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転生勇者が世界を救って300年、世界は荒廃しました  作者: B・T
第一章 子供嫌いの巨人

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小さな浦島 前編

 終わりも、止め所も解らない戦いの中。

 主人の望む通りに、自分の陣営が勝つために。

 時に銃弾として、ナイフとして、爆弾として、戦場を奔走する。

 耳に響くのは銃声や爆音だけではなく、無線からの断末魔や錯乱する誰かの泣き言。

 目に飛び込むのは、ただの焦げた肉の塊になった同類や敵の兵士、もしくはどんな人型種族で有ったかさえも解らないレベルで損壊した物。

 鼻には焼け焦げた肉と鉄の臭いが突き刺さる所へ、更に腐臭までもが混ざり込んだ悪臭に襲われる。

 感覚のマスキングによって罪悪感を抑制しても、嫌な記憶として想起される。


「(嫌な記憶だ、けど)」


 医療の診察を受ける際にスリープモードに入っていたフィリアは、分厚い雲の中を泳ぐ気持ちになりながら自分の記憶を探っていた。

 目覚め方の不備で安定していないが、ずっと一緒に戦っていた同類の事は徐々に解って来た。

 何時も一緒にタッグを組み、先陣を切っていた戦友。


「……れい、じ」


 今にも消えてしまいそうな位か細い声でつぶやいたフィリアは、可能な限り記憶を修復して目を覚ました。

 時を合わせるようにして、フィリアの目にペンライトの光が指し込む。


「ッ」

「おお、目を覚ましたか」


 眩しさに驚くと共に、向けられていたライトは離れて行った。

 スリープ状態は人形と見間違えるレベルで体の機能を止めるという事も有って、意識に異常が有ったのだと誤解されたのだろう。

 頭の中でそんな風に処理したフィリアは上体を起こし、現状の確認へと移る。


「(……状況の確認を開始)」


 衣服は病人用の物だろうか、薄い緑色の長袖と長ズボンが着用されている。

 座っているのは簡素なベッドで、カーテンによって四方は遮られている。

 近くには点滴の道具がセットされ、中身は今もフィリアの中へと流し込まれている。

 そして診療していたと思われる医療スタッフは今も隣で作業を行っており、フィリアの目は彼の方へと向く。


「(……誰だ?このハゲ)」


 視界に入り込んで来たのは、薄めの頭を持った初老の男性。

 白衣に身を包む彼は周囲を確認し続けていたフィリアを軽く診断しつつ、かけている丸い眼鏡を時折直す。


「ああ、私は、そうだな『ドク』とでも呼んでくれ」

「……ドク、さん?」

「そうだ、それと、君は六時間ほど寝ていてね、その間に色々と調べさせて貰ったが、やはり君の身体に関するデータはまるでなくてね、恥ずかしい話、何も解らなかった」

「……そう、ですか」

「だからこそ、少しでも情報を集めさせてくれ」

「(……そんなにも)」


 情報を集める為に首にかけられる聴診器を耳に着用したドクの言葉を聞いて、フィリアは彼らの現状をある程度察した。


「(古い、何もかも、私が知っている世代より、最低でも二世代は)」


 今乗っている艦を除けば、フィリアが目にしてきたものは全て旧式の物。

 アーシャ達の話やドクの発言、それらから察するに、もうこの世界ではかつて常識であった強化人間の技術は既に失われているのだろう。

 下手をしたら、第七世代型強化人間の調整を行う技術さえない可能性がある。

 だが、彼が現マスターであるアーシャの仲間であるのであれば、診察を通して強化人間の情報をもたらせる事に繋がれば喜んでこの身を捧げるつもりだ。


「(けど、これがマスター達の為になるのであれば)」

「すまないが、お腹を見せて欲しい」

「……はい(そんな古典的な方法を用いなければならないとは)」


 フィリアからしてみればかなり古い方法だが、医師の指示に従う。

 貸し出された病人服をめくりあげ、年相応の形状をしたお腹をさらけ出すと、聴診器を軽く当てられる。


「はい、息を吸って」

「……」

「吐いて」


 ドクにどれだけ医療知識と技術が有るかは不明だが、この診断で解る事が有るのであればと、フィリアは言う通りにする。


「はい、お終いだ」

「はい」


 診察は終了し、フィリアは服を戻す。

 医師は手持ちの端末にデータを入力してカルテの制作を開始すると、ドクは何かを思い出したかのように「あ」と漏らす。


「そうだ、君の目覚めは既にウチのコマンダーに送ってある、会って話がしたいという事だが、大丈夫か?」

「……マスターの、司令官、と言う事ですか?」

「マスター、ああ、アーシャ君の事か、そう認識してもらって構わない」

「では、私の方から伺います」

「いや、もう既に来ているらしい、彼からしてみれば、君は客人だからな」

「ですが」

「それに、そんなお堅い物じゃなくて、ちょっとした顔合わせ程度だ、気にする事は無い」

「……はい」


