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連載候補短編

呪いを受けて奴隷落ちした第三王女、人でなし魔法使いに買い取られる ~君なら最高の魔法使いになれる。先生みたいになれたら……私でも幸せになれますか?~

作者: 日之影ソラ
掲載日:2023/01/09

 劇的な人生と平凡な人生。

 あなたならどちらの人生を選びますか?

 私なら絶対に後者です。

 平凡な家庭に生まれて、特に目立った才能もなく、活躍もなく、平坦で面白味のない人生で構わない。

 そう、心から思える。

 喜劇的な人生なんて望まない。

 せめてどうか、悲劇的でないことを祈るばかりだ。


 もっとも……。


「次はお前の番だ」

「っ……」

「ぼさっとするな。きびきび歩け」


 ぼろ雑巾みたいな布を身にまとい、首輪に鎖で繋がれた今の私には……もう手遅れなのだけど。

 じゃらっと首から垂れ下がる鎖が音を鳴らす。

 屈強な男の人が鎖の先を持っていて、逃げようとしても自由がない。

 いいや、たとえ鎖を誰も握っていなくても、私はここから逃げられない。

 奴隷となった私には、全ての自由が剥奪されている。

 ため息すらでない。

 首輪の冷たさも、締め付けられる感覚もわからなくなってきた。

 慣れというのは恐ろしい。


「おい、ぼーっとするな。さっさと歩け」

「ぐっ」


 ただ、この痛みだけは慣れてくれない。

 男の人が鎖を引っ張り、首がぐわんと前に引き寄せられる。

 強引に足が前へと進む。

 上手く力が入らない。

 歩き方を忘れたわけじゃないのに、生まれたての子供みたいにぎこちない。

 こんな姿を見られたら、きっと大勢の人が笑うだろう。

 いや、それも今さらか。

 私は最初から……笑いものだった。


 暗い場所から光が差す場所へと移る。

 外ではない。

 地上でもない。

 ここは地下の、奴隷オークションの会場だ。


「さぁさぁ皆様! 本日最後の商品! 我が商会の一押しです!」


 私は引っ張られステージの上に連れ出される。

 嫌になるほど眩しい。

 会場には大勢の人たちが集まっている。

 みんな小奇麗で豪華な服装だ。

 こんな場所に一般人がくるはずもなく、思考するまでもなく彼らは貴族だ。

 国を代表する貴族たちが、影で奴隷を見世物にして楽しんでいる。

 なんて知ったら、人々はどう思うだろうか。

 王族が知れば怒るだろうか。

 

 と、考えて笑ってしまう。

 呆れている。

 あの人たちが怒るはずがない。

 むしろ滑稽に思うだろう。

 私が今、この場に商品として出されている姿を見れば……。


「見てください! この銀色の髪と青い瞳! 透き通るような白い肌! どこかで見覚えがありませんか? ……そう! 王族です! 今宵最後の商品は、呪われた第三王女サテラ・ローレライ!」


 会場からざわつきだす。

 王女が奴隷オークションに出品されている。

 大問題だ。

 国に属する貴族として、こんな事態を認めるわけがない。

 と、清く正しい貴族ならそう思うだろうか。

 生憎私は、そんな貴族を知らない。

 少なくともこの場にいる貴族たちは、全員が悪い貴族たちだと思っている。

 現に聞こえてくる声は……。


「あれが噂の呪い姫か。見た目は悪くないな」

「うむ。あの噂が事実ならおもちゃとしては有能ではないか?」

「確かに、何をしても壊れないのだろう? 便利じゃないか」


 誰一人、この状況をおかしいとは思っていない。

 いくら出すか。

 落札したら何をするか、何をさせるか。

 下品で最低な会話で盛り上がっている。

 王族が奴隷落ちして、オークションに出品されるなんてこと、長い王国の歴史の中でも初めてだろう。

 だからこそ、この場にいる皆が興奮している。

 私一人を除いて。


「この商品のことは説明するまでもありません! 皆様もよくよくご存じのはず! ですので手早く、実演して見せましょう! 皆様も気になるでしょう? あの噂が事実なのか」


