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忌み子にされた令嬢と精霊の愛し子

忌み子にされた令嬢と精霊の愛し子

作者: 水空 葵

 貴族なら精霊の加護によって魔法が使えるのは当たり前。ここパレッツ王国では平民でさえも知っている常識になっている。


 髪色が白に近いほど精霊に愛されていると言われているから、銀髪の私は両親から期待されていた……らしい。

 けれども、公爵令嬢の私に魔法の適性はたったの一属性すらも無かった。


 だから、私は精霊に忌み嫌われていると言われるようになった。本当かどうか分からないのに……。

 忌み嫌われている公爵令嬢という呼ばれ方は、いつしか「忌み子の公爵令嬢」だなんて有り難くない二つ名に変わっていたけれど。


 両親の教えに従って感情を表に出さないように心がけていたら、冰の令嬢だなんて言われるようにもなってしまった。

 だから、私は初めて好きになった人と結ばれることを選ばなかった。そのお方の迷惑になると考えて。


 でも、今はその選択を後悔している。




   ☆  ☆  ☆




 今から三月ほど前のこと、その騒ぎは起こった。


「シルフィーナ・セレスト。貴女との婚約を破棄させてもらう」


 王太子殿下が主催されているパーティーの中、私の婚約者で公爵家の長男でもあるガークレオン・クリムソン様がそんなことを声高に宣言したから。

 こうなることを予想していなかったと言えば嘘になるけれど、突然のことに私は少しの間だけ固まってしまった。


 次期公爵様の彼が、このような公衆の面前で婚約破棄を宣言なんて、予想できなかったから。


「婚約の解消ですか……?」

「そうだ。もう貴女を愛することは出来ない」


 燃えるように赤い髪と瞳の彼は、私の問いかけにそう返してきた。

 そんな彼の隣には、私と一歳差の義妹──お母様が亡くなってしばらくしてから、お父様の再婚と同時に公爵家に入ったレベッカが寄り添っている。


 彼女は若草色の髪にサファイアのような青い瞳を持っていて、可愛らしい令嬢として有名だった。

 そして、火水風土光闇の全ての魔法属性に適性があるから、精霊に愛されている公爵令嬢としても有名になっている。


 そんなレベッカの二つ名は精霊の愛し子。

 扱うことが特に難しいと言われている高位の治癒魔法でさえも使いこなしているから、彼女を讃える声は大きい。

 そんな彼女だから、平民上がりと馬鹿にする人は居ないのよね……。


「……義妹の才能に嫉妬して虐めを働くような人と生涯を共にするなんて無理な話だからな」


 でも、そんな状況でも今ガーレオン様が言ったような愚行をする私ではない。

 レベッカから嫌がらせを受けているのは私なのに……。


「虐めなどしていませんわ」

「無自覚に虐めていたのだな。末恐ろしい。

 貴女がレベッカを虐めていた事の裏は取れている。大人しく認めるのが吉だ」


 無実の罪を認めるようにと促されたけれど、私が首を縦に振ることはない。

 ここで頷けば取り返しが付かないほど不利になることは確実だから。


「貴女が認めなくても、婚約は破棄させてもらう。そもそも精霊に嫌われている忌み子と結婚すること自体が無理な話だからな」

「貴方の意思は分かりましたわ。このことは、父に報告させて頂きます」


 レベッカに浮気したということも含めて……。


 これは口にしなかったけれど、ガークレオン様が浮気をしているのは火を見るよりも明らか。

 だから、私は一度この話を持ち帰り、当主であるお父様に相談することに決めた。


「その必要は無い。このことはセレスト公爵様の了承を得ているからだ。

 そんなことよりも、レベッカへの謝罪は無いのか?」

