初恋の思い出
コマンダー達が交渉へ行っている頃。
部屋着のアーシャは、自室のベッドに頭を埋めていた。
「つ、疲れた」
魔力の枯渇から回復してすぐに、コマンダー達から報告書を催促された。
理由も聞かされた事で断れず、結局疲れた体に鞭を入れながら作り終えた。
更にケフュレスや他の面々からもたらされた情報のせいで、シャワー程度で癒える訳も無かった。
「(しかも、関与してんのがアイツ等、か)」
アーシャは右腕の火傷痕をさすりながら、時計へと目を向ける。
もうすぐ就寝時間だというのに、寝たいと思えない。
「はぁ、わざわざ二時間以上かけて、悪夢見る為に寝ろってか?」
右腕のうずく日は、決まって悪夢を見る。
フェルメーラを頼ろうにも、見た後でないと彼女の能力は役に立たない。
頭を抱えていると、化粧室の扉が開く。
「あ、マスター、まだお疲れですか?」
「……フィリア」
歯を磨き終えたフィリアは、長く青い髪をかき分けながら横に立つ。
先日買ったチェック柄のパジャマに袖を通す彼女は、普段より子供らしい可愛さが際だっている。
「とても、拷問してた子供には思えないな」
「う、あまり掘り返さないでください、感情をマスキングしていたから、できたような物ですから」
「マスキングねー」
レプティルから無理だと言われたが、強化人間になる事への願望は諦めきれていない。
実際に戦い、そして話している事で、その夢にまた手を伸ばしたくなる。
「私も強化人間になりたいよ、こんな気持ちとも、オサラバできるんなら」
「……マスター」
声色を低くしたフィリアは、急に距離を詰めて来た。
すると、また彼女に頭を抱きしめられる。
「ッ!」
「それで貴女の悩みが解決するのであれば、最初に提案しています、私の世代でも、人格が安定する個体は四割程度しか居ませんでした」
「……安定しないと、どうなるんだ?」
「人によります、ですが、以前遭遇した世代の方は、例外なく人格を潰されます、自立行動を行えるようになったのは、第五世代型からです、成功率は一割でしたが」
「……」
胸に痛みを覚えたアーシャは、右腕の火傷痕をさする。
可能性を示唆されただけだが、探し人のマックスもそうなっているかもしれないのだ。
「フィリア」
「は、はい、すみません、出過ぎた事を」
「い、いや、そうじゃない、前にも言ってたように、また、一緒に寝てくれるか?」
「……はい」
小難しい顔から明るい笑みになりながら、フィリアは承認してくれた。
悪夢を見る位ならば、恥を飲みこんで彼女に添い寝された方がマシだ。
顔に軽い火照りを感じながら、アーシャは自分のベッドにフィリアを迎える。
「今日は壁側に行ってくれ」
「え?何故です?」
「サーバルは寝てるが、ケフュレスは報告書の制作から帰ってないんだ、いざって時に隠せる」
「は、はい」
だが見られたくは無いので、アーシャはフィリアを隠せる場所に寝かせた。
「……」
「……あの、やはりマックスさんの事が、気になりますか?」
「ああ、よく解ったな」
「最近のマスターが考える事は、その人の事ばかりですから」
件の強化人間を前にしてから、マックスも同じ目に遭っていると考えてしまう。
おかげで、身体が勝手に震えだしてしまう。
抑え込もうとしていると、フィリアに抱きしめられる。
「ごめんなさい、私があんな事を言ったばかりに」
「いや、どちらにせよアイツを前にしたら考えていたかもしれないんだ、気にするな」
彼女の温もりを顔に受けながら、アーシャは軽く目を閉じる。
このまま眠りに入れば、良い夢が見られそうだ。
「……一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「なぜ、マックスさんにそんなにこだわるのですか?」
「……」
考えてもみれば、誰にも話した事無かった。
他の同郷の人達は半ば諦めてはいるが、マックスだけは諦めきれていない。
「あの、は、話したくない事でしたら、別に」
「いや、その、なんだ……マックスは、わ、私の、初恋、なんだ」
顔を赤くしたアーシャは、初めてカミングアウトした。
そのせいなのか、フィリアは目を丸くしながら硬直してしまう。
「……え!」
「し、静かに!そんな驚くな!」
