小さな浦島 後編
フィリアを病室へと残したコマンダーはドクに彼女の事を任せ、執務室に戻る為に医務室から退室していた。
見慣れた無機質な通路に出るなり、その前に二人分の影が視界に入り込む。
「……何をしている?」
「あら司令官、ごめんなさいね、この筋肉ダルマが自分の顔気にしちゃってしょうがないのよ」
「黙れフェルメーラ」
二人の影の内一人は未だに怖がられた事を引きずるレイブンだったが、もう一人はナース服に身を包む褐色肌の女性。
ちょうどアーシャの診察を終えたフェルメーラが医務室に戻って来たのだが、先ほどフィリアに怖がられてショックを受けたレイブンの介抱をする羽目になったのだ。
「……レイブン」
「何だ?」
「……とりあえず、眼鏡でもかけてみるか?以前の戦いで、目が悪くなっているのだろ?」
「そうだが……」
コマンダーに以前の戦いで受けた頭部の傷を示されたレイブンは、手術で僅かにはげた部分を軽く触れた。
まだ現役で最前線に立っていた頃に、強敵から頭に銃弾を受けた影響でレイブンは視力が低下した。
当時ケフュレスも隣で戦っていたが、彼女の回復魔法では体内の異物を取り除けないので後から手術で摘出したものの、その際に視力の低下が確認された事でレイブンは後継に後を任せて今はコマンダーの補助を行っている。
「それで目つきが直ったら苦労はない」
「あら、でもいいんじゃないの?視力が低下すると余計に目つきとか悪くなるし」
「……」
二人の記憶でもレイブンの顔はそもそも怖い物だったが、最近の戦いで受けた怪我による視力の低下で余計に目つきが悪くなっていた。
それで顔つきが改善されれば苦労は無いが、仕事に支障が出る事に変わりないので、眼鏡の調達を検討しておく事にした。
「……フェルメーラもこう言っている、医者のアドバイスは真摯に受け止めるべきだ」
「コイツ眼科医じゃなくて精神科医だろ」
「正確には心療内科よ」
「同じだろ」
「似てるけど違うのよ、精神的な事が原因で来る症状を診る感じね、まぁ私の場合不眠の改善程度しかできないけど、貴方達も悪夢にお困りなら遠慮しないで相談しに来なさいよ」
サキュバス、夢魔とも言われる種族であるフェルメーラは、他人の夢に干渉する能力を持っている。
彼女はその能力を用いて医療スタッフとして活動している事を改めて告げつつ、フェルメーラはやたらセクシーなポーズを取った。
「……フェルメーラ、ウチでは基本的に服装は自由だが、あまり過激な服装は慎んでほしい、女性スタッフからも、よく苦情が来ている」
種族柄なのか、フェルメーラの好む恰好は、今のミニスカナースのような自らの身体を強調する物。
タイトなミニスカートとニーソックスで太ももは際立ち、種族由来と言える大きな胸部もかなり強調するような際どいコーディネートをしている。
この恰好やサキュバスである、と言うせいも有って、女性陣からはそれなりに苦情が来ており、コマンダーも頭を抱えていた。
「あら、男性陣からは人気なのよこれ、それに私達サキュバスって夢からじゃないとご飯食べた事にならないのよ、妄想なんかからも摂取できるから、この恰好見た連中の妄想で小腹が満たせるのよ」
「……そうかもしれんが、もう少し謹んで欲しい、風紀の乱れに繋がる、なにより、ケフュレスも調子に乗りやすい」
「……」
風紀云々は置いておき、一番困るのはケフュレスが調子に乗る事。
基本的に脳内ピンク色の変態エルフであるケフュレスは常日頃そう言う事を考えているので、同族のサキュバスも何人か手を出されている。
変に煽るような恰好をしてまたセクハラを受ける事を考えると、もう少し控えた方が良いと考えてしまう。
「はぁ、解ったわよ、今度からもう少し気を付けるわ」
「……わかればいい」
「ああ、それと……」
服の注意を最後にしようかと思ったフェルメーラだったが、一つだけ報告が有った事を思い出した。
「アーシャだけど、また悪夢の症状が出たわ、今は私の能力で寝ているけど、経過次第では現実の方でもガス抜きが必要になるわね」
「……何時ぶりだ?」
「三年位かしらね?何か想起させる原因でも有ったかしら?」
「……そうか、お疲れ様だ」
「どうも」
報告を終えたフェルメーラはコマンダーに一礼して医務室へ戻って行き、彼女の事を見送った彼らは執務室へと戻ろうとする。
足の怪我の影響でそれ程早く歩けないコマンダーに合わせ、大柄なレイブンも歩調を合わせながら話を開始する。
「それで?あの娘はどうする気だ?」
「……一先ず、ウチで預かる事は確定だ、世話はアーシャに任せる」
「良いのか?アイツの子供嫌いは相当だぞ」
「……良い薬だ、それにフィリアの記憶も気になる、スコールや他の連中からの刺激で、何か思い出すかもしれない」
「だと良いんだが」
細かい事は後で考えるとして、今の所考えている事はこんな所だった。
アーシャは子供嫌いだが、今はスコールチームの隊長と言う立場に有る。
個人的な感情で任務に支障を出さないように、多少の矯正を目的として彼女にフィリアの面倒を見させる事にした。
その上で、他の隊員との関りを通してフィリアの記憶に影響が有ればと言う期待も有る。
「……それで、あの子供にはどこまで話した?」
「……はなし?」
「この世界についてだ、報告によれば、あの娘は今や浦島状態だ、知りたい事は山ほど有るだろう」
「……それ程話してはいない、今全てを話しても、アイツは全て飲み込めないだろう」
今のこの世界について無知でしかないフィリアへの説明は、コマンダーも頭を悩ましていた。
崩壊戦と言う長期にわたる大戦の末、今この世界がどのような変化を遂げたのか。
今全てを話そうと、彼女が全て受け止められるとは思えない。
「……彼女が活動していたのは五十年前、か、当時でも、確か全人型種族をかき集めて、六十億は居た筈だ」
「ああ、それに崩壊戦前の人口は百億を超えていた、だが……」
フィリアが眠りについたという五十年前。
その当時は全ての種族を合わせて七十億と言う人型種族がひしめき、大きな戦争を続けて来た。
やがて全ての陣営が共倒れし、なし崩し的に終戦したのは今から三十年程前の事だが、聞いていた話を思い出すコマンダーは眉をひそめる。
彼らの足は外の景色を見られる区画へと到達し、その目は荒廃した世界へと向けられる。
「……」
地上を海のように遊覧するこの船の下は、かつて人々が暮らしていたと思われる痕跡の残骸が散乱している。
ここにはかつて話に聞いていたように、百億を超える人類の一部が住んでいた筈だ。
だが、今となっては見る影もない。
「今や、一億に達するかもわからない程、だからな」
全ての人型種族を合わせても、全盛期の百分の一に達するかもわからない。
それだけしか生き残っていないというのに、人々は今でも戦争を続けている。
この荒廃した世界で、生き残るために。
「……町には明日の夜頃に着く予定だったな」
依頼主の住まう町までの時間を考えつつ、コマンダーは執務室へと戻って行った。