「そもそも私は虐めなどしていませんので、謝罪することもありません」


 私がそう説明すると、彼の後ろで控えていた殿方が一歩前に出てきた。


「証言もあるのだぞ? 順番に話してくれ」


 ガークレオン様がそんな言葉と共に合図すると、事前に示し合わせていたのか、殿方達がこんなことを口にし始めた。


「これは執事から聞いた話ですが、シルフィーナ様はレベッカ様の食事を用意しないように使用人に圧力をかけていたようです」

「これはレベッカ様の侍女の話です。とあるパーティーの前日に、レベッカ様が着る予定だったドレスを切り裂いたそうです」

「ある日はレベッカ様を屋敷の外に追い出して中に入れないようにしたとか。真冬の寒い日にそんなことをされては、命の危険もあったでしょう」


 次々に語られる虐めの内容に、私は目を覆いたくなってしまった。

 どれも、私がレベッカから受けてきた嫌がらせだったから。


 階段から突き落とされたこともあるけれど、幸いにも怪我一つしなかったから事実を証明出来ないのがもどかしい。


 痛みも感じなかったから、不思議な出来事だったけれど。

 今は気にしている余裕はなかった。


「何か言うことはあるか?」

「全て私がレベッカから受けてきた嫌がらせですが……」

「そんな事があり得るか? 使用人は元々公爵家にいたシルフィーナの味方なのだろう?」


 私が説明しても、疑いの目を向けてくるガークレオン様。

 その目をレベッカにも向けてほしかったわ……。


 今更だけれど、こんな人を婚約者に決めた自分が恨めしかった。政略ではあったけれど、断ることも出来たのだから。




 事のはじまりは、今から五年ほど前に遡る。


 お母様が病で急逝してから一年ほどが経ったある日、お父様が後妻にと平民だった女性を迎え入れることになった。

 執事は「奥様の死を嘆いていたシルフィーナ様の支えになればと、再婚を決断されたようです」と話していた通り、お父様は変わらず私を大切にしてくれている。


 けれども、そんなお父様は多忙で屋敷を空けることが多くなっていて、お義母様やレベッカの嫌がらせが横行するようになってしまった。

 今までいた使用人を勝手に解雇され、お父様に手紙でこの事を伝えようとしても阻止されてしまう。


 こっそり屋敷を抜け出して、お父様に宛てた手紙を出したこともあったけれど、無事に届いているとは思えなかった。

 その時に屋敷から閉め出されたのよね……。


 お兄様も二人いるけれど、どちらも留学で屋敷にいない。


 頼れるのはガークレオン様だけなのに、肝心の彼がレベッカの味方になってしまっている。

 こんな状況だから、今の私に頼れる味方はいない。



「忌み嫌われているという噂は間違っていませんでしたのね……」

「性格が悪いなら精霊に嫌われているのも当然だな」


 周囲からそんなことを囁かれて優位になったと感じたのか、ガークレオン様はこんなことを言い放った。


「この期に及んでレベッカを貶めようとするとは、心外だ。

 もういい。貴女との婚約はこの場で破棄する。二度と馴れ馴れしく関わるな。それと、レベッカはクリムソン家で保護する。

 分かっても分からなくても俺の前から消えてくれ」


 人の話を全く聞かず、簡単に騙されるような人はこちらから願い下げ。

 お父様がこの婚約破棄を認めているのなら、ガークレオン様との関係を続ける必要もない。


 こんな人との関係を続けるくらいなら、修道院でのんびり暮らした方が幸せになれると思う。

 だから……。


「ええ、分かりましたわ。ガークレオン様、今までお世話になりました」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべるレベッカを無視して、ガークレオン様に頭を下げてから身を翻した。