小声で注意したアーシャは、すぐにベッドの外に顔を出す。
まだケフュレスの姿は無く、サーバルのベッドからも寝息が聞こえる。
胸をなで下ろすと、すぐに戻ってカーテンをピッシリとしめる。
「よかった」
「す、すみません」
「気をつけろ、全く」
おもわず息を荒くするアーシャは、フィリアの頭を無意識に撫でた。
「それにしても、ちょっと、意外です」
「……悪かったな、昔はもうちょっと、大人しめだったんだよ」
「……それで、その、恋って、どういう感情なんでしょうか?」
「こ、口頭で説明するのは、難しいな」
アゴに手を置いたアーシャは、フィリアの質問に答えようと頭を巡らせた。
すると、次第に胸の方へ手を移動させる。
そして幼少期に感じていた感情を思い出し、頬を緩ませる。
「なんか、こう、胸が、ドキドキして、心が温かくなって、それで……」
「それで?」
「ずっと、一緒に居たくなるんだ」
「……なぜそんな風になってしまうのでしょう」
「さぁな、そうなった、位しか言えないな……けど」
ここしばらく過去は嫌な物と言う認識だったが、久しぶりに良い思い出として蘇る。
一緒に野山を駆け巡り、川へ釣りに行き、近くの山に虫取りに行った。
そんな青春の日々が思い浮かぶ。
「あー、そうだ、昔は、本当に良かった、マックスは狼人ってだけあって、本当にアクティブでな、私が川に入れなくてビクビクしてても、いつもこの手を引っ張ってくれた」
「び、ビクビク」
「それで、虫取りにも行ったな、木登りする姿が、本当に危なっかしくて、私が手当とか、よくやったな」
「は、はぁ」
見た事無い位明るい笑みで話していたアーシャに、フィリアは息を飲んだ。
普段の暗い彼女でさえ、思い出しただけで別人のように変えてしまう。
「……そうか、強化されると、そんなアイツとの思い出も、全部消えるのか」
「……はい、兵器には必要無い物だと」
「だから、戦いだけを刷り込まれたのか」
「……そんな所です(だからこそ、概要以外私には解らない、恋というのは)」
物心ついた時から戦いを刷り込まれたフィリアの記憶にあるのは、各種接触や関係性などのデータ程度。
そう言う物がある、と言う程度の認識。
そのほとんどの条件に当てはまるアーシャを見ていると、羨望の目を向けてしまう。
「(だけど、知ってどうなる?私なんかが抱いて良い感情じゃない)」
良く解らない胸の痛みを感じながら、フィリアは胸に手を当てる。
長い間感じたくない感覚に、フィリアは寝返りをうつ。
「……ど、どうした?」
「いえ、何でも、ありません(もし、マックスさんを無事にこちらに引きこめたら、私を見てくれなくなるのか?)」
今はアーシャの顔を見たくない無いと、フィリアは少し距離を取る。
「じゃぁ何でそんな距離とろうとしてんだよ」
「べ、別に、そんな事有りません(私だけを見て欲しいなんて、思うなんて)」
壁に顔を当てるような姿勢となると、背中に柔らかな感触を受ける。
「ッ!」
「なぁ、そこまで露骨にしなくても」
「す、すみま、せん(せ、背中が)」
半分眠っているのか、アーシャはより密着してくる。
悪夢を予防する為に寝かしつけるつもりが、どんどん眠気が晴れていく。
「(何なんだ?この変な感じ、私の知らないマスターを、マックスさんが知っている、なんか……嫌、だ?)」
更に頭も混乱を始めた事で、フィリアは熟睡できなかった。
そんなフィリアを後ろから抱くアーシャも、徐々に睡魔に襲われていた。
「(……もうちょっと、話したかったけど)」
その時、脳に槍でも刺されたような衝撃が走る。
プレッシャーを感じるという事は、強化人間ではない。
それでも、今までに感じた事の無い何かに背筋が凍る。
「ッ!!?」
息を飲み、目も限界まで見開く。
そして、何か強大な影をアーシャの目は捉える。
「(なんだ、このプレッシャーは)」
感じた事の無い気配は次第に消えていき、アーシャはフィリアをより強く抱きしめた。
――――――
同時刻。
艦の外に出ていたケフュレスは、普段閉じている目を開いていた。
その目は魔法的な落雷を捉え、確かな敵意がこちらへ向けられている。
「今の感じは……まさかアイツ等がお出ましなんてね、懐かしい」
目を閉じたケフュレスは、ウキウキとした足取りで艦内へと帰っていく。




