悪夢 中編
アーシャが仮眠を初めてしばらくして。
時計の針達は、セットした時間を目指してチクタクと動き続けている。
その傍らで、アーシャの身体は徐々に汗が溢れ出す。
表情も苦しみを帯びていき、鼓動も走った後であるかのように早くなっていく。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
次第に呼吸も荒くなり、身体も暴れるように動きだす。
「ああああ!」
絶叫と共に右腕を抑えたアーシャは、ベッドから転げ落ちる。
衝撃と痛みで完全に目を覚ますなり、異常な吐き気に襲われてしまう。
「ん?」
「グ、ウッ!!」
手で口元を覆い隠しながら立ち上がると、ドタドタとトイレへと駆けこんでいく。
その姿を見ていたケフュレスは、眉をひそめながら手にしていた本に目を落としつつ携帯に手を伸ばす。
彼女の事を気にも止める事無く個室へ入ったアーシャは、間髪入れず便器に顔を突っ込む。
「オエッ!オエッ!!」
何とも苦しそうな声と共に、トイレへと胃の内容物を吐き出した。
「(クソ!クソ!クソ!何で今になって、クソ!)」
吐いたおかげで一旦は落ち着き、こうなった原因を想起しながら拳を力強く握り締めだす。
感じたくも無い記憶が掘り起こされ、それが身体の震えとなり、動悸を引き起こし、異常な吐き気に襲われた。
「……クソ」
苦しさに伴って襲い掛かって来る哀しみで、汗だけでなく涙まで雨のように流れ落ちる。
植え付けられた二つのトラウマの内一つが想起された事で、連なるもう一つのトラウマが掘り起こされた。
「(奪われた、家族も、友人も、純潔も、尊厳も……)」
まだ小刻みに震えるアーシャの頭は、勝手に当時の事をフラッシュバックさせる。
耳を覆いたくなる断末魔と、それを生み出す銃声達。
むせ返るスス埃の臭い。
血を流して倒れる両親。
そして、心も体も汚してくるクズ共。
「(……あいつらの、せいで」
何度ももう止めて欲しいと懇願しても、返って来る言葉は一つだけ。
『止めてやるよ、テメェが死んで使い物にならなくなったらな』
アーシャ以外にも向けられたその言葉は、耳と頭に焼き付いている。
「……もう二度と、奪われてたまるか、次に奪われるのは、お前らだ」
全てを奪った元凶の顔を思い浮かべるアーシャはトイレを流し、吹き出た物で汚れる顔を清める為に、よろける身体を支えながら鏡へと目を向けた。
「……」
鏡に映ったのは、今にも死にそうな顔。
未だ身体は小刻みに震えており、魔力切れの疲労も伴って倒れてしまいそうだ。
そんな状態から少しでも回復するべく、震える手で蛇口をひねる。
出て来た水を顔へと叩きつけ、口の中の不快な酸味も吐き出す。
「……正直気にくわないが、あのガキは使える、せめて、私の目的のために、役に立ってもらうか」
タオルで顔を拭き終えた事で、ある程度感情は落ち着きを取り戻す。
バランスは不安定だが、もう少し眠る事ができれば回復しそうだった。
「(また寝るか?いや、寝たら、また嫌な夢が)」
こんな状態寝たらどうなるのかは、経験が物語る。
また同じような夢に苛まれ、悪夢に叩き起こされてしまう。
「はぁ……ッ!!?」
ため息交じりにドアを開けようとした瞬間、謎の炸裂音がアーシャの耳に入り込んだ。
驚きでノブから手をひっこめたが、緊急事態である事を加味して勢いよく扉を開ける。
「どうした!?」
「……」
「……アーシャか、その拳ひっこめろ、何時もの事だ」
「あー、そうみたいだな」
いつの間にか起きて銃を構えていたサーバルに言われるまでも無く、アーシャは現状を把握した。
先ほどまで居なかった女性が、また壁にめり込んだケフュレスへと手を伸ばしている。
正当防衛を行った女性へ、アーシャは目を向ける。
「……その、なんか、悪いな、フェルメーラ」
「別に貴女は悪くないわよ、貴女が来る前からコイツはこんな感じなんだから」
いわゆるミニスカナースのような恰好をしている褐色肌の女性フェルメーラは、コードのように細く長い尻尾と背中のコウモリのような羽を収納。
床に置いていたバッグを手に取り、アーシャと目を合わせる。
「まぁでも、あれでも貴女の事心配してたのよ」
「私を?」
「ええ、あの子が私に通報してくれたのよ、また悪夢に苦しんでるって」
「(ありがたいが……むしろ通報される側だろ、アイツ)」
何故この部屋にきたのか述べたフェルメーラは、アーシャのベッドを軽く数回叩く。
「ほら、また苦しみたくなかったら、横になりなさい」
「……アンタの腕は信用してるが、飯くらい食わせろよ、今ので腹が空っぽなんだよ」
「今の状態で食べたら、また全部戻すわよ、スポーツドリンクとかにしときなさい」
「……」
フェルメーラの指摘で、アーシャは自分のお腹をさする。
空腹感こそあるものの、確かに身体は受け付けてくれそうに無い。
「わかった」
ここは彼女に従い、冷蔵庫のスポーツドリンクを少し飲むだけで終える。
すぐにベッドに寝ころんだアーシャは目を閉じ、今は彼女に全てをゆだねる事にする。
「さて、貴女の悪夢、また食べさせてもらうわ」
「おかげでこっちはまた飯抜きだ」
「いくわよ」
「ああ(一時しのぎでしかないけど、また悪夢を見る位なら)」
寝そべるアーシャはフェルメーラの魔力の光に包まれ、強制的に夢の中へ送り込む魔法をかけられた。
徐々に強まる眠気の中、アーシャはまた熱を帯びた右腕に触れ、意識を手放した。