 屋敷に戻ってからの立ち回りを考えながら、周囲の目線を気にしないように出口を目指す私。

 けれども、すぐにこの場を去ることは出来なかった。


「シルフィーナ嬢、少し話がしたい」


 私の前に立ち塞がった明るいブロンドの髪の人──王族を示す髪色の殿方が、そんなことを口にしたから。




 このパーティーの目的は、私と同じ歳なのにも関わらず、未だに婚約者がいない第一王子殿下の婚約者を決めること。


 殿下は歴代の王族と同じように精霊に愛されているそうで、どの魔法属性も扱える。

 それだけでなく勉学も優秀で、決して悪いお方では無い。



 けれども、正式に婚約者になりたいという申し出は無かった。


 殿下は病を抱えていて、あと半年も生きられないと言われているから。

 お顔に血色が無くて、少し青ざめているように見えるのが何よりの証拠。


 殿下と結婚したら、半年もしないで悲しむことになってしまうもの……。

 そんな人を婚約者にしたい人なんて今はいない。



 そんなことを考えるより、殿下に何を問い詰められるか分からない今は私自身の身を案じた方が良い状況。


「お話、ですか?」

「事実確認と言った方が正しい。さっき言われてたことは事実か?」

「全て、私がされたことですわ。

 どういうわけか怪我をしなかったので、証明は難しいのです……」


 私が説明すると、殿下は私とレベッカを見比べながらこんなことを口にした。


「どちらも怪我をしていないから、客観的には暴力は嘘だったと分かる。状況だけ見れば、貴女の言葉も嘘に聞こえてしまう。

 だが、貴女が嘘を言っているようには見えなかった」

「私の言葉を信じてくださるのですか?」

「今は信じよう。他にも、ここでは言えないことを話したいから別室に来てほしい」


 殿下をまっすぐ見たまま頷くと、そのまま普段は王族しか立ち入れない場所にある部屋に通されることになってしまった。




 そうして応接室に通された私は、目の前で王宮の侍女さんがお茶を淹れてくれて、お菓子まで出されるという好待遇を受けることになった。


 公爵令嬢という立場があるから普通と思われるかもしれないけれど、今の私は濡れ衣を着せられている状態なのよね……。

 そんな私に一体何を求めようとしているのかしら?


「そろそろ来ると思うから、もう少し待ってほしい」


 そんな発言をする殿下の意図が読めないまま時間だけが過ぎていき、ついに部屋の扉が開けられた。


「待たせてしまって済まなかった」


 そんな言葉と共に姿を見せたのは、国王陛下だった。

 公爵令嬢という立場上、見慣れた人物ではあるけれど、陛下の放つ空気には気圧されそうになってしまう。


「お気遣いに感謝しますわ」


 立ち上がってカーテシーを披露する私。


「今回はこちらが頼み事をする立場だ。あまり畏まらなくてよい」

「ありがとうございます」


 素直にお礼を伝えると、殿下からこんなことを言われてしまった。


「今日のパーティーの目的は聞いているかな?」

「ええ。殿下の婚約者を探すためと」

「貴女が受け入れてくれるなら、その婚約者をシルフィーナ嬢にお願いしたい」


 殿下の婚約者になる。

 私に条件の良い婚姻が望めない今の状況を考えると、願ってもない提案だった。


 殿下に嫌悪感は抱いていないから、断る理由なんて無い。

 けれども、殿下が亡くなってからのことを考えると簡単に頷くことは出来なかった。


 殿下が亡くなった後、私の立場を利用しようと企む者が出てくるはず。逆に命を狙われることだってあり得る。

 そんな運命を辿ることを私は望んでいない。


 それに……。

 婚姻を急いているということは、精霊に愛されているアルバート殿下がお世継ぎを望まれているからに違いない。

 お世継ぎを望まれること自体は令嬢として生きているのだから覚悟していることだけれど、精霊に忌み嫌われている私がその役目を任されて良いのかしら?


