小さな浦島 中編
地上移動艦ソウリュウ、その医務室にて。
改めて司令官と目を合わせるフィリアは、彼の事を観察していた。
「……第七世代型強化人間、名称は、フィリア、か」
「は、はい(このオジサン、なんか、影がある……のか?)」
種族はドクと同様にヒュームであるのは一目瞭然であり、スキャンによれば銃創の影響と思われる古傷で足に障害が有るらしい。
それは良いとしたフィリアは、コマンダーの表情へと目を向けた。
生きて来た年数と疲労を現すように顔にはシワが刻まれており、気難しい雰囲気を醸し出している。
「……約五十年、コールドスリープ状態、だったようだな」
「はい、前マスターの命令により、現マスターの到着までカプセル内で眠るように、と」
重々しくゆったりとしたコマンダーの話し方と低い声に耳をかたむけ、フィリアはカプセルで眠っていた経緯を説明した。
眠りにつく前の事はそれ以外ほとんど覚えておらず、昔の仲間達も朧気程度にしか覚えていないので、これ以上の質問には答えられそうにない。
「……何故そんな事に?」
「それが、理由は、その、すみません、その部分の記憶が無いようでして」
「……では、何故アーシャをマスターに?」
「目覚めて最初に目に映った人物、それが、私の真のマスターであると言われました、そして、彼女にマスターとしての権限を移し返すことが、彼からの最後の命令、と言うのは覚えているのですが……今となっては、ちゃんとした記憶なのかも怪しく」
カプセル内で眠る事となった理由や、アーシャをマスターとして登録した訳。
大半の記憶を失っているこの状態では、口にした言葉が正しいのかさえも怪しい。
それどころか、さっき思い出しかけた友人と言うのも存在が疑わしい。
「……それで、お前の記憶は、戻るのか?」
「……こういった時の為に予備の記憶領域があるのですが、厳重なロックがかかっている為、私一人の力では」
現在失われているか、あやふやになってしまっているフィリアの記憶。
こういった時を想定した記憶のバックアップの開錠を試みていたが、必要以上のロックのせいで未だに解放できていない。
それを告げられたコマンダーは、顔から手を離す。
「……その事に関してドクから話を聞いている、こちらのハッカーに開錠を依頼しているが……今も連絡が無い事を考えると、まだ終わっていないのだろうな」
「そうですか……」
「……だが心当たりは有る、機会があれば、ソイツに頼んでも良いだろう」
「あ、ありがとうございます……ですが、私の記憶なんて、何に」
「……特に理由はない、それより、お前のこれからの事だ、俺としては、ウチで経営する孤児院に引き取ってもらう事を推奨している」
「(一人称俺なんだ)」
無理矢理記憶に関する話を打ち切り、コマンダーはフィリアのこれからの事へ話の舵を切った。
孤児院何て物を経営している事に驚きながらも、フィリアは迷う事無く自分の進路を告げる。
「もちろん、マスター、いえ、アーシャさんに付き従う所存です、私は強化人間、主をこの身を挺して守る事だけが、私の存在理由ですから」
強化人間であるフィリアは、自分は兵器であるという事を刷り込まれて来た。
記憶は曖昧でもそれだけは自分の存在理由であるという事は身に染みており、確実に本当だと胸を張って言える。
たとえ会ってまだ一日も経過していなかろうと、主となったのであればこの身体がどうなっても構わない。
コマンダーは、フィリアから覚悟を込められた眼差しを向けられる。
「……そうか、お前がそうしたいのであれば、尊重する、話はこれで終わりだ、今のこの世界の事は、いずれ説明する、今日は休め」
「は、はい」
キョトンとするフィリアを置いて、コマンダーはドクの手も借りながら立ち上がった。
杖の音を響かせて退室していく彼の姿を横目に、フィリアは自分の身体へと視線を落とす。
「(……私は、一体)」
混濁する記憶に、長い時間の流れ。
中途半端に残った記憶のせいでフィリア自身の認識を曖昧にし、今自分の名乗っている名前さえ本当の物か解らなくなってきた。
だが、確かな事実も有る。
「(けど、今の私のマスターは彼女、今は彼女に付き従う事が、私の任務)」
チョーカーに刻まれた魔法陣に触れながら、フィリアはポジティブに思考する。
何であれ、最上級の主従契約を結んだ事は事実。
反射的な自分の行動と首の枷に偽りは無い事を信じ、今は任務を果たす事を決めた。




