心の砕けた少女
フィリア達が子供達に群がられて少しして。
『みんなー!』
「ん?」
聞き慣れない声が校庭中に響きわたり、フィリアの目は発生源へと向けられた。
施設の入口より現れた影は、イノシシのような勢いでやって来る。
「あ、あれは」
「久しぶりー!心配してたのよー!」
「あ、せんせー!」
「……ん?」
子供達が先生と慕ったその男性は、やけに高い声を出し、女性らしい仕草をする。
体格の凄いその先生は子供達を優しくかき分け、手を叩く。
「はいはい!みんなそこまでよ、背の順で整列してちょうだい!」
『はーい!』
先生と呼ばれた人物の指示に従い、群がっていた子供達は列を作り始める。
義足の子は転んだりしたが、他の子の力を借りながら整列する。
「さ、ご挨拶よ!」
『おねえさん!おにいさん!よろしくお願いします!』
「はい、よろしくお願いします!」
予め練習していた動きを見せると、オセロットが代表して返事をした。
そして、用意していた紙袋を掲げる。
「元気に挨拶した皆に、お兄さんからプレゼントがあるよー!」
「わーい!」
「やったー!」
「こら!列は乱さない!!」
艦内では絶対見せないようなテンションのオセロットの言葉で、一部の子供達は整列を忘れて喜び出す。
先生に宥められると、子供達はオセロットの前に列を作る。
「ほらほら、慌てなくても皆の分有るから」
「クッキーだ!」
紙袋から可愛くラッピングされたクッキーを取りだすオセロットは、一人ずつその袋を渡していく。
レッドやラケルタ達は列を整えだすと、先生が近寄って来る。
「あら!その子が話に聞くフィリアちゃん!?初めまして!私はアンジェラ、アンジー先生って呼んで頂戴!」
「ッ、は、初めまして」
牙を生やし、筋骨隆々なアンジェラ。
彼の様子について行けないフィリアは、両手で握手を交わす。
ついて行けないテンションに、フィリアは思わず表情を歪ませてしまう。
「あら、ごめんなさいね、ちょっと舞い上がっちゃったわ」
「いえ、私の方こそ……」
謝ったフィリアの目はアンジェラの隙間より、例の子供の姿を捉える。
未だに皆の輪に入る事無く、石を木に投げつけている。
「……あの、あの子は」
「ん?あー、あの子は、最近入ったばかりの子よ」
「……」
悲し気な彼の表情につられるように、フィリアはまた子供の方を向く。
そんな彼女の横で、アンジェラは両手を絡める。
「貴女ならもう察してると思うけど、あの子は少年兵の出よ、女の子なのに」
「女の子、か」
「……マスター」
アーシャにも思う所があるらしく、長袖で隠れている右腕の火傷痕をさすった。
「……ちょっとすみません」
「あ」
フィリアはオセロットの元へ向かい、話しかける。
「あの、オセロットさん」
「ん?あー、フィリアか、横入りしなくても、お前の分も有るから」
「い、いえ、私では無く、あそこの」
「ん?……あの子、前回受け取ってくれなかったんだよなー、大丈夫だ、俺が後で」
「いえ、私が行きます」
「そ、そうか……」
冷や汗をかくオセロットは、近くに居る子供に目を向ける。
目をキラキラさせ、クッキーを渡されるのを待っている。
「……仕方ない、頼むぜ」
「はい」
「ねぇ!おにいさん!」
「あ、ごめんね!はい!」
「(本当に慣れてるなー)」
オセロットの甘い顔を横目にしながら、フィリアは手にしたクッキーを持って例の子供の場所へ走る。
明らかに邪険な目を向けてきたが、それでもフィリアは近づく。
「(……鳥人族の女の子、か)」
時々二つの瞼で閉ざされる鋭い瞳に睨まれながらも、フィリアは彼女の事を見つめる。
「あ、あの(たしか同族以外には、かなり警戒心強いって聞く、けど)」
完全に無視されるが、フィリアは更に距離を詰める。
「……」
ようやく彼女と目が合うも、フィリアは軽く震えた。
完全に敵意をむき出しにしてくるおかげで、初めて自分から感情のマスキングを使いたくなった。
ぎこちなく笑みを浮かべるフィリアは、両手で袋を包みながら手渡す。
「あ、あの、よろしかったら、どうぞ」
「……」
鳥人族の少女は、石を投げるのを止めてフィリアの方を向いて来る。
一歩進めば、彼女の間合いに入る。
殺気のせいで、すぐに掴みかかってくる姿や、隠し持っているナイフを抜いて来る姿を勝手に想像してしまう。