 もちろん、好きになった人と結ばれたいという想いはあるけれど、貴族として生きていたらその願いが叶うことは滅多にないのよね。


「殿下は子を望まれているのですよね?」

「ああ」

「その役目が、精霊に忌み嫌われている私で良いのでしょうか?」


 魔法の適性は例えば父が五つ母が三つだったら、子は五つの適性を持つ傾向が強い。けれども、忌み嫌われていると言われている私のせいで良くない影響が出ないとは言い切れない。

 そうなってしまえば、王家の威信に関わってしまう。


「シルフィーナ嬢が不安になるのも良く分かる。でも、信じて欲しい。

 貴女は精霊に嫌われてはいない」

「これから話すことは、病人が救われなくなることを避けるために口外しないで欲しい」

「分かりましたわ」


 陛下の言葉に頷くと、私が知らなかったことが語られた。


「精霊に嫌われると、まず健康ではいられない。そして魔法も使えなくなる。

 もう一つ。一度でも魔法を使ったことが無かったら、精霊に嫌われることは無い」


 陛下の説明が事実なら、魔法を使ったことが無い私は精霊に嫌われないことになる。

 でも、これは私達貴族が知っている常識とは違う。


「病人を……アルバートを守るためとは言え、貴女には迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

「あの噂はあまり気にしていないので、大丈夫です。

 それよりも、真実を教えてくださったこと、感謝しますわ」


 まだ魔法が使えない理由は分からないけれど、嫌われていないと知って安心することが出来た。


「本題に戻らせてもらう。

 僕との婚約は受け入れてもらえるかな?」

「殿下のご迷惑にならないのでしたら、嬉しく思いますわ」


 歳が近いことを理由に、幼い頃から彼とはよく遊んだりしていた。

 幼馴染のような関係だったけれど、私は彼のことを今も好ましく思っている。


 けれども……彼との政略婚の話が出てきた時、私は忌まわれ令嬢の噂を気にして、迷惑をかけたくない思いから婚約を望まなかった。

 アルバート様もまた、病を抱えていて私を悲しませたくないという理由で、私との婚姻を望まなかった。


 それから好意は胸の奥底に閉じ込めていたのだけれど、今日になって表に出てきてしまった。

 

「ありがとう。貴女が良いのなら、すぐにでも正式に婚約を結べるように手配しよう」

「ええ、分かりましたわ。助けてくださって、ありがとうございます」

「僕がそうしたかっただけだ。四年前に諦めたはずだったんだけど、諦めきれなかったみたいだ」


 そう口にする殿下は笑顔を浮かべていたけれど、後悔の滲む悲しそうな目をしていた。


 それから、パーティーの主催が長時間席を空けるのは良く無いと言うことで、殿下は会場に戻ることになった。

 私はあの場所に戻りたく無かったから、そのまま屋敷に戻ることを告げて王宮を後にした。



   ☆

 

