引き戻して来る。
目頭が熱くなると共に、フィリアの視界は歪みだす。
「けど、私は……」
折角固めた筈の決意はかき乱され、願望へと変わってしまう。
「(貴女の隣じゃない、後ろでもない、兵器として、貴女の前に居なきゃいけないのに……何で……何で、人として、彼女の隣に居たいと思う)」
引き離そうとアーシャの肩に手を置いたフィリアは、突き飛ばすように力を入れた。
しかし、人の温かさにフィリアは屈する。
「こんな事していちゃ、いけないんです」
全身をアーシャの温かさに包まれ、フィリアは抱きしめ返した。
目から雫を零しながら、アーシャの服が伸びそうな程握り締める。