 支配人がニヤリと笑みを浮かべる。

 言葉の意味を察した客たちは、よりざわめきだし興奮する。


「おお、見られるのか!」

「早く見せてくれ!」


 会場から声が上がる。

 支配人はパンパンと手を叩き、袖から一人の男性が姿を見せる。

 同じ商会の人間だろう。

 特筆すべきは、右手に抜身の剣を持ったまま登場したこと。

 もはや何をするのか、私が一番わかっていた。

 逃げ出したい。

 けれど逃げることはできない。

 私の首にあるのはただの金属ではなく魔導具だ。

 これを装着している間、これをハメた相手に逆らえない。

 私は恐怖で震える。

 そんな私を見て、会場の人たちは期待に胸を膨らませる。


「――やれ」


 命令一つ。

 男は躊躇なく、私に向かって剣を振り下ろした。

 抵抗できない私は無残に斬られる。

 右肩から左の脇腹にかけて、大きく深い傷を負う。


「っ、ぐぅ……」


 衝撃と痛みで私は倒れ込む。

 足元に流れ出る血の量が致命傷であることを物語る。


 痛い、痛い、痛い、痛い。

 涙が止まらない。

 本当は叫びたいけど、それすら許されない。

 それでも、このまま死ねるなら……ある意味では幸せだっただろう。

 私には……それすら許されない。


「おら、さっさと立て」

「ぐっ」


 髪を掴まれた私は、無理矢理立たされる。

 口からよだれが垂れ、目の焦点も合わない。

 しかし次第に痛みが消えていく。

 死の間際の麻痺ではなく、致命傷だった深手が回復しているからだ。

 傷が治癒していく。

 ただの治癒ではなく、流れ出た血液が身体に戻っていく。

 まるで時間が巻き戻るように。

 みるみる戻り、数秒後には傷一つない肌へと回帰する。


「おお! 戻ったぞ!」

「噂は事実だったのか」

「そうです! 呪いの姫……まさしくこれは、不死の呪い! どんな傷を負おうと決して死ぬことはない肉体がここにあります!」


 支配人の熱がこもった演説に、会場中が活気で溢れる。

 彼が口にした呪いの姫とは私のことだ。


 不死の呪い……私の身体は、いかなることがあっても死ぬことがない。

 たとえ四肢がバラバラにされても、頭が吹き飛んでも。

 数秒後には完全復活する。

 高度な魔法でも不可能な完全なる不死身。

 もはや人外。

 怪物と揶揄される。


 私は第三王女として生まれた。

 先に生まれた姉たちとの違いはほとんどない。

 父と母はもちろん同じ。

 容姿もよく似ていて、姉妹で並べば誰だって身内だとわかる。

 唯一違ったのは、この肉体だ。

 初めて知ったのは十歳の頃だった。

 馬車での移動中に落石の事故が起こり、私だけが下敷きになってしまった。

 即死だった。

 グシャッとつぶれたところを、両親も見ている。


 しかし岩を退けた直後、私の肉体は再生した。

 ぐちゃぐちゃになった肉体が一瞬で元に戻ってしまった。

 その時始めて、私は死ねないことを自覚した。

 今までも傷の治りが異様に速かったり、一度も病気にかかったことがなかったり、自分の身体が強いことは感じていた。

 だけどまさか、死ぬことすらないとは思わなかった。

 驚いたけど、生きていたことにその時は安堵した。

 両親も喜んでくれると思ったんだ。

 けれど……現実は真逆だった。

 二人は恐怖した。

 死んだ娘が目の前で生き返ったことに。

 喜びではなく、気持ち悪さを感じた。

 言葉にされなくても、蘇った私を見る二人の目で悟った。


 人を、娘を見る目ではない。

 あれは……化け物を見ている目だった。

 

