74 ミシェルとアシェル ミカエルside
初のミカエル視点です! (゜ο゜人))
背後を気にしながら私は山道を下りていた。
やはりアシェルは私について来ず、あの小屋へ残ったようだ。
魔女に聞きたいことがあるのだろう。
彼もまた”前世”の記憶に今世をがんじがらめに縛られている一人なのだから。
(やれやれ·······あそこでアシェルに会ってしまうとは········まさか、私の正体に気づいてはいないだろうな·········)
この新しい姿で来るべきではなかったか。
私はそっとため息を吐く。
しかし【嘘をつかない】ことがあの悪辣な魔女との契約なのだから、この姿で来たのは仕方がなかった。
この新しい木人形、
これこそが私自身そのものの姿だ。
もう、無機質なガラクタの人形に入るなんて、考えただけで中身までロボットのように固くなって心が停止してしまいそうだ。
────私は、ミカエルではない。
私の本当の名は、ミシェルだ。
そう。アシェルの実父の────
観光庁の役人のミカエル、とは
私がこの国の賓客であるアリス様を守る為に生み出した架空の人物に過ぎない。
私がミシェルだと知られれば、アリス様は私を避け近くへ寄ることはできないだろう。
アシェルは信用ならないので、私はアシェルにもバレないように慎重に行動しなければならなかった。
ミカエルの木人形には、知人から譲り受けた美しい容姿の旧式のものを使用していた。
新式であるミシェルの方が容姿は目立たない自然を心がけたデザインで、ミカエルの木人形に比べれば地味な外見ではあるが高性能でより生命感が溢れ、生体との差が少なくなっている。
二つの木人形の二重生活により、ミシェルは戦場にいるがミカエルは中央で職務を続けることができた。
それもこれも、最重要賓客であるアリス様を近くから守る為だ。
しかし、よりにもよってこのタイミングで旧式が故障するとはさすがに予期していなかった。
私、ミシェルは移民だ。
両親はとある国の貴族だが、実は母方はエヴァグリーン王家の血縁をひく貴族だった。
そこへ、国内情勢が悪化し、両親と私も含めた三人は国を逃れディスィジュエス共和国へ亡命することになった。
父はディスィジュエス共和国で権勢を振るっていたマロウ家を頼った。
マロウ家は遠い昔にエヴァグリーン国の元貴族だったということで、同国出身の王家の血筋である我が家を快く受け入れ、ディスィジュエス共和国政府の重職へ引き上げてくれた。
マロウ家はかつてエヴァグリーン国で重大な罪を犯し、一族は取り潰し、当時の当主夫婦は国外へ放逐されるという憂き目にあったらしい。
それから、隣国のディスィジュエス共和国に落ち着き、自由貿易の中継基地を謳うディスィジュエス共和国の港街でかつての貴族時代のコネを活かして海外との貿易に大成功し、マロウ家は巨万の富を得てこの国での地位を確立した。
しかし他国で再興しても今だに、マロウ家は自分達の価値をエヴァグリーン国の元貴族という立場に縋りつき誇示し続けてきた。その貴族というプライドとエヴァグリーン国への恨みつらみの愛憎混じった複雑な感情は、彼ら自身でも簡単には説明できないだろう。
先日の、両国にカメリア合州国を巻き込んでの戦争へと発展した顛末も、明らかにマロウ家の鬱屈としたエヴァグリーン国への執着と怨念が発端となっていたのだ。
例の『建国物語研究会』のメンバーはマロウ家の者が多い。
皆、選民思想が強く、精度の高い純粋な魔力を内包するといわれる王族の血筋に強い関心と黒い野望を抱いている。
私は適齢になるとマロウ家の娘と結婚した。
もちろん両家を結びつけるための政略結婚だった。
そしてアシェルが生まれて数年が立ち、アシェルの魔力の才能に気づいたマロウ家はアシェルをマロウ家当主の養子へ引き渡すように要求してきた。
当然断ったが、その後、私は両親と一緒に事故に遭い、両親は亡くなり私は身体を失うことになる。
マロウ家の謀略だというのは明白だった。
しかしマロウ家は絶対的な権力を握っている。
私は既にCP党党首に上り詰めていたが、それもマロウ家あってのことだ。
正直、私は妻も息子にも特別な感情を持てず、アシェルは俺の息子というよりは妻の息子だった。
私もアシェルもマロウ家の後ろ盾を失えば立場は危うい。私は離婚を条件にアシェルを渡すことを承諾した。
私は身体を失うと同時に、妻も子もこの世界への関心すらも完全に失っていた。
私はこの馬鹿らしい世界に嫌気がさしていた。
そこで見つけたのが、あの魔女の館だったのだ。
その館で、この世界はあの魔女の作った童話を元に動かされていたと知ることになる。
真実、この世界は残酷な童話であり、
実に偽物の世界だったのだ
そもそも、
この世界に生まれ落ちた時から違和感があった。
この世界は自分の世界ではないという思い。
全ての出来事が遠く、ガラスの壁の向こうで起きているような、ずっと奇妙な感覚だった。
この世界から抜け出したい気持ちを誤魔化すように、私は幼少の頃からこの世界が【建国神話】通りに作られた童話の世界ではないかと疑い、どんなに陰謀論だと嘲られようが、真剣に【建国神話】を調査していたのだ。
しかし、童話の意図を解明できず、ただ無意味な時間が通り過ぎていく。
それを変えてくれたのは、
アリス様の存在だった。
アリス様が誕生した祝宴に、私は両親共にエヴァグリーン国王から招待された。
本当に王族の親族という立場で招待されるとは両親は微塵も思っていなかったようで喜んで出席した。
しかし、その帰りの交通事故で私の両親は死亡し、私は身体を失うこととなったのだが·······
私は赤ん坊であるアリス様にお会いした瞬間から
この世界の悪い魔法が解けたのを感じたのだ。
彼女はこの狂った童話を正しいストーリーに修正する、この世界の主人公であり特別な存在だ。
だから彼女の創りたもうこの木人形の身体は、生きているかのように呼吸までもする。
この世界の空気を吸って吐いて、
私はようやく世界と繋がることができる────
私は初めてこの世界の神へ感謝したのだ。
(アリス様をハッピーエンドにしなくてはいけない)
マロウ家はアリス様を狙っている。
アシェルを使って取り込み、利用しようとしている。
私はもはやお飾りの党首となっているが、息子とはいえアシェルにアリス様を渡すわけにはいかないのだ。
「魔女はどちらに味方するかな·········?」
彼女は神にも等しい力を持つが、
悪しき存在で
いつでも気まぐれだ。
私は強い決意のもと、
曇天の空を見上げた。
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