世界の歪み 後編
五十メートルはあるのかという巨大な壁に阻まれた都市。
現在の技術で、維持が可能なのかという疑問ばかりが湧き出てくる代物だ。
「あの壁は一体……な、何か、見られたくない物でも有るんですか?」
「普通の城壁と変わらない、魔獣や外敵相手の防衛装置だ、今は格納されているが砲台なんかもある」
「そ、そうですか」
アーシャからの解説で壁への興味を抑え込んだフィリアは、わざわざ甲板まで上がった理由を思い出す。
「……あの、それで、私の質問の答えは」
「……あれだ、あそこに書いてあるロゴだ」
「ロゴ?」
徐々に近づいて来る巨大な壁に指を指すアーシャに続き、フィリアは自身に内蔵されているズーム機能を使用して形状をスキャンする。
斜めに描かれた無限大を意味する文字に交差するように、DNAの二重螺旋が描かれたロゴ。
それは裸眼でも、かろうじて目視できる位の大きさで描かれている。
フィリアの記録にも、存在しているロゴだ。
「確か、あれは傭兵派遣会社の」
「そうだ、傭兵派遣会社って言うよりは、傭兵斡旋会社に近いけどな」
「当時もそうでした、たしか、人魔大戦時は冒険者ギルドと呼ばれていたそうですね」
「らしいな、崩壊戦も漁夫の利で生き残ってから、今でも活動を続けている」
「(……私の時代と業務内容が同じだとしたら)」
記憶を巡らせるフィリアは、彼らの業務を思い出す。
傭兵達を斡旋以外にも、技術と物資の支援も存在している。
「……まさか、現在でも技術を維持できているのは」
「そうだ、奴らからの技術と知識の提供が有っての事だ、ま、粒子兵器だけは奴らでも解らないのか、独占してんのか解らないが、頑として教えてくれないけどな」
「な、なるほど(それで、か……粒子兵器は強力な分、対策もいくらか存在する、初見殺しのアドバンテージを得る為か?)」
フィリアが眠りにつく以前の記憶で鮮明なのは、戦っている時の勢力や戦闘データ。
当時はあらゆる勢力が、対策が練り合うイタチごっこ状態だった。
仮にエターナルが粒子兵器の技術を独占しているとなれば、圧倒的な抑止力を保持する為ではないかと、フィリアは仮定した。
「……では、現在は彼らが世界の覇権を握っていると?」
「どうだろうな、基本技術提供止まりで、争いは専守防衛や報復程度、町も運営しているとは言え、表立った支配行為もしていないからな」
「(……やはり、実質は裏から牛耳ってる状態か)」
アーシャの言う専守防衛や報復がどのような物か解らない。
全盛期の技術をふんだんに使用した兵器と今の戦力で戦う事になると想像したら、悪寒を伴った身震いをしてしまう。
「後、今は傭兵派遣会社とは皆呼んでいない、奴らを管理統制していたAI、その名前と同じ『エターナル』だ、アイツ等の事を呼ぶときはそう呼べ」
「分かりました、エターナル、ですね?」
「そうだ」
エターナルとは、冒険者ギルドが傭兵派遣会社として名を変えた際、登録している傭兵一人一人を管理する為に制作されたAIの名称。
組織の母体を支援する物でもあり、現在はその名称をそのまま流用して呼ばれている。
「(まぁ、個人の安全までは支援してくれないけどな)」
ただし個人的な安全等の介入までは行わず、あくまでも完全な中立の立場からビジネスを行っている。
モラルや法律は全て領主となった者が実権を握る為、個人の身は個人で守る必要がある。
その事実をかみ砕きながら、アーシャは携帯食を取りだし、すぐに完食する。
「では、エターナルを運用している方々は、今頃王様気取りでしょうね」
「……いや、そうでも無い」
口をぬぐうアーシャは、内心ではフィリアの言葉に賛同しつつも口頭では否定した。
それは運用している人間が居れば、の話だ。
「どういう事ですか?」
「誰も見た事が無いし、聞いた事も無いんだよ、その運用とかをやってる人間を、つまり、今は実体が有るかさえも解らない」
アーシャの解説に、フィリアは冷や汗をかいた。
脳裏に映画のような現状を思い浮かべ、仮説をアーシャへ告げる。
「下手したら、AIだけが独り歩きしていると?」
「ああ、そのAI様に、どんな考えが有るかは知らんがな」
フィリアの畏怖の対象はもはや壁には無い。
目的を見失って稼働を続ける機械。
下手をすれば、サラマンダー以上の脅威になりかねない。
「……そうだとしたら、サラマンダーの技術はどこから、あれこそ彼らの脅威でしょう」
「あー、確かに、あの機体の技術だけは提供されていないな」
「え、では」
「仲のいい友人が居るのさ、ソイツから教わった技術で、ウチの整備士やケフュレスが整備している」
「……そ、そうです、か(あ、あの変態がねー)」
友人が誰なのか気になったが、それよりもケフュレスがそんな重要な任務に就いている方が驚きだった。
「(そう言えばここに来る前、何か整備があるとか言ってたけど、サラマンダーの事かよ)」
もうこの世界の現状よりも、ケフュレスの方が気になってしまう。
表情を引きつらせているフィリアを目にするアーシャは、彼女の気持ちに共感して苦笑する。
「まぁ、そんな顔になるわな」
艦船用の整備ドッグが徐々に近づく中で、アーシャは腕時計で時間を確認。
楽しい食事の時間が迫って居る事を認識し、ついでに食堂の場所を教える事にした。
「……さて、そろそろ飯の時間だ、来い、ついでに食堂も教えておく」
「あ、はい!(携帯食今も食べてるのに、よく入れようと思うな)」
外と現在の事を把握するなり、アーシャはさっさと食堂へと移動を開始した。
それを既に二本も携帯食を食べていると言うのに、腹ペコな様子を出すアーシャに苦笑しながら、フィリアは彼女の背中を追いかける。