 その後、二人は私の身体を調べさせた。

 あらゆる手段、様々な分野の人間を集めて手を尽くした。

 しかし結果は……わからない。

 なぜ不死身なのか、どういう原理なのか。

 まったく変わらず不気味さだけが残り、最終的な結論は……。


 サテラ・ローレライは呪われている。


 王族が呪われ怪物になったという噂は、秘匿していても広まる。

 特に貴族たちの間では有名な噂となった。

 それを隠すように、私は王城の一室に隔離された。

 公には重い病を患い闘病中とされ、実際は暗い牢獄のような部屋で過ごしていた。

 あれから八年。

 この国における成人を超えた日に、私は奴隷商会に売られた。

 と同時に、私の病死が発表されたらしい。

 つまり私は、この世界に存在していないものとなった。

 人間としては完全に死んで、不死身の怪物だけが残ったんだ。


「よし! 私は六百万だそう!」

「その程度か? ならば私は一千七百万だ!」

「二千万!」

「どんどん価格が上がっていきます! 他には!」


 会場は本日一の盛り上がりを見せる。

 私を買い取ろうと、悪い貴族たちは財力を振りかざす。

 私は諦めていた。

 誰に購入されても、待っているのは地獄だ。

 人ではない私相手なら何をしても許される。

 きっと普通は試せないことをたくさんやるはずだ。

 痛くて、苦しくて、辛いことを繰り返す。

 その相手が誰かなんて、心底どうでもよかった。

 私の未来に、希望なんてないのだから。


「四千五百!」

「四千六百だ!」

「おっと、そろそろ決まりそうな気配ですね」


 私の頭の中は、いつもこう考える。

 どうすれば死ぬことができる?

 この地獄を終らせるには、もう死ぬ以外に道はない。

 幸せな人生なんていらない。

 今の私にとっては、死こそが最高の幸せなんだ。

 だから、どうか……。

 誰でもいいから、私を殺して―― 


「勿体ないな」

「――え?」


 今、誰かの声が頭に響いた。

 優しくて甘い声だった。

 少し高いけど男の人の声……私はステージに立って初めて目を凝らす。

 呼びかけた人物を探すために、目を動かす。

 そして一人に、私は目を引かれた。


「五千二百!」

「……以上はいませんか? では五千――」

「じゃあ八千万だ」


 その声に、皆が注目した。

 奇しくもその時、会場の全員が彼を見る。

 私も含めて、釘付けになる。

 金額に驚いたから?

 それもあるけど、一番は彼の姿にあった。

 長く薄黄色の髪を後ろで結んでいる……一見女性のようにも見えて、ちゃんと男性だ。

 彼が放つ雰囲気が独特で、妖艶で、引き込まれる。

 男女関係なく、彼から目が離せなくなる。


「えっと、八千でよろしいですか?」

「もちろん」

「さ、最高金額が出ました! 八千万です!」


 会場から拍手喝さいが生まれる。

 私を落札した妖艶な男性はステージに招かれる。


「あれは誰だ?」

「貴族……か? 知らない顔だな」


 会場にいる貴族たちの反応は微妙だった。

 最高額をたたき出すような人物なら、さぞ名の知れる貴族のはず。

 誰もがそう思う。

 しかし皆、彼の顔を見てもピンと来ていない。

 皆の頭には共通の疑問が浮かんでいた。


 彼は何者なのか。


「おめでとうございます。見事落札された感想をどうぞ」

「うーん、別にこの場で言うことはないんだけど、そうだね。僕の魔法の研究がまた一歩進んだ気分だよ」

「魔法……そうか! ボイド・グレアンか!」


 最前列にいた貴族の男性が、突然大きな声をあげた。

 会場中がその声を聞き、再びざわめく。

 

「ボイド・グレアンだって?」

「あの人でなし魔法使いがどうしうてここに?」

「とっくに国を出たんじゃなかったのか?」

「あれ? もしかしてみんな僕のこと知ってるのかな?」

「当然だろう! 元宮廷魔法使いボイド・グレアン! 史上最年少で宮廷入りした天才……にも関わらず、王国の命令は一切無視! 有事の際も研究を優先するろくでなしで、たった一年で宮廷をクビになった男!」

