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23話 気持ちのいい行為


 こんなに気持ちよく眠れているのはいつぶりだろうか。

 

 もう慣れてしまったけれど、私の部屋は一人にしては広く、ベッドもあと何人か寝れてしまうほどに大きい。

 それ故に一人でいると、たまに一人だなと、孤独だなと強く思わされることがある。


 実際、ここ最近は多くの時間を九重さんと過ごしていて、家に帰ってきたら課題を終わらせて疲れた体を癒すためにすぐにベッドに入って寝る。独りぼっちだと思える隙間がない。


 だけど熱を出して、学校に行けなくて、部屋にいなくちゃいけなくて。

 起きては寝てを繰り返す間に、私は久しぶりの孤独感を抱いた。

 私は無性に、九重さんに会いたくなった。


 そして、彼は私に会いに来てくれた。

 九重さんが私の部屋にいるなんてすごく変な気分だし、正直言ってしまえば熱も出ていたので夢なんじゃないかと思った。


 ……でも、九重さんが恥ずかしがりながらも繋いでくれた手のひらに帯びた熱が、夢みたいなこの状況が現実であることを教えてくれた。

 私の願いは叶って、一人じゃないんだって強く思えたのだ。


「……って、九重さん帰っちゃったんだ」


 目をこすりながら体を起こす。

 さっきまで九重さんと繋がれていたはずの手のひらに、あの安心する感触はなく、私は誤魔化すように左手を寄せる。


「九重さん……」


 もっといてくれたらよかったのに……。

 何だったら、もし九重さんが嫌じゃなければ一日ずっとこうしていたかった。そう思うほどに、九重さんと手を繋ぐことは気持ちがいい。


「私、こんなに手を繋ぐことが好きになってたんだ」


 初めはもっともっと男女として深い、それはそれはえっちなことがしたかったから『九重さんのいくじなしぃ!』なんて不満を抱いていたけれど、手を繋ぐことがこんなにも気に入って、好きになるとは思ってもいなかった。

 

 人間ってすごい。手を繋ぐだけでこんなにも満たされるなんて……。


「はぁ、もっともっと、長く九重さんと手を繋いでいたいな」


 それにしても、どうしてだろう。

 手を繋ぐという行為はかなりハードルが低くて、それこそ小さい子供とだったり、中学の時は同級生とすることもあった。

 なのに今感じている幸福感を、その時に感じたことはなかった。


 じゃあ、その時と今とで何が違うのか。

 むろん状況とかもあるだろうけど、そんなことではないように思う。

 

 もっと大きな、私の胸にじんわりと広がるこの感情が……。


「……って、あれ?」


 ふと視界に入る、椅子に置かれたプリント類。

 手を伸ばして手に取ってみると、数学の授業で使われたと思われるプリントだった。


「あ、そういえば九重さん、プリントを届けに来たとか言ってたっけ」


 …………。


 ……ということは、これは九重さんが持っていたもので、九重さんが置いていったものってこと、だよね。……ごくり。


 私は部屋に誰もいないことを確認して、プリントをぬいぐるみみたいに胸に抱いた。

 ギューッと何かを絞るみたいに抱きしめて、再び胸にじんわりと何かが広がっていくのを感じる。


「……九重さん」


 会いたい。今私は、九重さんにすごく会いたい。

 狂おしいほどに、私は九重さんに会いたかった。


「しょうがない。九重さんの秘蔵写真でも見ておきますか」


 アルバムに閉じた、私がこっそり激写した九重さんの写真が棚に入っている。もちろん、本人の許可は取っていない。いらないですよね? うん、そうだ。


「うふふ~んっ♡」


 跳ねるようにベッドから出て、本棚へと向かう。

 その時、何かが足に当たった感触がして、下に視線を向けた。


「ん? なんでしょうかこれは」


 拾い上げてみて、光に透かして見る。

 そして私ははっとした。



「こ、これは……コン〇ーム⁉」



 ありえない、ここにあっていいはずがない。

 だって私は持っていないし、この銘柄はお母さんたちがいつも使ってるものでもない!

 

 ということは、これを落としたであろう容疑者は私の部屋にさっき入ってきた人――つまり、九重さんただ一人!


「え、え? こ、九重さんったら……も、もしかして……えへへぇ」


 そうに違いない。いや、そうであってくれ!

 これの用途なんて一つしかないし、ここに持ってきたという事は使う相手も私ただ一人!

 これはまさに、九重さんからの求愛信号ッ!!!



「ふふふ、待っててくださいね九重さん。私が九重さんの意思を、ちゃんと受け取りましたからねぇ……ぐふふ♡」



 さらにボルテージの上がった興奮度合いに、私は駆け出すように九重さんの写真を取りに行ったのであった。





     ◇ ◇ ◇





 廃工場の一角。

 錆びついた扉をガラリと開けた男は、その中にいたギラついた男たちの視線を一手に集めた。


「あぁん? なんだてめぇは。何勝手に入ってきてんだ」


 近くにいたガタイのいい男一人が、その男に近づきメンチを切る。

 しかし、男は動揺もせず、一枚の写真を突き出した。


「あ? なんだよこれ」


 男は写真の背面を指で滑らせ、二枚目の写真を見せる。



「なぁお前ら。いい話があるんだが……どうだ?」



 男はニヒルと笑い、話し始めたのだった。



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