巨人と少女 前編
フィリアがソウリュウを訪れた翌日、その昼下がり。
多くの隊員が昼食を終えてそれぞれの任務や休憩をしており、目を覚ましたアーシャも診察後に通常任務へ復帰した。
今日の哨戒任務や食事も終えたので、艦内に併設されたジムに訪れていた。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
見慣れた顔の多いジム内で、アーシャは銀色のバーベルを担ぎながらスクワット運動をしていた。
遠征中は鍛える為というよりは身体が鈍ってしまわないように運動する為の場所であるが、彼女の場合は本格的に鍛えていた。
呼吸は一定に、脚に大きく効率良く負荷がかかるように腰を上下させる。
担いでいるバーベルの重みや、負荷の効率を追い求めたやり方、全体の六割以上を占めるという下半身の筋肉を総動員させる事で、汗は滝のように流れ出ている。
そんな彼女は、同じくジムで運動する隊員達の目を引いていた。
「あ、相変わらずだな」
「ああ、それに、ますます女らしい身体になったな」
「あの人に言い寄られて、押し倒されたら私……」
周りの目を気にしていない彼女の恰好は、スポーツブラの上にタンクトップ、更にスパッツと言う運動向きでは有るが、抜群のプロポーションを際立たせてしまう物。
おかげで男女問わず視線を吸いつけてしまっているが、アーシャの集中力はそんな目を気にしておらず、同じ部隊であるサーバルとケフュレスも釘付けになっていた。
「……アイツ本当に脳筋だよな、周りの目も気にしてねぇし、馬鹿みたいに鍛えちまって」
「そうそう、やっぱり胸の谷間の汗か、脇の汗か、どっちが良いのかは人類永久の議題だよね」
「誰もそんな事言ってねぇ」
「え、何?サーバルちゃんもしかして下半身派?まぁ、それもいいけど」
「だからそんな事言ってねぇ」
「だよねー、キノコかタケノコかって聞いてる位デリケートだもんねー」
「あーもううるせぇ……つか撮影何かしたらまた殴られるぞ」
「グヘヘ、それもまた良きかな」
「……」
小型のカメラでアーシャの姿を撮りまくるケフュレスをしり目に、サーバルはストローでスポーツドリンクを吸い込みながらもうどうでもいいと言う表情で話を続ける。
「で?今は何キロなんだ?」
「うーん、筋肉の重みを換算しつつ、お胸の重みを除いて、今は八十キロくらいかな?」
「体重じゃなくてバーベルの方だ」
「なんだそっちか……そうだね、二トンくらいかな?ほぼマックス、今度もうちょっと重くできるように調整しようかな?」
「たく、どうなってんだ?タイタン族ってのは」
アーシャの持っているバーベルは、実はケフュレスが作った特別製。
魔力を込める量によって重量を変化させる事ができ、最低で紙一枚分程度から最大で二トンと言う重量を出せる。
最大重量は冗談半分で設定したものだが、ヒューム以上のパワーを引き出せるタイタン族故に潰れる事も無くトレーニングを行っている。
休憩がてらに彼女を眺めていると、ケフュレスの携帯に着信が入る。
「……ん?あ、コマンダーからだ」
「え?」
「は~い、しもしも?」
「(古)」
何とも古い相槌をうちつつ、ケフュレスはコマンダーからの話に耳を傾ける。
「はいは~い、伝えときま~す」
多少頷いた程度で通話は終了し、ケフュレスは携帯をしまう。
「……何だって?」
「えーっと、フィリアちゃんの事、執務室にアーシャちゃん呼んでくれって、お願いね」
「何で俺だ」
アーシャが携帯の電源を切っていた事にも少し怒っていたが、それよりも重要な部分をアーシャに伝えて欲しいとサーバルの肩を軽く叩いた。
「私だと本題に入る前にトレーニング機具二、三個壊しそうだから、なんなら今もちょっと限界」
「……確かに、仕方ねぇか」
「あ、それとね」
今のアーシャに近づいたら、間違いなくセクハラの一つや二つをしてしまう。
そうなってはここの道具をいくつも壊す事になると気付き、サーバルは重たい腰を上げた。
ついでに一つの注意事項も伝えられ、サーバルはアーシャの元へと移動する。
「……おーい、アーシャ」
「ふぅ……」
「おーい!……相変わらずスゲェ集中力、けど」
伝言をするためにサーバルが大声を出そうとも、目を閉じながらスクワットを続けるアーシャにむしろ感心してしまう。
それより驚きなのは、彼女の今の体温が異常なのか、今のアーシャはストーブのように熱を発している。
それを現しているかのように、身体の表面は僅かに陽炎が発生している。
集中している所悪いが、コマンダーからの伝令が有るので邪魔させてもらう。
「……フッ!」
「ッ!?」
かなりの集中を見せていたアーシャだったが、サーバルが至近距離から殺気を放った事でようやくトレーニングを中止した。
集中する為に携帯の電源を切る彼女でも、やはり殺気をぶつけられては中断せざるを得ないようだ。
「何だ、お前か」
「悪いな、コマンダーがお呼びだ」
「コマンダー?何で今」
「さぁな、フィリアの事らしいが」
「……なら、代わりに行ってくれ、戦い以外であのガキに関わりたくない」
「たく」
フィリアの事であると告げた瞬間、アーシャはスクワットを再開してしまう。
この状況は想定されており、何が何でも行かせる為の注意事項もケフュレスからの経由で伝えられている。
「言っておくが、断ったら教官殿からの修正が待ってるぞ」
「ッ」
教官であるレイブンの修正、簡単に言えば不誠実な隊員を殴って渇を入れるという物。というか体罰だ。
断ったらそれが待っていると伝えられ、アーシャは嫌そうな顔をしながらスクワットのまま硬直する。
しかも膝を曲げきる一番キツイポイントで固まっており、自分の中の何かと葛藤する。
とは言え、顔にくらえば数日食事もままならなくなる一撃を受けるか、予定通りフィリアの面倒を見るか、この二択だ。
子供嫌いのアーシャでも、選択肢があるようで無いような物だ。
「分かった、行けばいいんだろ?」
「分かればいい」
「クソ」
悪態をつきながらも、アーシャはバーベルから魔力を抜き、その場に置いた。
軽く水分を補給しつつ、携帯の電源を入れてコマンダーへと電話をかける。
本日はもう一本投稿します。