「ひどい悪口だなー、まぁ事実だけどね」


 魔法使いは飄々とした態度で笑う。


 ボイド・グレアン……私も噂は聞いている。

 十四歳で宮廷に入った若き天才魔法使いがいた。

 けれど彼は変わっていて、王国から下りた命令は一切聞かず、自身の魔法の研究ばかりを優先する。

 大量の魔物が街を襲い、防衛のために招集された時も、一切戦闘に参加せずどこかへフラッと出かけて終わった頃に帰ってきた。

 それが決定打となり、彼は宮廷を追放された。

 人命より好奇心を優先する人でなしは宮廷に相応しくない、と。

 しかし腕は超一流、長い王国の歴史の中でも最高の魔法使いだった彼は、その後も何度か宮廷から再スカウトを受け、それを断っているという。

 先に感じた独特な雰囲気は、魔法使い故のものだろうか。


「なぜお前のような男がここにいる?」

「え、いちゃまずかった? お金があれば参加してもいいんでしょ? それともこの場にいて、品格とか言い出すつもりかな?」

「っ……」


 彼の金額に負けて落札し損ねた男性がかみつく。

 しかしあっさり一蹴され、悔しそうに唇をかみしめる。


「ねぇ支配人さん、僕が買い取っても問題ないよね?」

「え、ええもちろん、ちゃんと代金をお支払いして頂けるなら」

「じゃあ問題ないね! お金なら待ってるから」

「くっ……」


 悔しそうな顔をする貴族に彼は笑いかける。

 それから視線を私に向けた。

 透き通るようなバイオレットの瞳……吸い込まれそうになる。


「よろしくね?」

「え、あ……」


 挨拶されると思っていなくて、動揺から言葉がでない。

 予想外の人物に購入されたことの困惑も抜けていなかった。


「では落札者にはこちらを!」


 支配人から彼に手渡されたのは、奴隷の首輪と対をなす魔導具だ。

 その腕輪をつけていれば、私になんでも命令できる。

 

「ありがと」


 それを受け取る魔法使い。

 驚きはあったけど、私は現実に引き戻される。

 誰であれ変わらない。

 変人とも変態でも、魔法使いでも。

 私を購入する理由なんて一つしかない。

 壊れないおもちゃがほしいんだ。


「さぁ皆様! 今一度大きな拍手を! この素晴らしき日に祝福を!」


 パチパチパチと会場から拍手が起こる。

 みんな笑っている。

 私を見て、あざ笑っている。

 何が祝福だ。

 こんなもの……ただの呪いじゃないか。


  ◇◇◇


 暗い屋敷の一室に、魔法陣が展開される。

 光を放った直後、私たちは魔法陣の上に立っていた。


「はい。到着」


 オークション会場から一瞬で移動。

 彼が扱う魔法を始めて見せられ、素直に驚いた。

 この屋敷がどこにあるのか知らないけど、移動に一秒もかかっていない。

 魔法について詳しくない私でも、これがどれだけ凄いことかはわかる。

 

 本当に……天才魔法使いなんだ。


 そんな人物に買われた。

 さっきは誰でも同じだなんて思ったけど、本当にそうか?

 もっとひどい目に合うんじゃないのか?

 急激に不安が溢れる。

 よく見ると部屋の中もいろいろ変だ。

 見たことがない形の家具?

 装置もいっぱいあって、カーテンは空いているのに外も暗い。

 いかに夜でも暗すぎる。

 不安がさらに大きくなった。


「さてと、じゃあさっそく……」


 彼が振り返る。

 どうしようもない恐怖を感じる。

 逃げ出したくても、叶わない。

 この首輪がある限り、私に自由はない。

 何をされても、何を命じられても、ただ従うしか……。


「その首輪、邪魔だから外すね」

「……え?」


 バキンッ!

