夜明け 後編
アーシャ達が作戦展開地域を飛び立ってしばらくして。
目的地との通信が可能となった事で、アーシャは輸送機の無線機と同期して報告を行っていた。
「……はい、フィリアと言う少女は、遺跡の方で……はい、念のため医療班をお願いします、我々は予定通り帰投します」
チラチラとフィリアを確認しながら、アーシャは医療班の手配を要請していた。
何しろ彼女はよく解らない場所で、よく解らない物から出て来たのだから、変な病原菌なりなんなりを持っていてもおかしくない。
一先ず予定外の事態に関する報告とデータの転送は終わり、詳しいことは目的地で行う事となった。
「はい、では」
「……どうなった?」
「……とりあえず、ウチで預かる事になった、どうするかは検査後だ」
「ま、そうなるだろうな」
「ああ、コマンダーはガキに甘いからな」
腕を組みながら椅子に深くもたれかかるアーシャは、通信の内容をサーバルへ伝えた。
フィリアの扱いに関して、最終的な判断は医療班の検査後となる。
その事はサーバルも予想しており、二人の脳裏にはこの傭兵団の頭目の事が過ぎる。
コマンダーと皆から慕われているが、子供や自分の部下には甘い一面が目立つのだ。
だが、彼が居てくれたおかげで今こうして生きて居られるため、アーシャ達も頭が上がらない。
「……ま、私としては、早い所孤児院送りにして欲しいが」
「けど、アイツは粒子兵器を使えるし、人殺しにも躊躇は無い……いっそ、スコールに入れるか?ウチは本来五人編成だったろ?」
「冗談じゃない、変態エルフだけでも一杯一杯だってのに、これ以上の面倒はごめんだ(けど、コイツが居れば、私の目的も)」
サーバルのジョークに嫌な表情を浮かべたアーシャは、自分にとっての面倒の種へ視線を向ける。
遺跡で見つけた青い髪を持つ謎の少女のフィリアと、自称人間換算で十七歳の変態エルフのケフュレス。
片方だけでもアーシャにとっては面倒でしかなく、嫌いな子供の手綱まで握り、変態を御する何てできる自信がない。
今は外が見たいと言い出したフィリアと共に小窓から外を眺めており、二人共大人しくはしているが、ケフュレスが長時間マトモで居る事なんて少ない。
「どう?見える?(グヘヘ、ロリのお尻、柔らかい)」
「……」
徐々に明るくなる外を眺めるフィリアを支えるケフュレスは、どさくさに紛れて彼女のお尻を触るという痴漢行為を行っていた。
しかも今のフィリアはアーマー姿では無く、遺跡から出て来た時と同じで上着一枚を羽織っているだけ。
恐らく直接触っているにも関わらず、外を見るのに夢中なフィリアは気づいていない。
おかげで、アーシャは早速面倒に直面した。
本来隊長のアーシャが先陣を切るべきだが、先に動いたのは隣に座っていたサーバルだった。
「テメェはさっきから何してやがんだ!?」
「ウンバボ!」
「(そう言えばアイツ、兄と同じで子供好きだったな)」
アーシャとは逆で子供好きのサーバルはショットガンをバットのように振るい、銃床でケフュレスをぶん殴った。
変な悲鳴と共に飛んでいく彼女に代わって、今度はサーバルがフィリアのサポートを開始する。
「で?何を見てんだ?」
「……この近辺は、もう少し自然が有った筈です、それに、魔獣や他の動物も」
「……どういう事だ?」
「計測によれば、私は五十年程眠っていたようです、ですが、こんなに変わっている何て」
どうやらフィリアの記憶と外の景色は一致していないらしく、しかもそれは五十年以上前の事らしい。
ケフュレスはともかく、モンスーンも含めてこの場に居るメンバーは全員そんな前に生きていない。
時間の経過もあるのだろうが、それ以前に戦争の影響も有るだろう。
「ご、五十年って、崩壊戦時の事言われてもな~、お前、もしかして戦争経験者か?」
「戦争、せん、そう……」
