86 「What's inside?」 ミシェルside
引き続き、ミシェル視点です!
「ゆ・る・さ・な・い・ぞ!!!!!」
奇妙なことに、アシェルの輝く銀髪は、すっかり年寄りのような白髪に変わっているではないか。
ついさっきまで超音波障害の悪影響で休んでいたが治ったのか。俺よりも症状は重かったようだが、今だにカイン王が気を失っているのを見るに、症状にはかなり個人差があるようだ。
「ア、アシェルなの!?体調は平気!?」
アリス様が叫ぶ。
「は・は・は・白髪の神!!
ち・ち・力が戻ったのォォォォ!!?」
魔女の方は恐怖に慄いた表情で、歯の噛み合わせが合わずガタガタと音を立てているほどだ。
アシェルの前世は、白髪の美しい青年の容姿をした神様だった。
それは、世界で並び立つ者がいないほど、全知全能唯我独尊の最高神だ。
しかし、とある出来事がきっかけで、彼は完全に世界へ希望を失った。
彼は絶望の淵で世界を破滅させ、自らの神力と記憶とを封印した。
もし、白髪の神が現世で記憶と神力を戻したとすればかなり手強い強敵になる危険性がある。
「アリスを、お前たちのような腹黒な奴らの好き勝手にはさせないぞ!!!!」
アシェルの怒号が響き渡った。
部屋中が縦に突き上げるような衝撃を受けたと思うと、横にぐらぐら地震のように激しく揺れる。
「うわぁぁぁぁあ!?じ、地震!?」
慣れぬ地面の揺れに慄いて、バアル氏は近くの椅子にしがみついている。
「アシェル、落ち着きなさい」
勤めて冷静に対処するべきだと俺は考えた。
あくまで、これまで通りアシェルをアシェルとして扱い、神としての記憶を呼び覚ますべきではない。
「う、ううう・・・・・・」
アシェルは苦しそうに唸った。
彼が膨大な神力を取り戻したかは定かではないが、かなり具合は悪いようだ。
「だ、大丈夫、大丈夫よ……………
アシェルはまだ完全体じゃない、そうよ……………」
真っ青になった魔女がブツブツ呟いている。
そう。
アシェルは本体を、この魔女、母であるラルラに奪われたので、ダミーである木人形に憑依している状態が続いている。
さすがのアシェルでも、生身の身体がなければ最高神としての器が足りず、神力を充分に発揮できないはずだと魔女が教えてくれた。
その仕組みを知り、俺がアシェルが本格的に神力を覚醒する前に、身体を奪い本体に戻れないように画策し、魔女が計画を実行してくれたのだ。
魔女はこの世界を掌握し続けるために。
俺はアリス様をアシェルに奪われないように。
決して仲間などではないが、俺と魔女は互いの欲望において協力関係にある。
「アシェル!?っ離して!」
見れば、アシェルはアリス様の両腕を掴み羽交い締めにしている。
アリス様はアシェルの手を振り払おうと非力にも藻掻く。
(アシェルがアリス様の言う通りにしないとは)
奴はアリス様の言う事ならなんでも、従順な下僕のように全てを喜んで聞き入れていたというのに。
やはり、アシェルは正気を失っているように見える。
(………いいや、これこそが彼の”正気”と言うべきか?)
俺は軽い目眩を覚えて、額に手を当てる。
思い返せば、やはり白髪の神はこんな奴だろうという気がしてくる。
あの山小屋では、間違いなく彼女を拉致し監禁するようなとんでもない無頼者だったのだ。
だからこそ、俺の息子として奴を転生させると魔女に告げられた時は、これから生涯を通してこのアシェルが暴走しないように見張ろうと、固く誓ったのだ。
もう二度と残虐な神が彼女を支配しないように………
「アシェル、止めなさい!」
しかし、彼の耳に俺の声は届かない。
「アシェル!?顔色が真っ青よ!?