 金属が砕ける音が聞こえて、首元がすっとする。

 困惑の中、首元に触れる。


「……ない」


 金属がない。

 冷たさも、締め付けも感じない。

 首がある。

 当たり前だけど、久しぶりに触った自分の首を。


「当然だよ。壊したからね。これもいらないや」


 支配人から受け取った腕輪もその場で破壊してしまった。

 これで完全に、彼は私に対する命令権を失う。

 首輪は奴隷の象徴だ。

 それを破壊するとはすなわち、奴隷からの解放を意味している。


「どう……して?」

「そんなもを付けていたって邪魔なだけだからね。君にとっても、僕にとっても不必要なものだ」

「不必要……?」

「ああ、僕は別に、奴隷がほしかったわけじゃないからね」

「……なら、どうして私を?」


 私は疑問をぶつける。

 首輪もなくなり、逃げ出そうと思えば今すぐ足は動く。

 それでも気になった。

 この人が何のために私を買い、首輪を外したのか。


「それはね?」

「……」


 ほんの少しだけ……期待する。

 彼の言葉を待つ。


「サテラ・ローレライ。君を僕の弟子にするためだよ」

「――弟子?」


  ◇◇◇


 彼が指を鳴らすと、屋敷に明かりがつく。

 外は暗いままだけど、屋敷の中はとても明るくなった。

 明るくなると少しだけ不気味さが薄れる。

 ただ、広い屋敷なのに私たち以外誰もいない。

 彼曰く、一人で暮らしているらしい。


「最初にお風呂だね。綺麗にしておいで」

「は、はい……」


 私はお風呂を借りた。

 一人で使うには大きすぎるお風呂を一人で。

 数年ぶりに湯船につかる。


「はぁ……温かい」


 そう感じたのも久しぶりだった。


 それからお風呂を出ると、着替えが用意してあった。

 奴隷用のぼろ雑巾じゃない。

 ちゃんとした服が。

 少し変わったデザインだけど、可愛らしくて嫌いじゃない。

 何より服と呼べる服が着れる。

 それで十分恵まれている。


 廊下に出る。

 長く広い廊下で、初めてだと迷う。

 この後どうすればいいのか。

 迷っていると、どこからかいい香りが漂う。

 私は香りにつられて歩いた。

 少し開いている部屋の扉を覗き込み、その光景に思わず声を出す。


「わぁ……」

「おや、上がったんだね」


 魔法使いの彼が待っていた。

 テーブルの上の美味しそうな料理と一緒に。

 王城で暮らしていた頃に見た食卓だ。

 幼いころを思い出し、声が漏れる。


「これ……全部作ったんですか?」

「そうだよ。料理は割と得意なんだ。さぁ座って冷めないうちに」

「え……」

「何を驚いているんだい? これは全部、君のために作ったんだよ」


 私は二度驚く。

 驚くに決まっている。

 奴隷を買って、いきなりこんな豪華な食事と提供するなんて普通じゃない。

 立ち尽くす私を見かねて、彼はそっと手を引く。


「さぁ座って、冷めないうちにお食べ」

「……本当に、いいんですか?」

「食べてくれないと勿体ないな」

「――はい」


 席についてすぐ、私は食事を手を伸ばす。

 頂きますの挨拶すら忘れて。

 そのことを咎めもせず、彼は夢中で食べる私を優しく見守っていた。

 美味しい。

 味を感じることすら久しぶりで、涙が溢れてくる。

 食事ってこんなにも美味しくて、温かかったんだ。

 知らなかったわけじゃない。

 忘れるほど時間が経ってしまったんだ。


「お口に合いそうかい?」

「はい……美味しいです」

「そうか。ゆっくり食べていい。誰も文句は言わない」


 優しい言葉をかけられて、涙が余計に止まらなくなる。

 食事と一緒に口に入って、少しだけしょっぱい。

 それも含んて、幸福な時間だ。


「いっぱい食べたね。満足した?」

「……はい。もう……お腹いっぱいです」


 不思議なほどたくさん食べられたことに驚いている。

 お腹はパンパンだけど、気持ち悪さは感じない。

 むしろ身体がポカポカして、とても調子がいい気がする。


「その食事には貴重な薬草も入っていてね。身体の調子を整えてくれるんだよ」

「だからこんなに……」

「効果があってよかったよ。再生能力の種類次第じゃ、ただの草になっちゃうけど……思った通り、いい才能を持ってる」

「才能……」


 彼は私をじっと見つめてそう言った。

 才能とは、この不死身の肉体を指しているのだろう。

 確かに考え方を変えれば一つの才能だ。

 私は一度も、そう思えたことはないけど……。


「あの……さっきの話は……本当なんですか?」

「もちろん。僕は君を弟子にするために買ったんだ。君には魔法使いの才能がある」

「でも私、魔法なんて一度も……」

「それは自覚がないからだよ。例えば呪いも……魔法の一つの種類だ」


 人間の内には魔力と呼ばれる形のない力が存在する。

 それを操り、特殊な方式に当てはめることで様々な効果を発揮する。

 それが魔法であり、未だ謎多き力でもある。

 魔法には炎や水といった種類があり、呪いという分野も存在しているらしい。


「対象に特定の条件下で効果を発揮する魔法。簡単に言えばそれが呪いだよ。普通の魔法と違うのは、消費するのが発動者じゃなくて、呪いを受けた側の魔力だってこと。そして呪いは、発動者か被害者でなければ解呪できない」