 ドクからの言葉に頷きながら、フィリアは自身の足に込めていた力を抜く。

 顔合わせ程度であっても、自身のマスターの上官である事に変わりは無い。

 本来であれば向かう側であるというのにこうして待っている立場である事に、フィリアは頭を悩ませてしまう。


「(……来たか?)」


 しばらく座っていると、病室の扉が開く音と共にフィリアの耳に二人分の足音が入り込む。

 だが、その音に交じって杖を突く音も響いている。

 ドクも音に気付いて立ち上がり、おもむろにカーテンを開けて敬礼を送った。

 彼に合わせるためにも、フィリアは今度こそ立ち上がって姿勢を正す。


「……ご苦労だったな、ソイツが、話に聞く強化人間か?」

「そうだ、ただ、アーシャ君の流れ弾で記憶領域に不備があるようだ、あまりキツく当たらないでくれよ、コマンダー」

「……そのつもりだ」


 今ドクの話している男性、それはフィリアの目にも映っていた。

 士官用と思われる軍服に身を纏い、杖を突く白髪の初老の男性。

 ドクの接し方がやや気になりはするものの、発言内容からして彼がこの傭兵団をまとめる司令官と言うのは解った。

 だが、彼よりも気にしてしまう人物が一人、恐らく司令官の護衛と思われる人物へフィリアの意識は持っていかれてしまう。


「(あ、赤鬼族)」


 コマンダーの近くで腕を組みながらただならぬ威圧感を出す男性。

 額に二本の角を生やし、フィリアの胴回り程は有りそうな程太く屈強で、歴戦の猛者を彷彿とさせる古傷の刻まれた腕に、胸板も着ているTシャツが弾けそうな程に厚く鍛えられ、体格もアーシャより二回りは大きい。

 赤みのかかった肌を特徴とする赤鬼族と呼ばれる種族の大男、フィリアも何度か遭遇して討ち取った経験はある。

 だが、本能と直感がずっと警戒アラートを響き渡らせている。


「(……ヤバい、勝てない、コイツには、どうあがいても)」


 初めてと思える位明確な恐怖が、フィリアへと襲い掛かって来る。

 今まで将棋の歩のように前進しか許されず、これからもその信念は曲げないつもりでいたが、今はすぐにでもアーマーを展開してこの部屋から逃げ出したくなっている。

 恐怖で体を小刻みに震わせながらも、フィリアは敬礼を錆びついた人形のように行う。


「は、はじめ、まし、て」

「……ああ、さて、話をしようか、だが、その前にレイブン」

「何だ?」

「……悪いが、お前は外に出ていてくれ、彼女が怯えてしまっている」

「……な、何故だ?」

「……顔だろ」

「……」


 司令官に顔の怖さを指摘された大男は、影の落ちる自分の顔に手を置いた。

 確かにフィリアから見てもそもそも怖い顔立ちなのだが、昔の切創や火傷のような痕が怖さを更に際だててくる。

 実際には彼の内に秘められる絶対の暴力を感じ取った結果なのだが、顔が怖いと言われた事に不満をあらわにする。


「そ、そんな事無いと思うぞ、確かに訓練中の部下には厳しく当たるが、子供には子供に対しての」

「……お前がそう思っていても、本人が怖がっては意味がない、そもそも笑みの一つも滅多に見せないだろう」

「わ、わかった、笑えばいいんだろ?」


 視界に入り込んで来た時からむつかしい顔を浮かべていた大男は、言った事を実現する為にフィリアの前に座り込むと、笑みを浮かべる。


「へ、へへ」

「ヒッ!」


 カプセルから解き放たれ、基本無表情に近い顔をして来た筈のフィリアは、この時初めて表情を恐怖一色に染め上げた。

 大男の浮かべた笑みは、子供へ向ける朗らかな物では無く、さながら獲物を見つけた猛獣の如き形相。

 この恐ろしい表情を浮かべられた事で、反射的にアーマーを展開してしまった。


「……」

「あわ、あわ」


 しかも驚きで腰が抜け、心臓もとんでもない速度で収縮を繰り返し、汗もどんどんにじみ出ている。

 感覚のマスキングにはアーマーを展開してから数秒かかるので、その間言いしれぬ恐怖に襲われた。

 今までに無い位の危険信号を身体が放っており、目を涙で軽く濡らしてしまっているフィリアの様子に大男は顔を俯かせてしまう。


「……すまん」


 一言呟き、大男は退出して行った。

 虚しく閉まった病室の扉によって冷静さを取り戻したフィリアはアーマーを解除し、自分の過ちに対してコマンダーへと頭を下げた。


「……そ、その、すみません、ご、護衛の方を、傷つけてしまって」

「……ああ、話の後で、本人に謝るといい」

「は、はい」

「……さて」


 司令官はフィリアの手を握り、立ち上がる事を手伝った。

 おかげで再びベッドの上に腰掛けられる事ができ、フィリアは改めて司令官と目を合わせる。


「あ、ありがとうございます」

「……ああ」


 パイプ椅子を持って来た司令官は杖で体を支えるように座り込み、真剣な顔をしながらフィリアと目を合わせる。


「……では、どこから話そうか」



本日も続きを二本投稿します。

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