「(右手が来たら、すぐにクッキーを……じゃない、この子は、ただの同年代の子だ)」
変な思考を振り払い、フィリアは一歩踏み出す。
「あの」
「ッ」
「あ」
しかし、クッキーは少女の手で弾き飛ばされた。
おかげでクッキーは砕け、包装も破けて中身が地面に散乱する。
「……黙れ、腑抜けた顔で、僕に話しかけるな」
「……腑抜けた」
少女の言葉で、フィリアは自分の顔をさする。
確かに笑みは浮かべていたが、そこまで腑抜けていたつもりはない。
「それに、何が入っているか解らない物を、口にできるか」
「……ガンパウダー何て、入ってませんよ」
叩き落とされたクッキーを回収したフィリアは、砕けた破片を口にする。
体内に入り込んだ事で、使用された食材が勝手に視界に表示された。
フィリアの中の少年兵のデータを参照しても、彼女が警戒しているような物は入っていない。
それを示しながら、フィリアは再度クッキーを渡した。
「お前も、同じなのか?」
「いえ、そんな原始的な物では無く、もっとヤバい物を、ここに無理矢理」
そう言いながら、フィリアは自分の脳を指した。
少年兵を薬漬けにする、それよりハイテクな物が脳に施されている。
「……うるさい、そんな物で喜ぶから、大人共がつけあがるんだよ」
「……でも、人からの贈り物を、無下にするのはどうかと思います」
「ッ、黙れ、僕はもう、大人に好き勝手指図されたくない、だから、施しは受けない」
「……ここはそんな地獄ではありませんよ、天国とも言えないですが」
この言葉のせいで、少女は石を投げる直前のポーズで硬直。
数秒程同じ姿勢を維持すると、ナイフのように鋭い目が向けられて来る。
「……な」
「はい?」
「知ったような口で、僕に説教するな!!」
「ッ!」
少女は握っていた石をフィリアに投げつけて来た。
至近距離すぎるせいで、アーマーの展開も回避も間に合わない。
ダメージを覚悟すると、硬い物では無く、柔らかく暖かい物が顔にぶつかる。
「危な!」
「ッ!ま、マス、ター」
いきなり現れたアーシャはフィリアを体で包み、石を鷲掴みにした。
そして、彼女は鳥人族の少女を睨みながら立ち上がる。
「……さて、私はここで働く事になっている、だから、喧嘩は仲裁する立場に有るから……何で石を投げた?」
声を低くするアーシャは、掴んだ石を捨てた。
すると、少女は歯を食いしばりながらアーシャに食いつく。
「うるさいんだよ、どいつもコイツも……耳障りだ、耳元でギャーギャーと」
そう言いながら、少女は本当に苦しそうに片耳を抑える。
「ま、待ってください、マスター!ただ、私が生意気な口をきいただけで」
「……この子に石を投げつける正当な理由を話せ、理屈だの理不尽だのはその後で聞く」
ため息をつきながら説教をするアーシャに、少女は両耳を抑えながら青筋を浮かべだす。
「うるさい!うるさい!大人は皆嫌いだ!僕に近づくな!そいつもそうだ、大人に媚びへつらって、自分の無い奴何て嫌いだ!!」
「……私、が」
アーシャの前に立っていたフィリアは、思わず胸を抑えた。
その後ろで、少女の話に息を飲んだアーシャは細めた目を向ける。
本当に自分の生き写しのように見えてしまい、アーシャは深く呼吸する。
「……そんな事していると、時間を失うぞ」
「黙れ!」
結局癇癪を起した少女は、アーシャに石を投げつけた。
練習していたとは言え、銃弾を避けられるアーシャは軽々と石をキャッチ。
その隙に、ヘッドフォンを着けた少女は走り去ってしまう。
「クソ!うるさい、黙れ!もう、撃たないでくれ!!」
両手でヘッドフォン抑える少女は、虚空に向かって怒鳴り散らしながらどこかへ行ってしまう。
「……マスター」
「……ああ……私もあんな調子だったのか」
「あ、いえ!そういう訳では!」
過去の自分がどれだけ恥ずかしい存在だったか、アーシャは羞恥からうずくまってしまう。
そんなアーシャを介抱するフィリアは、手にしていたクッキーを視界に収める。
数枚のクッキーの内、ハートを模った物が特に酷く砕けている。
「(彼女の物では無く、これだけが砕けていたら、どれだけ良かったか)」
袋へクッキーを戻していくと、フィリアの脳裏に少女の言葉が過ぎる。
「自分が無い、か……」
言い返せなかった言葉が、フィリアの胸に痛みをもたらした。