「解呪……解けるんですか?」

「君のそれが、呪いだとすればね。まだ断定はできないけど、魔法であることは確かだよ」

「これが……魔法……」

「そう、君の身体には今、無制限に魔力が溢れているんだ。通常、どんな人間にも魔力を貯める器には限度がある。それ以上は増やせないし、溜まらない。だけど君はその制限が壊れている」


 彼は私の肉体について説明してくれた。

 魔力は強い力で、制御できなければ自身を破壊する。

 だけど私の場合、あふれ出る魔力で壊れた身体を、その魔力によって修復している。

 壊して治す。

 それを自分で、永遠に繰り返している。

 だから死なない。

 それこそが、私が持つ不死身の仕組みだった。


「どうして、わかるんですか? 今まで宮廷の魔法使いの方にも見て頂いて、それでもわからないと」

「それは未熟だからだよ。修練を積んだ魔法使いなら、見るだけで魔力の流れや性質、魔法の式なんかもわかるようになる」


 宮廷で働く人は、全てがその分野のエキスパートだ。

 その人を簡単に未熟と言ってしまえる。

 天才……まさに。


「普通、どれだけ鍛えても魔力量は上限がある。君は特異だ。無限の魔力……それを制御できれば、君は凄い魔法使いになる。間違いなく、僕を超える。僕はね? 見てみてみたいんだ。魔法の限界を、その先を、君なら見られるかもしれない。だから弟子になってほしい」


 彼は無邪気に夢を語る。

 その表情からもわかる通り、悪意は一切ない。

 ただ純粋に、目的のために私を弟子にしようとしている。

 理解した上で、私は尋ねる。


「……魔法使いになれば、この呪い解けるんですか?」

「呪いかどうかはわからないよ。だけど魔法であることは確実だ。魔法に対抗できるのは魔法だけだよ」

「そうすれば……幸せに、なれますか?」

「うーん、幸せの定義はいろいろあるから断言できないな。まぁ確実に言えるのは、いろんなものから解放される。自由にはなれるよ」


 自由――

 それは、今の私が一番欲しいもので、一番諦めていたものだった。

 叶うのだと言われたら、答えは一つしかない。

 疑問も疑念も、全部吹き飛んだ。


「……私に、魔法を教えてください!」

「なら、君は今から僕の弟子だ。魔法に関しては厳しいよ」

「はい!」


 こうして化け物な私は、人でなしと呼ばれている天才魔法使いの弟子になった。


 一か月が過ぎる。 


  ◇◇◇


 朝が来る。

 カーテンの窓から日差しがベッドに届く。

 日の光が目覚まし代わりだ。

 

「ぅう……」


 目覚めた私は起き上がり、大きく背伸びをする。

 