 あの日から半月ほどが過ぎ、私はアルバート殿下の婚約者になった。


 同時に、数日前から王宮で暮らすことにもなった。

 公爵邸が酷い状況だから、私がお願いしたのだけど、お父様を含めて誰も文句を言わなかった。


 そんな事情もあって、殿下と過ごす時間が増えることになった。


「おはようございます、アルバート様」

「おはよう、シルフィ。今日は何して過ごす?」


 このところ顔色の良いアルバート様は暇を持て余しているから、お昼の間はずっと一緒にいる。

 けれども、こうしてずっと一緒にいると何をしていいのか分からなくなってきていた。


 彼との時間はすごく心地よいのに……。


「たまには、お出かけしてみたいですわ」

「お出かけ、か。このところ調子が良いし、久々に行ってみたいお店があるんだ」

「そのお店、私も気になりますわ」


 これは聞いた話だけれど、私と離れている時のアルバート様の顔色はあまり良くないらしい。

 だから初めの頃は、顔色まで取り繕っていると思っていたのよね。いくら優秀と持て囃されていた彼でも、そんな能力は無いというのに。


「じゃあ決まりだね。今日はお忍びの格好でお願い」

「分かりましたわ」


 そうして準備を済ませ、しばらく馬車に揺られた私達は、王宮の目の前にある小さなカフェに来ていた。


「ここは……」

「シルフィのお気に入りのお店だね。僕もハマっちゃっててね、一人だと入りにくいし……」


 まだ幼かった頃、アルバート様も巻き込んでよくここに来ていたのだけれど、まさか彼が気に入っていたとは思わなかったわ……。


「確かに、殿方だけだと入りにくそうですわね……」


 王宮の目の前とは言っても、目立たないところにあるこのカフェはとても美味しいのにそれほど混んではいない。

 だから並ばずに入れるけれど、殿方一人だけで入る人はほとんどいない。


「そうなんだよね。それに、病気のせいで外にも出られなかったから、ずっと食べたかったんだ」

「私も屋敷に閉じ込められていたので、気持ちは分かりますわ」


 お話をしながらカフェに入り、お気に入りのケーキを頼む私達。

 しばらくしてケーキとお茶が運ばれてくると、アルバート様は目を輝かせていた。きっと、私も。


 王国にある甘いフルーツがふんだんに乗せられ、光を反射して輝いているそのケーキは、香りだけでも美味しいと思えるようなもの。

 甘さは控えめだけれど、だからこそアルバート様は気に入ったのだと思う。私がどれだけ食べても飽きないと思っている理由も同じ。


「やっぱりここのケーキは最高だよ。程よい甘さに王国のフルーツ。いくらでも食べられそうだ」

「食べ過ぎは良くありませんわよ?」

「よく出てくるスイーツは食べすぎると死ぬと思うけど、ここのは大丈夫だよ」

「もう……。ご自愛なさってください」


 たまに、我儘なことを言うアルバート様を可愛いと思ってしまう私はおかしいのかしら?