大丈夫………? 身体が、苦しいの…………?」
アリス様は振りほどけない両腕を諦めて、
そのままアシェルの顔を覗き込んだ。
「あ・あ・う・・・・・」
アリス様の純粋な眼差しを受け、
アシェルの暴走は減速した。
「落ち着いて、アシェル……………休みましょう?」
アリス様は聖母のように微笑んだ。
「・・・・アリス・・・・う・・・・
早く・・・帰ろう、ディスィジュエス共和国へ・・・君とゆっくり休みたい・・・・」
そう言って、アシェルはアリス様からゆっくり手を離した。
心なしか、徐々に白髪が輝く銀髪へと色が戻っていくように見える。
「クックック…………………突然に地震とは……………さすがトンボー列島ですね…………」
バアル氏の重く湿った笑いが響いた。
地震に驚き興奮しているのか。しかし、アシェルが起こしたとは思いもしないようだ。
「……………アリス様……………いけません。
このまま弟君であるカイン王を置いて、ディスィジュエス共和国へ戻るのですか?
人質の身では、二度と帰国できないかもしれませんよ?」
「え?」
アリス様がはっとバアル氏を見た。
「今の状況をみれば、確実にカイン王の体調は刻々と悪化しているように見えます。
彼を元の状態へ戻せるのは、我々”世界宇宙開発事業団”しかいません」
「何を言う? 木人形使用者であるカイン王も、私とアシェルのように徐々に体調は直っていくはずだろう?」
もう俺の体調に問題はなかった。
「閣下とアシェル殿は魔力が強いから回復が早かったのかもしれません。偶にいるのですよ。異常なまでに宇宙超音波に弱い者が…………」
ちなみに、アシェルは神なので、魔力ではなく神力で木人形を動かしている。
「馬鹿を言え」
しかし、カイン王を見れば、確かに一筋も動かない。
彼の肌は真っ白に冷えきり、重そうに閉じられた瞼を縁取る長いまつ毛も冴え、まさに精巧に作られた人形のようで……いや、人形でいいのか。
「ほら、中に何も、入っていないようでしょう─────」
バアル氏はカインの腕を少し持ち上げて、離し、パタリと腕は物のように重力をもって布団の上に音を立てながら落ちた。
「カイン!!!」
アリス様はカインの元へ駆けつけた。無責任なバアル氏の見解に心配を募らせたようだ。
「カイン王には、何か、異質なものを感じます………
おそらくは中の魂の性質によるものだと思います。
我々“世界宇宙開発事業団“は、宇宙環境に適応する機械人形だけではなく、中身の”魂”の研究にも力を入れています。是非、カイン王の中身の治療については我々にお任せください。責任を持って務めさせていただきます」
「そ、そんなに深刻な症状だなんて…………」
アリス様はたじろぐ。
「本格的な治療には、カイン王に我々の研究所系列の病院へ入院していただく必要があります」
「何を言う。
一国の王を他国にそう簡単に預けるわけにはいかないだろう?」
こいつの思惑など分かりきっている。
カイン王を連れて行くことでアリス様もエヴァグリーン国ごと自らの陣営に取り込もうというのだ。
「フフフ、困りましたね。もう、御家族に承諾をもらっているのですが」
「承諾?」
俺は怪訝に思う。
カイン王はついさっき意識を失ったばかりなのに承諾とは?
そもそも、アリス様以外にまともな王族も親戚も残っていないというのに、誰に承諾をもらうと言うのか。
トントン、
ドアがノックされた。
そこへ、入ってきたのは────
「!?」
元エヴァグリーン国王 と、
王弟であるルゥ•ブラーシ•ボトルブラシュ公爵
の、木人形二体だった。
「お父様、叔父様………………!?」
アリス様の声は上擦った。
あの木人形たちは、エヴァグリーン国王宮の奥深くに捨て置いたはずなのに、誰が連れて来た。
「やあ、お取り込み中のようだな」
彼らは部屋の中へ入ると、まるで人間のように流暢な動作で椅子に腰掛けた。
「先ほどカインの体調を聞き、見舞いに来たのだ。事態は急を要するそうだな。
どうか、バアル氏に治療を任せたい」
そう言うと、元王弟殿下は元王へ目配せした。
「そうだな。
アリス、バアル君の言う通りにしよう。何よりも、カインが大事だろう?
国王不在の後のことは────私とルゥに任せるといい」
元王陛下はアリス様に優しく笑いかけた。
どういうわけだろう?
元王と元王弟の振る舞いに、数日前のような気味の悪さや違和感は感じられない。
まともな“人間”に見える。
「う、うそ!? ………………!!
もしかして、私、召喚に成功していたの?」
アリス様は呆然と呟いた。
「アリス、苦労をかけたな。もう安心しなさい」
「お父様!!」
元王陛下の広げた両腕に元王女は駆け込んだ。
父と子はしっかりと抱き合うのだった。
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