「よし」


 用意していた服に着替えて、身だしなみを整える。

 顔を洗ってから向かったのは食堂と、その隣にあるキッチンだ。

 扉を開けると、すでにあの人がいる。


「おはようございます。先生」

「ああ、おはよう、サテラ。さっそくだけど朝食の準備を手伝ってくれるかい?」

「はい!」


 てくてくと歩いて先生の隣へ行く。

 料理なんてした経験がない私は、先生の指示に従って手伝いをする。

 何度も繰り返して、ようやく慣れ始めてきた頃だ。


「馴染んだね、随分」

「そうですか?」

「元王女が家事もこなす。中々できることじゃない」

「今の私は王女じゃなくて、先生の弟子ですから」


 ついこの間まで奴隷で、人間としての権利もなかった私が、こうして人間らしい生活を送れている。

 それは全て、先生が私を見つけてくれたから。

 あの場にいたのは偶然だったらしいけど、私はその偶然に感謝している。

 たぶん、あの場の誰に買い取られるよりも、先生がいい。


 準備を済ませ、二人で朝食をとる。

 食べながら今日の話をする。


「この後も勉強ですか?」

「いや、今日はお休みだよ。少し用事があってね? 夕方まで留守にする。その間は自由にしていてくれ」

「わかりました。じゃあ一人で勉強しておきます」

「熱心だね。感心だ」


 弟子になった私だけど、私は魔法に関してまったく知らない素人だ。

 いきなり魔法を使う、なんてできない。

 まずは知識がいる。

 今日までほぼ毎日、魔法の知識を蓄える時間に費やしていた。

 具体的な特訓に入るのはまだ先だ。

 今は少しでも早く知識を身に着けたいと思っている。


「無理はしないでもいいんだよ?」

「大丈夫です。苦じゃありませんから」


 自分のために苦労する。

 幸せな未来が待っていて、そのために費やす時間を苦だとは思わない。

 むしろ楽しいとすら思えている。

 魔法に触れるのは初めてだったけど、知る度に発見があって、刺激的だ。


「それならいいか。食べたらすぐ出発する。僕がいない間、何かあったらすぐ逃げなさい。屋敷も僕のことも気にしなくていい。死なないからって、無茶もいらない」

「はい、そうします。私も痛いのは、嫌ですから」

「それでいい」


 先生は優しく笑い、頷いた。

 

 その後、先生は屋敷を出て行った。

 戸締りをして、一人になった私は書斎に向かう。

 何気に初めてだ。

 ここで一人きりになるのは。

 逃げようと思えば、今なら逃げられる。

 首輪も何もない。

 でも、逃げる理由が今はない。

 まだ一月だけど、ここでの生活には満足している。

 先生も優しい。

 自分のことを話さない人だから、正直わからない部分のほうがおおいけど。

 でも、世間で知られているような……人でなしではないと思っている。

 

 コンコンコン――


 ドアをノックする音が小さく聞こえる。


「ん?」


 先生?

 忘れ物でもしたのかな?

 私は急いで玄関のほうへと戻り、鍵を開けた。

 不用心すぎたことを後悔する。

 開けた先に立っていたのは先生ではなく、ガタイのいい男たちだった。


「え……」

「見つけたな。捕まえろ」

「い、嫌!」


 抵抗空しくあっさり捕まり、地面に組み伏せられてしまう。

 逃げたくても男の人の力には勝てない。

 

「なんだ? あの魔法使いはいないのか。せっかく人を集めたというのに拍子抜けだな」

「あ、貴方は……」


 小太りな貴族の中年が顔を出す。

 知り合いじゃない。

 けれど、どこかで見たことがあるような……。


「オークションぶりだな。呪い姫様」

「あ……」


 思い出した。

 私を最後に落札しようとして、先生に持っていかれた貴族。


「な、何しに来たんですか! 放してください!」

「馬鹿な女だ。この状況でまだわからんのか? お前を奪い取りに来たんだ。探すのに随分と苦労したぞ」

「私を……どうしてそこまでして」

「決まっているだろう! お前が最高のおもちゃだからだ!」


 貴族の男はゲスに笑う。

 私のことを人として見ていない目だ。

 ぞっとする。

 この一か月で人間らしく生きられた分、こういう扱いが怖くて仕方がない。


「どんなことをしても死なない身体、最高だ。人間の女は貧弱だからな。ワシのやりたいことにいつも耐えられん。ずっとほしかったんだ。壊れないおもちゃが! やっと見つけたのに、あんな人でなしに奪われてたまるか」