 少し不安になってしまうけれど、彼の笑顔を見ていると、そんな不安は気にならなくなってしまった。


 殿方でもお顔の整っている人の笑顔は、やっぱり眩しい。

 悔しいけど、私が霞んでしまっているはず……。


「クリーム付いてるよ」

「すみません……」


 失態に慌てて謝る私。

 けれど、アルバート様は私の頬に手を伸ばしてきて、クリームを取ってくれた。


 でも……そのクリームをそのままペロリと口にされてしまって、恥ずかしさで顔が熱くなってしまった。


「あれ? 熱でもある?」

「違います! もう、恥ずかしいことはしないでください!」

「もったいないから食べたんだけど、嫌だったのか……。すまなかった」

「嫌ではないのですけど、一声かけてからお願いします……」


 そんな事件もあったけれど、ケーキを楽しんだ私達はほくほく顔のまま馬車に戻った。

 でも、今日はまだ終わっていない。


 夕方になると、王妃殿下主催のパーティーがあるから。

 けれども、まだ時間があるから昼食を済ませた私達は庭園で過ごすことになった。


 けれども、アルバート様ずっとは私に背中を向けていた。


「何かご不満でしたか?」

「いや、恥ずかしすぎて顔を合わせられないだけだ。見られたら気絶すると思うから、そっとしておいて欲しい……」

「そうでしたのね……」


 カフェでのことを思い出して、顔が熱くなってしまって、私もまた彼に背中を向けた。

 こんな顔、見せられないから。


 けれども、気まずい空気になってしまったから、気持ちを紛らわそうと花冠を作ってみることにした。


 幼い頃にアルバート様と作り合った時の記憶を頼りに、花を編んでいく。

 慣れていないから上手くはないけれど、なんとか形にすることは出来た。



 気付かれないように、アルバート様の頭に乗せてみようと思って彼の方を向いて、花冠を持った手を伸ばす。

 けれども途中で気付かれてしまって、目が合った。


「プレゼント、です」


 咄嗟のことだったから、それだけを言って花冠を乗せる私。

 すると、彼もまた花冠を作っていて、そっと頭に乗せられた。


「僕からもお返しするね」

「ありがとうございます。昔に戻ったみたいですね」


 仮面ではない本心からの笑顔を浮かべて、そんな言葉を返す。

 すると彼も笑顔を浮かべて、こんなことを口にした。


「そうだね。なんでか分からないけど、君といると安心するよ」

「奇遇ですわね。私も貴方といる時は、心地よく感じていますわ」


 言っていて恥ずかしくなってしまったけれど、今度は顔を背けたりはしなかった。



 心地良い時間。でも、永遠ではない。


 思っていたよりも時間が経っていて、侍女がパーティーの準備をするようにと告げてきたから、今日はここでお開きになった。

 今着ているのは、庭園で汚れても大丈夫な簡素なドレスだから、このままパーティーに向かうことは出来ない。


 だからアルバート様とは一旦別れて、王宮内に与えられた部屋に戻った。


「おかえりなさいませ、お嬢様。時間がありませんから、急ぎますよ」

「遅くなってしまって申し訳ないわ……」


 以前は私の専属だった侍女のミモザにそう返して、姿見の前に立つ私。


 屋敷では侍女の手を借りられないことが多くなってしまって、簡素なドレスなら一人でも着られるようになった。

 でも、ミモザがしてくれた時のように短い時間では出来なくて、こんな風に綺麗にもならなかった。



 今もだけれど、ここに来て初めて手を借りた時、侍女の大切さをひしひしと感じた。

 再会した日のうちに義母による解雇を止められなかったことをミモザに謝ったのだけれど、私が無理してないか心配されてしまったのよね。

 