戦争の単語を聞き、無表情気味だったフィリアの顔は徐々に険しくなっていく。
目覚め方のせいで問題が出ていたせいで過去の記憶には埃がかかった状態だったが、サーバルのセリフが引き金となり、その一部が表面に出て来る。
「……」
「どうした?」
徐々に目を見開きながら硬直するフィリアは、やがてサーバルの方へと食い掛ってしまう。
「戦争は!?戦争はどうなったんですか!?」
「え!?ちょ!」
「勝っているのは!?勝っているのはどの陣営ですか!?」
「あが!あが!あが!」
かなり動揺するフィリアのおかげで、サーバルは質問に答えられない程の勢いで前後に揺らされてしまう。
彼女と気絶するケフュレスに代わり、ようやくアーシャが名乗りを上げる。
「もう終わったぞ、どの陣営も共倒れでな」
「……と、共倒れ?」
「そうだ、三十年ばかり前にな、残ったのはこの瓦礫と戦いばかりの荒廃した世界だ」
「……」
アーシャのカミングアウトで緊張の空気が流れ、フィリアはまた硬直してしまう。
まだ続いていると思われていた戦争は遥か昔に終わっている。しかも共倒れと言う事だ。
ショックを受けた顔で席に着くフィリアを眺めながら、アーシャは深めに椅子に腰かける。
「……ま、間もなくマザーシップです」
何とも言えない空気を背中に叩きつけられながらも、モンスーンは目的地の到着を報告した。
操縦席から見える外の景色には、巨大な艦船が地上をゆく姿が有る。
一隻の戦艦の両端を二隻の左右対称の空母が挟み込むような形となる大型の艦船へ、ヘリは管制官の指示に従って着艦の体勢へと入って行く。
下に居るスタッフの誘導を受けながらゆっくりと甲板に取りつき、その振動はアーシャ達にも伝わって来る。
エンジンの炎が徐々に弱まると共に後方のハッチは開放され、アーシャ達はシート状になっていたメイジギアを起動させてヘリから降り、いつの間にか復活していたケフュレスは任務終了を祝うかのようにヘルメットを脱ぐ。
「プッハ!終わった~、あ、皆さんご苦労様でぇす」
「あ、お疲れ様でぇす」
エルフの象徴たる長い草色の髪はヘルメットに閉じ込められていたとは思えない位滑らかに揺れ、一緒に解放された長く尖った耳をピクピクと動かす。
ついでに回りのスタッフ達にも軽い挨拶をして回り、軽快な足取りで甲板の上を踊るように縁の部分へと移動して行き、両腕を広げながら昇って来た朝日の方へと全身を向ける。
首から下は鎧で阻まれているが、露出した顔の部分は温かな陽光に包まれる。
「ん~、良い気持ち……あ、そう言えば」
「どうした?おつむのネジでも見つかったか?」
「ううん、ネジならとっくにリサイクルショップに売っ払ったから」
「そうか、だったら何だ?」
「あはは、丁度今日だなって思って」
何とも自由にするケフュレスに話しかけたアーシャは、良く解らない言動に首を傾げた。
アーシャの記憶の中では、今日は特にこれと言って何か有るような日ではない。
だがケフュレスは何か有るようで、両手を広げたままアーシャの方を振り向く。
「ついでにフィリアちゃんにも言っておくよ、今日がどんな日で、世界がどうなったのか」
「は、はい」
医療班に連れていかれようとしているフィリアも、後光を浴びるケフュレスへと目をやった。
常に目を閉じている所謂糸目である彼女は、どこか神々しい雰囲気を纏いながら今日が何の日なのかを告げる。
「転生勇者が世界を救って300年、世界は荒廃しました、って所かな?で、言うなればこの朝日は、三百年目の夜明けって所かな?」
光で遮られながらも僅かに見えるのは、かつて町だった思われる廃墟。
かつて建物だったコンクリートの塊や車の残骸などの明らかな人工物が、沢山の砂に埋もれてその一角だけを露出している。
そんな荒れ果てた世界の上を、彼女達を乗せた艦は出航した。




