心の痛み
アーシャが戦闘を行っている頃。
傭兵登録の済んだフィリアは、ケフュレスとサーバルと共にデパートに居た。
「だから!フィリアちゃんにはこういう可愛い系だってば!」
「可愛いってのはこういうのを言うんだよ!お前のセンスはズレてんだから押し付けんな!」
「(とりあえず、二人のセンスと私のセンスは合致しない事は解ったな)」
予定通り服屋のコーナーに来たのだが、二人共フィリアの意見はそっちのけだった。
二人の意見を取り入れながら自分で選ぶつもりだったが、もう諦めて一人で回る事にした。
「……けど私、服なんて支給された物適当に着てただけだったからな」
小さく唸るフィリアは、並んでいる可愛い服に目移りしてしまう。
いったい自分に何が合っているのか解らず、少し手に取る程度ですぐに戻す。
「どうしよう」
「とりあえず、こういう清楚な奴で良いんじゃないか?」
「ッ、ま、マスター!」
近くのハンガーから白いブラウスを取ったのは、遅れて来たアーシャ。
息を飲みながら彼女の方を向くと、選んだ服を当てて来る。
「え、えっと」
「うん、後は、ワンピースか何かでも有ればいいな」
「……」
アゴに手を当てながら悩むアーシャの目を見たフィリアは、言葉を失ってしまう。
今朝はまだ綺麗だった目はすっかり濁り、光を感じ取る事ができない。
「ま、マスター」
「なんだ?」
何事も無いかのように服を選ぶアーシャの事をスキャンしたフィリアは、目の光以外で見逃せない部分をいくつも見つける。
一番目立つ右頬の絆創膏に、目を丸めてしまう。
「ひ、左腕に打撲痕、右頬も、う、撃たれたんですか!?」
「……まぁな」
はぐらかすように、アーシャは服選びを続けてしまう。
また近寄りがたい空気を出してしまう彼女に話しかけられずにいると、サーバル達が話しかけて来る。
「あ、アーシャちゃん、来てたんだー」
「着いたなら、着いたってメール位しろよな」
「……ああ、悪い」
選んでいた服を棚に戻したアーシャは、ゆっくりとサーバル達の方を向く。
そして、二人もアーシャの変わりように気付く。
「おい、どうした?お前ともあろうものが、ホッペ撃たれたのか?」
「ああ」
「それと、左腕にも被弾しています」
「マジかよ、本当にどうした?お前がそんなに」
サーバルの言う事に頷きながら、フィリアはアーシャの方に目を向けた。
細めた目でホホの絆創膏を撫でるアーシャは、目をそらしてしまう。
「私だって、不覚を取る事位ある」
「けどよ」
「はいはい!暗い話はここまで!そろそろお昼だし、アーシャちゃんも来たし、ご飯にしよ!」
「(……この人は)」
話を遮ったケフュレスに冷えた目を向けたフィリアだったが、視界の隅に表記されている時計を目にした。
確かに昼に差し掛かりつつあり、腹の虫も軽く鳴りだす。
「しかたありません、ちょっと、お腹も空きましたし」
「そ、そうか、じゃ、飯にするか」
「あ、ちょっと待って!」
「あ?」
サーバルも頷いてくれたのは良かったが、言い出しっぺのケフュレスはアーシャの腕を掴んだ。
「ちょっと、アーシャちゃんとお花摘み行って来るから、先に二人で行ってて、場所は後でメールしてくれればいいよ」
「ああ、ソイツは良いが」
「(お花摘み、確か排泄処理の隠語だが……)」
サーバルと共に、フィリアはアーシャの方を向いた。
どう見ても、アーシャもトイレに行きたいという表情ではない。
「おい、別に私は」
「まぁ、まぁ、ここは清楚な女の子らしく、連れションしようよ」
「清楚な女が連れションとか言わねぇ」
「あはは!それじゃ、私達はこれでー」
笑顔を浮かべたケフュレスは、アーシャを連行して行ってしまう。
残されたフィリアは、頭をかくサーバルの方を向く。
「あ、あの」
「……行くか、昼飯にオススメの店がある」
「は、はい」
ため息交じりに笑みを浮かべたサーバルと共に、フィリアは服屋を後にした。
――――――
その頃。
アーシャはケフュレスに連れられて、本当にトイレへと連れ込まれていた。
「ッ、な、なんだよ、マジでトイレに連れ込みやがって」
便器に座らせられ、困惑するアーシャの有無を聞く事無くケフュレスは扉を閉めた。
するとケフュレスは、アーシャの膝の上に乗って来る。
「こうでもしないと、お説教感でないからね」
「……そういう事かよ」
「さて、アーシャちゃん、さっきの戦いで何か有った?」
ケフュレスを見上げたアーシャは、開かれた彼女の銀色の瞳に睨まれる。
怖気づいたアーシャは目をそらし、震えた声で言い返す。
「べ、別に、何にも無かった」
「そんな訳無い」
即行で否定したケフュレスは、右頬の絆創膏に指をかけてきた。
カリカリと端の部分をかき、僅かに剥がれ部分を摘まみだす。
「こんな傷、余程動揺してないと、貴女は負わないからね」
「ッ!」
重々しい口調で話すケフュレスは、勢いよく絆創膏を剥がしてきた。
治安維持部隊の知り合いから折角治療してもらった箇所が空気に触れ、また痛みが湧き出て来る。
「この銃創は九ミリ弾、それも拳銃、至近距離からのやつだよね」
「……」
「話してみて、何があったのか」
負傷箇所に回復魔法をかけるケフュレスに、アーシャは経緯を話した。
想起される当時の痛みに、胸を抑えながら。
「……成程」
「……」
腕を組みながら頷くケフュレスの前で、アーシャは涙を流した。
ヴェイザーの一員として今まで戦っておきながら、今更こんな醜態をさらした事に自己嫌悪さえ感じてしまう。
「いい事言ってもらえたね」
「……は?」
「その迷い、貴女に足りなかったものだよ」
困惑してしまうアーシャの心臓部分に、ケフュレスは指をさす。
セクハラでは無かったが、アーシャは彼女の手首を掴む。
「だったら……だったらどうしろってんだ!?私は自分を陥れた奴らと同じ方法でしか、アイツを助けられないんだぞ!!」
『ンンッ!』
「……」
逆上したアーシャの言葉のせいか、隣の個室から咳払いと壁を叩く音が聞こえて来た。
おかげで、アーシャは平静を取り戻す。
「じゃ、諦めて土弄りでもする?私は別に構わないよ」
「ッ」
鋭い銀色の瞳に見下ろされながら、アーシャは言葉を詰まらせた。
拳を握り締め、ケフュレスから目を逸らす。
「……そんな事したら、今までの事が、全部無駄になる」
声を擦れさせるアーシャは、精一杯に反論した。
「そうだよね、まぁ、じっくり考えると良いよ」
「……」
目を閉じて笑みを浮かべたケフュレスは、すすり泣くアーシャを残してトイレから出て行く。
他の利用者を尻目に、ケフュレスは洗面所で顔をすすぐ。
「……嫌な女だよね」
これも大事な過程だと、ケフュレスは自分に言い聞かせた。
顔の水滴を拭ったケフュレスは、銀色の瞳で鏡を目にする。
「……そんな顔しないでよ、ちゃんと解ってるから」
胸を抑えながら、ケフュレスはサーバル達の元へと向かった。