「――っ、人でなしは貴方のほうでしょ」


 自然と出た反論に、自分でも驚く。

 先生のことを悪く言われて、思わず怒りが漏れてしまった。

 だけど、この言葉が逆効果だったらしい。

 貴族の男は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「いうじゃないか。化け物の分際で」

「……」

「その反抗的な目……いいな。まずは手始めに、ここにいる全員で楽しむか。それとも先に、この屋敷でも燃やすか」

「――! ま、待って屋敷は」

「そうかそうか。そっちのほうが嫌か。なら燃やそう。おいお前たち、火を付けろ」

「はい」


 屈強な男たち数名が動き出す。

 何の躊躇もなく屋敷に火をつけようとしている。


「やめて! ここは先生の家よ!」


 バタバタと抵抗する。

 しかし動けない。

 魔法も使えない私じゃ、この人たちを追い払えない。


「お願い! 私には何をしてもいいから! だからこの場所だけは――」


 お願いだから壊さないで。

 私が唯一、幸せだと感じられた場所を。


「――まったく、屋敷より自分のことを優先しなさい」

「なっ!」

「ぐおぁ!」


 瞬間、男たちが吹き飛ぶ。

 私の上に覆いかぶさっていた男も一緒に。

 ふわっと身体が軽くなり、いつの間にか立ち上がっていた。

 私の両肩を、優しい手が支える。


「大丈夫だったかい?」

「先生……」

「異変を感じて戻って来たんだけど、遅くなって悪かったね」


 優しい先生の笑顔を見て、涙が溢れそうになる。

 もう終わりだと思ったから。

 情けなさと同時に、ホッとしている。


「き、貴様、一体どこから」

「ここは僕の領域だよ。どこにいても不自然じゃないさ。むしろ、君たちがここにいる理由を聞きたいな」

「ふ、ふん! 理由などわかるだろう! そのおもちゃをよこせ! それはワシのだ」

「おもちゃ? 何を言っているんだい? 彼女は僕の弟子だよ。渡すわけないだろう?」


 先生はキッパリと否定してくれた。

 貴族は面食らった顔をする。

 しかしすぐニヤケ顔に戻り、先生に問う。


「弟子か、そうかそうか。そうやって上手く飼い慣らし後で楽しむつもりか。中々いい趣味じゃないか」

「何言っているのかな?」

「惚けるな。そんなものを買う理由など皆同じだ。ワシはそれを人でなしとは思わんぞ。何せそれは人ではなくおもちゃだ。確かに他人のおもちゃを奪おうなどと、ワシとしたことが大人げなかったな。空いている時間でも貸してくれんか? 何、どうせ死なんのだ。お互い何をしても楽しめれば――」

「はぁ、もういいよ」


 先生が大きなため息で貴族の言葉を遮る。

 そうして呆れ顔で一言。


「話が長い。出て行け」

「え?」


 次の瞬間、貴族を含めた男たちは眼前から消えた。


「転移魔法……?」

「うん。うるさいから遠くの海に移動させた。今頃頑張って泳いでると思うよ」

「そ、それは……凄いですね。私のせいで迷惑をかけてしまって、すみませんでした」

「違う。謝罪の場所が違うよ、サテラ」

「え?」


 キョトンとする私のおでこに、先生は指をさす。


「今後何があっても自分を優先することを誓いなさい。屋敷より自分のこと! 屋敷なんて、壊れても直せる」

「それは私の身体も……」

「君は痛いだろう? 苦しいだろう? それとも君は物なのか?」

「――私は……」

「人間だ。そして、僕の弟子なんだ」


 先生は私のおでこに指していた指を放し、その手で頭にポンと手を置く。


「もっと自分を大切にしなさい。君はまず、そこからだ」

「……はい」


 涙が流れる。

 けれど少しだけ、温かい涙だった。

 私は物じゃない。

 私は怪物じゃない。


 私はこの人のおかげで、人間でいられるんだ。

最後まで読んで頂きありがとうございます!

いかがだったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

連載候補の短編ですが、連載するかどうかは未定で、反応を見つつ検討しようかと思います。


もし続きが気になる、面白かったと思って頂けたなら!

ページ下部の評価☆☆☆☆☆欄から★を頂けると嬉しいです。

モチベーション維持・向上につながります。


よろしくお願いします!


これにて本当に完結です!

お待たせしましたが、いかがだったでしょうか?

満足して頂けたら幸いです。

満足して頂けたならこそ、最後に評価★を頂けると非常に嬉しいです!


もう一つ新作投稿しました!

タイトルは――


『姉に全てを奪われたルーン魔術師、天才王子に溺愛される ~婚約者、仕事、成果もすべて姉に横取りされた地味な妹ですが、ある日突然立場が逆転しちゃいました~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n3482ia/

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新作です!
姉に全てを奪われたルーン魔術師、天才王子に溺愛される ~婚約者、仕事、成果もすべて姉に横取りされた地味な妹ですが、ある日突然立場が逆転しちゃいました~
https://ncode.syosetu.com/n3482ia/

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