奴隷市
エターナルの支部を後にしたアーシャが訪れたのは、比較的近くにある商業施設の地下。
陳列されている商品を一つ一つ確かめるように眺めながら、ゆっくりと道を歩いていた。
「(……内側からだろうが外側からだろうが、このガラス越しの景色には反吐が出る)」
忌々しい強化ガラスの檻の前で立ち止まったアーシャは、その中の商品を冷めた目で見つめる。
彼女の目に映るのは、部屋の隅でうずくまってすすり泣く少女。
質素な服に身を包み、フィリアより下級の隷属魔法を込められた首輪を装着されている。
その商品の情報を表示する看板を眺めるアーシャは、売りに出した勢力と名前を確認。
お目当ての傭兵団の名前とロゴではあるものの、商品の名前と種族は探し人の物ではない。
「コイツも違う」
違うのであれば、わざわざ大金を叩いて買う道理も無い。
手すりを軽く叩くと、アーシャはさっさと店を出て行こうとする。
「……今回も空振りか」
大きなため息をついたアーシャは、顔を俯かせる。
「(あれから何年経ったと思ってるんだ、今頃、死んでいたって……)」
死んだ目で顔を上げれば、ガラスに隔てられている無数の檻で作られた壁が視界を占領する。
中には届かない声を届けようと必死に口を動かしてガラスを叩く者もいれば、血でガラスに落書きする者も居る。
そして、買い手が付けばなす術も無く連れていかれる。
別の客がスタッフからおすすめの奴隷を訊ねるやり取りを小耳に挟むアーシャは、拳を力強く握り締める。
「(エターナル、ビジネスの為なら何でもするな)」
アーシャの目に映るのは、この店がエターナルの管理下である事を示すバッジを付けた従業員。
下手に暴れる訳にはいかず、睨んですぐに通り過ぎた。
「(信用があるのは良いが、おかげで連中の足が掴みにくい、クソ)」
どの業者が卸しているかもわかっても、エターナルが関わっていればルートを辿る事はできない。
下手をすれば、エターナルを敵に回す羽目になる。
「(たとえここで一人買って、情報を得る為に呪いを解いても、呪いで辛うじて保っていた精神は……チクショウ)」
不意に脳裏を過ぎったのは、ケフュレスに助けられた時の記憶。
同じように売られた子供の呪いを解いた瞬間、その子は発狂死した。
その光景は今思い出しても、吐き気をもよおす。
「……マックス」
一緒に捕まった筈の幼馴染で友人だった獣人の子の名前を呟いたアーシャは、店を出てすぐに空を仰ぎ見る。
「……バカ、何弱気になってる、今まで、何の為に頑張って来た……せめてアイツの死体を見るまで、諦めるな」
自分に喝を入れるように両ホホを叩くと、携帯の着信に気が付く。
「ん?試験やっと終わったか?」
メール内容を確認すると、フィリアの通信簿の写真が映し出される。
どうやら筆記は問題無かったが、実技に問題があったようだ。
「……え、実技、低」
『ギリ合格、先に予定の店行ってるぜ、あ、実技が低いのは、なんかアーマー展開しないと本来の力が発揮できないらしいぜ』
「なんじゃそりゃ、まぁいい、『すぐに行く』……いや」
一言だけ送ろうとした時、アーシャの視界の隅にレンズの反射光が映る。
どうやら追跡者は、エターナルの警備兵が倒した連中以外にも居たらしい。
「『悪い、追っかけに捕まった、遅れる』送信っと」
閉じた携帯をしまったアーシャは、ひと気の無い方へと足を進めた。
自身の事を追いかける数名の気配、いや、殺気を感じ取る。
「(別動隊か、ま、憂さ晴らしには丁度いい)」
ゆっくり歩くと、殺気も一定の距離を維持しながら移動を開始。
信号で止まれば、追跡も止まる。
「……ついて来な」
信号が青になると同時にアーシャが走りだすと、追跡者たちも移動を早める。
確信を得たアーシャは予定していた裏路地に入り、足を止めて背負っていたバックパックを下ろす。
「さてと」
携帯食を頬張ると、肩に下げていた拳銃の動作をチェック。
そして手早くジッパーを開け、中のサブマシンガンと弾倉を取りだす。
腰のマガジンポーチへ予備の弾倉を入れ、最後の一本は本体へと挿入する。
「……ふぅ(ここで負ければ、私は、またあのガラスの奥か)」
奴隷市で見た商品たちと同じ目に遭う懸念を消すように深呼吸し、精神を少しでも安定させる。
震える手を抑える様にグリップを握り、空いている左手を何度も開閉させる。
「……ぶっ壊してやる」
呟きながら勢いよく槓桿を引き、戦闘準備を完了させた。




