魔法の教育者 後編
戦闘を終了したアーシャ達戦闘班は、何時も通りコマンダーから非番が言い渡された。
襲撃のせいで入港も見送りとなり、アーシャ達は部屋へと戻っていた。
当然、フィリアもアーシャ達と同じ部屋へと案内されている。
「……あ、あの、マスター」
「何だ?」
「……ここは、本当に私達の部屋、なんですか?」
「そうだ、ちょっと狭いが、我慢してくれよ」
部屋に通されてすぐにポカンとしているフィリアを置いておき、アーシャとサーバルはインナースーツから自前の部屋着へと着替えた。
アーシャは自分のベッドに腰掛け、サーバルは眠りにつく。
そんなルーティーンをこなした後でも、フィリアは入り口近辺で硬直していた。
「……おい、何時までそうしてる気だ?お前のベッドはそこだ、コマンダーに休めって言われてんだから休んでおけ」
「……」
アーシャの言葉でようやく我に返ったフィリアは、アーシャの隣のベッドへ移動。
早速自分のベッドに触れ、その感触を楽しみだす。
「……何してんだ?」
「い、いえ、こんな、こんなに良いクッションに、触れた事無くて」
「……」
マットレスに顔を埋めだしたフィリアを見て、アーシャは熱気を帯びた右腕に触れた。
脳裏に過ぎるのは、捕まったばかりの頃の記憶。
多くの者が恐怖に迎合する中で、アーシャだけは抵抗や反抗の態度を見せていた。
どこに売られるのか決まるまで、上下関係を叩きこむ影響でロクな寝具も食事も与えられなかった事も多い。
「そう言えば、ほとんど物扱いだったようだな」
「……はい、寝具も何も無い場所に雑魚寝だったり、倉庫のラックに架けられたままで寝ていましたから」
「……」
フィリア自身も、道具として戦いを強いられて来た。
似たように人間の破廉恥な欲望を満たす道具として扱われた経験のあるアーシャは、どことなく親近感のような物を感じ取った。
何しろ、孤児院でマトモな環境を与えられた時、フィリアと似たような感じになっていたのだ。
「(……今でも、私やコイツみたいなのはゴロゴロいる、孤児院にもな……そして、今後、負けたら)」
負ければどうなるのか、考えただけでアーシャの胸は握り潰されるように痛んだ。
もう二度と同じ轍を踏まない為にも、負けない為にも努力を惜しんでいる暇はない。
ベッドに座り込んだアーシャは、日課の訓練の姿勢を取る。
「……」
両手で虚空を包むように目の前に持って来て、その中央に魔力を集中させる事で小さな光を形成させる。
「(こればかりは、ケフュレスには感謝だな)」
内心ケフュレスに感謝しつつ、アーシャはピンポン玉サイズの魔力の球を維持。
徐々にそのサイズを大きくしていき、今の自分の限界の大きさを目指す。
「……魔法、確か、ケフュレスさんに教わったとサーバルさんから聞きました」
「……まぁな」
いつの間にか、フィリアはベッドの感動を終えていた。
アーシャの手の中が良く見える場所に移動し、形成されている光をまじまじと見つめてきた。
「それにしても意外でした、あのセクハラエルフが」
「ああ、あれでもヴェイザーが創設されて約三十年、最初期からスコールチームの狙撃手として戦い続けてきた、実力者だ」
「そ、それはまた、凄いですね」
「ああ(……そう言えば、もう創設時のメンバーの生き残りは、アイツを除くと、もう四人だけか、いや、そんな事、今はどうでもいい)」
不意に創設時のメンバーが過ぎったが、それよりもアーシャは目の前の事に集中する。
何しろ今回の戦いで、またもや実力の差という物を見せつけられた。
「けど、同じ師匠持ってるってのに、私はまだ初歩でつまずいている」
悔しさを孕みながら呟いたアーシャは手の中で、形成した光の玉をその手で潰した。
今回の最高記録はテニスボール程度、ライトニングチームは全員サッカーボールレベルの物を作れる。
「クソ」
「……」
俯きながら歯を食いしばったアーシャは、拳を握り締めながら今日の戦いを思い返した。
レッドは勿論だったが、オセロットやラケルタも以前より上達している。
同じ道を歩いている筈なのに、未だに彼らに追い付けるヴィジョンが見えない。
「(私には、力が要るってのに、いつまで、こんな……)」
自分の手の平を眺めるアーシャは、両手で自分の顔を覆った。
彼らであのレベルという事は、他にも実力者が居てもおかしくはない。
「(こんな所で、足踏みしてる場合じゃないんだ)」
「ま、マス、ター?」
首を傾げたフィリアは、ゆっくりとアーシャへと手を伸ばす。
「(劣等感なのは間違いないが……何だろう、私が思っていた物と、何か、ベクトルと言うか、方向性と言うか、ニュアンスと言うか……)」
三人に追い付けないという焦りから来る劣等感、それがフィリアの読み解いたアーシャの内心だった。
だが今の彼女の表情や言い回しからは、別の感情が見え隠れしているように思える。
「(私の予想と、何かが違うような)」
疑問を募らせるフィリアは、アーシャの右腕へと目を向けた。
そこには、以前スキャンした時に気付いたアーシャの火傷痕がある。
少なくとも、アーシャが何かに怯えている事に関係しているのは間違いない。
「(火傷の痕……一体何があった?)」
気になったフィリアは、おもむろにその傷へと手を伸ばしてしまう。
「あの、マスター、この傷は」
「ッ!触るな!!」
「あ」
まるでナイフを突きつけられたような形相のアーシャに、フィリアは手を弾かれてしまった。
弾かれた手をさするフィリアは、改めてアーシャへと目を向ける。
「……」
「(な、なんだ、あの表情)」
開かれた瞳孔に、突如溢れだしてきている汗。
腕を抑えながら肩で息をするアーシャの姿を前にして、フィリアは息を飲んだ。
デリケートな場所に踏み込んでしまった事を察したフィリアは、すぐに頭を下げる。
「そ、その、すみませんでした」
「……」
「(コマンダーが、彼女は怒りを孕んだ怯えを持っていると言っていたが、やっぱり、あの傷が原因か?)」
この艦を案内される前にコマンダーに言われた事を思い出し、フィリアはもう一度アーシャの右腕へ目を向ける。
怯えるアーシャにまた踏み込むのは気が引けるが、どうしても気になってしまう。
「……その、火傷は、一体」
「……黙れ」
「あ」
気まずい空気で聞いたのがいけなかったのか、アーシャは毛布の中にうずくまってしまった。
「(今の彼女の精神状態じゃ、何も聞けそうにないな)」
今のアーシャにどう踏み込もうと、アーシャの傷をえぐってしまいそうだ。
「(今の彼女の表情、PTSDを患った兵士に、よくみられる顔だった)」
アーシャの表情をキッカケに、フィリアはコマンダーに言われた事を思い出す。
「(子供に怯えている、か……そして、痛みを孕んだ恐れ)」
現段階では情報が少なすぎるおかげで、フィリアは結論を出せなかった。
一番有益な情報を聞き出せそうなサーバルは、現在眠っているので聞く事はできない。
「(……よし)」
もう本人には聞けそうにないので、他の面子に聞いてみる事にした。
立ち上がったフィリアは、部屋を飛び出す。
その足は、自然とライトニングチームの元へと向かった。