「こんな感じでよろしいですか?」

「ええ、ありがとう」


 くるりと回って背中側も問題が無いか確認してから、お礼を言って部屋を出た。


 約束していた通りに部屋の前で待っていたアルバート様は、私に気付くと笑顔を向けてくれた。


「お待たせしました」

「すごく綺麗だ。さっきとは少し印象は変わったが、どちらもすごく良い」

「アルバート様も、素敵ですわ」


 私を褒めてくださる彼もまた、キラキラと輝いているように見える。



 それはパーティーが始まってからも変わらなくて、アルバート様が眩しくて私が霞んでしまったように錯覚してしまうほど。

 少し悔しいけれど、今日は彼が主役だからこれで良いのよね……。


「シルフィーナ、久し振りだから足を踏んでしまうかもしれないけど、一曲付き合ってもらえないかな?」

「はい、喜んで」


 私が笑顔で口にすると、彼は会場の真ん中の方までエスコートしてくれた。

 タイミングよく曲が変わり、ステップを踏む私達。


 でも、その最初のところでアルバート様に爪先を踏まれてしまった。


「済まない……」

「大丈夫ですわ。続けましょう?」


 申し訳なさそうにする彼に、そう声をかける私。


「痛くはなかった?」

「ええ、靴が守ってくれたみたいです」


 気を取り直して、私がリードしていく。

 けれども、途中からは感覚を取り戻したアルバート様に私がリードされる形になっていた。


 それでも、久々に彼と踊れてすごく楽しかった。

 幸いにも最初の失態は誰にも見られていなかったみたいで、曲が終わる頃には周りから拍手を贈られた。


「踊っているの、私達だけでしたのね」

「難しい曲だったから仕方ないよ。少し疲れたから、一旦休んでも良いかな?」

「ええ。私も疲れてしまったので助かりますわ」


 お互いに手をとって壁際に移動する私達。

 それからはお話をしながらパーティーを楽しむことができた。




   ☆




「お疲れ様。足、本当に大丈夫?」

「ええ、見ての通り無傷ですわ」


 パーティーを無事に終え、私はアルバート様の私室に来ていた。

 ただお話をするだけのつもりだったのだけれど、どういうわけか私の足の手当てが始まろうとしていた。


 その傷薬は必要ないのだけれど……。


 ちなみに、彼の奇行を止める人はいなかった。

 本来なら間違いが起こらないよう侍女が側にいるはずなのに、今は間違いを望まれているみたいで、部屋の扉はしっかり閉められていて、侍女も部屋にはいない。


「体重もかかってしまったから、念のためこれを」

「痛みもありませんから、大丈夫です」

「良かった……」


 彼が安堵の表情を浮かべた直後のことだった。


「っ……」

「大丈夫ですか!?」

「ああ……誰かに足を踏まれただけだ……。精霊の愛し子に手を出すと自分に跳ね返るという言い伝えは本当だったのだな……」


 病気が悪化したのかと身を乗り出して問いかけると、彼は足を押さえながら私が知らなかったことを口にした。


「それって、どういうことですの?」

「大精霊に愛されている人は加護を受けているんだ。だから怪我も病気もしない。

 でも、その人に危害を加えると……例えば階段で突き落としたら、精霊の気分が悪くなった時に階段で突き飛ばされることになる。さっきの僕みたいに事故で足を踏んでしまっても跳ね返ってくるのが厄介なところなんだけどね」


 アルバート様の言葉である程度は理解できた。


 階段でレベッカに突き落とされた時に怪我をしなかった理由も、寒空の中で屋敷から締め出されても風邪をひかなかった理由も、腑に落ちた。

 でも、現実のものとは思えなかった。


 それに、こんなに良くしてくれている彼が痛め付けられているのは、納得できないのよね。


「そうなっていますのね……。でも、アルバート様に跳ね返るのは納得出来ませんわ」

「こればかりは精霊に説明することもできないから、仕方ないよ」


 アルバート様にも精霊の加護があれば……。

 ふと、そんなことを思ってしまった。




 その日の夜、夢を見た。珍しく記憶に残る夢だった。

 透き通った淡く光る羽を持つ手のひらくらいの大きさの女の子六人に囲まれて、色々なことをお話しする夢だった。


 そこで分かったのは、私が魔法を使えない理由だった。


「恥ずかしくて気配を出せなかったからって、精霊にもそんな感情があるのだと驚きましたわ」


 精霊には実体も自我も存在しないのは誰もが知っている常識だけれど、彼女達のように世界に六人しかいない大精霊は別だった。

 実体は無いけれど、自我はあるらしい。


「大精霊の伝説は本当だったと言うわけか。

 ちなみに、大精霊が姿を見せた理由ってあるのかな?」

「私がアルバート様に奪われそうだったから、と言っていましたわ」

「僕は精霊に嫉妬されてるのか。いつか殺されそうで怖いね」


 冗談っぽく口にするアルバート様。

 でも、私はそれが冗談で済まないことを知っているから、笑えなかった。


 夢の中で、こんなことを話していたから。



「彼を殺したら、私達だけを愛してくれる?」

「そうしたら、私は貴女達を許せなくなるわ。でも、彼のことを認めてくれたら貴女達のことも愛せるようになるわ」

「だから独り占めは良くないって言ったじゃん!」

「うん、もうしない」



 一歩間違えればアルバート様はこの世からいなくなっていたのよね……。

 加護は嬉しいけれど、無闇に人を消そうとするのは許せなかった。


 でも、そんな考えを持つ私に嫌われたくないみたいで、精霊達は大人しく言うことを聞いてくれている。

 だから、アルバート様の言葉にこう返すことにした。


「私が精霊に気に入られている間は大丈夫だと思いますわ。手を出さないように言いましたので」

「それなら安心だ。ありがとう」


 笑顔を浮かべて、私の手をとるアルバート様。

 突然のことに少し驚いたけれど、言葉を続ける。


「もう一つ、言っておくことがありますわ。

 どういうわけか、私が愛している人にも加護の効果があるみたいなのです。だから……アルバート様の病気、治るかもしれません」

「……っ。俺も、愛してる」


 今度は抱きしめられた。

 胸が温かくなるような不思議な感覚がして、私も彼の背中に手を回す。


 私もアルバート様も、笑顔を浮かべている。

 告白が嬉しかったから。



 窓から差し込む光は、私達のこれからを明るく照らしてくれている。そんな気がした。




   ☆  ☆  ☆




 あの時から三月ほど過ぎた今、私とアルバート様の関係は変わることなく続いている。

 けれども、変わったこともあった。


 私自身の一番の変化は、練習は必要だけれど魔法が少しだけ扱えるようになったこと。

 

 周囲の変化はというと、義母とレベッカがお父様から離縁されて、私は公爵邸に戻ることになった。

 ちなみにレベッカは魔法が使えなくなってしまって、精霊にも公爵家にも嫌われた元令嬢として噂になっている。


 そんな二人は、私に対する暴行の証拠が明らかになったこともあって、投獄されている。もう平民なのだから、相応の扱いを受けるらしい。



 ガークレオン様の方はというと、私に対して慰謝料を支払うことになった。

 それに追い打ちをかけるようにして、馬車の事故に遭ってしまったそうで、今は表舞台から姿を消している。


 精霊の怒りを買った者の末路だなんて噂になっているけれど、私はそう思っていない。精霊さんに直接聞いてみたところ、何も手を出していないと断言していたから。

 だから、天罰が下ったのだと思うことにしている。



 でも、あの人達のことはもう私には関係ないから気にしていない。

 気にしても、私が辛い思いをするだけだもの……。


 それに、もっと大事なことがある。


「アルバート様、結果はどうでしたか?」

「シルフィーナの言っていた通り、完治したみたいだ」

「良かったですわ。もう悲しむことはないのですね」

「ああ。本当にありがとう、愛してる」


 そう言って私を抱きしめるアルバート様。

 すっかり日常になってしまったこの行動だけれど、いまだに慣れることはなくて、胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「私も、愛しています」


 だから、そう伝えるのが精一杯だった。


 好き。愛してる。

 この気持ちの正体はよく分かっていないけれど、この切なく甘いものは恋心に違いない。


 自分の気持ちをちゃんと説明出来ないのがもどかしいわ。


 でも……。

 あの日、アルバート様の病が明らかになった日。彼との婚約を諦めなければ、愛を感じられない人との時間なんて過ごさずに済んだのに。

 ……ずっと幸せでいられたのに。


 こんな後悔はもう二度としたくないから、どんなことがあっても彼の手を離さないと胸の内で誓った。

 

「両想い、だね。

 それなのに、これから王になるための勉強で一緒にいられなくなるなんて、本当に現実は残酷だよ」

「王妃として支えるために、一緒に受けますわ」

「王妃教育もあるよね? 荷が重すぎる気がするけど、大丈夫? 

 ああ、それも一緒に受ければいいのか」

「それは少し違う気がしますわ……。

 でも、どんな時も支え合えたら幸せになれそうですね」


 これからは忙しくなるけれど、アルバート様となら乗り越えられる。

 そう思えたから、私は笑顔を浮かべた。


 彼も笑顔を浮かべて、私の言葉に頷いてくれた。



「これからもよろしく。必ず幸せにするから」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。

 私も、貴方を幸せにしてみせますわ」


 差し出された手を取る私。

 そして、アルバート様と一緒に前に向かって歩き始めた。


 もう後悔はしない。

 ……いいえ、違う。



 彼と一緒なら、後悔なんて出来そうになかった。

ブクマや評価をしてくださった皆様、ありがとうございます。



この度、連載版を始めました。

短編では描ききれなかった裏事情や短編部分の続きを描いていきますので、興味のある方はそちらも覗いてみてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 柔らかい言葉で綴られていて、読みやすい [気になる点] けれども や けれど が連続して使われているところがあり、何か意図がおありなのかと思いつつ少し戸惑いました。
[良い点] ・愛し子に危害を加えるといつかは跳ね返ってくるが、それがいつやってくるのかは精霊の気分次第という設定がやはり人間とは感覚の違う生き物なんだなあと感じました。精霊の残酷さのようなものが感じら…
[一言] 整った文章が心地よく、優しい響きを持っていると感じました。初々しくも礼儀正しい二人の仲睦まじさに頬を緩めたり、実は主人公が精霊に溺愛されていたことが判って胸をなで下ろしたりと、暖かい心地にな…
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