68 無限大に君に焦がれるクローン
「アリスさん、身体を貸してくださって、本当にありがとうございます」
「ううん。こんな身体しかなくて申し訳ないわ」
ミカエルはまだちょっと顔色が悪いみたいで心配だ。
「いいえ! この木人形は本当に素晴らしいです!
それに、この身体が借りられなかったら私はまともに暮らせないところでした·········
このお礼は如何様にも·············!」
「そんな! いつもお世話になっているんですもの。お礼なんていらないわ」
私たちは、アイヅシティの木人形リハビリテーションセンターの屋上にある空中庭園で話している。
エヴリンはそこで飼われているペリカンに有料のエサやりを体験して楽しんでいる。
私は自分の木人形をしばらくミカエルに貸すことにした。
ミカエルには女性の木人形が窮屈そうで却って申し訳ない気もしていたけれど、彼は経験値が高いからか、何の訓練もなくあっさりと私の木人形に入ってしまった。
庭園内を行き交う人がチラチラとこちらを見てくる。
双子かな?と思ったのだろう。
私の木人形はアシェルが私にそっくりに作ったので、ホクロの位置から毛髪の本数まで(?)同じなのだと思う。
私でも違いが分からないぐらいだ。何度も言うがアシェルの神業は本当にすごい。
つまり、双子か、さもなくば全く同じ顔同じ姿のクローン少女が立っているように見えるのだ。
何でも、ミカエルの木人形は老朽化で簡単な修理では間に合わないそうだ。
普通なら、その間は仮のアンドロイドに入ることになるが、アンドロイドは人体の動きにはまだ程遠く、木人形のようには自由に活動ができないそうだ。
又、AI(人工知能)との判別がつき難い為、色々人権条約の規制で普段の生活に制約がかかってしまい、アンドロイドの身体では権限のある仕事は殆どできなくなるらしい。
観光庁で重役についているミカエルには大問題だ。
「でも、わたしのような小娘の姿でお仕事に支障はないのかしら?」
「もちろん支障なんてありませんよ! 外観は個人の趣味も反映されるので皆さん元々好き好きな格好で出庁されますし」
お化粧や服装のことを言っているのかしら?
確かにこのディスィジュエス共和国では多用性が尊重されていて、マイノリティにも暮らしやすい社会なので、どんな格好をしても咎められることはないだろう。
ただ、さすがに本体が別人に変わってしまうのとは違う次元の話だと思うんだけど···········
医療用木人形を作るときも、出来るだけ本人に似せて作るのが好ましいとされている。
正直、ある日突然、同僚が小学生の少女になって出勤して来たらみんな驚くと思うけど。
まあ、それも慣れればどうってことない話なのかしら············
「まあ、我が儘を言えば、アリス様が作った木人形の方が良かったんですが········」
ふと、ミカエルが呟いた。
「え?」
「あ、いいえ··········
············はは、私はアリスさんの作品のファンなのです。実は以前からアリスさんが木人形作家だということを知っておりまして」
「?」
ミカエルは真っ赤になっている。
ど、どういうことかしら?
最近、エヴァグリーン国編入を間近に控えた話題作りの為に文化庁主催で『エヴァグリーン国展』がライラックシティで開催された。
そこで、様々なエヴァグリーン国の文化と産業が紹介される展示の中の王室紹介ブースに、私が制作した『18歳の理想の自分木人形』を出品したのだ。
さすがに恥ずかしいので王女が自ら作ったというのは伏せて、名称も『エヴァ国王女像』に変更して展示されたが、けっこう話題になったそうだ。
そして、それがあまりにも完成された美を体現していたので、ミカエルは観光庁の仕事で文化庁の手伝いをして接するうちに、すっかり虜になってしまったという。
·············あくまで美術作品としてね?
そこで作者が王女本人だと聞いていたらしい。
しかも、ミカエルは私が王女だと知っていたというのだ。
『エヴァグリーン国展』には私も王女として協力しており、幾つか展示品を提供させてもらった。
特に王室に受け継がれる宝飾品などは、歴史的価値が非常に高いらしく、ミシェルにしっかり高額の保険を幾つもかけてもらった。
そもそもは『18歳の理想の自分木人形』は、宝飾品などの展示品を受け取りに訪ねて来た学芸員たちに話のネタになるかと見せただけだった。
なのに展示の筆頭学芸員がその木人形をいたく気に入ってしまい、作者名を伏せるのを条件に出品することになってしまったのだ。
でもまあ、私はあまり深く考えず、大物家具が無くなってスッキリしたようにしか思っていなかった。
展覧会は、私も当初は楽しみにしていたのだが、ちょうど北の国と戦争が始まったのもあり、初日のレセプションなどは中止になってしまった。
その上、アシェルもミシェルも戦地へ旅立ったりと、そのゴタゴタですっかり展覧会の事を忘れていた。
ちなみに、展覧会の期間は既に終了して木人形なども返却されている。
だけど意外にも、展覧会はひっそりとエヴァ国マニアの間で話題になり、そこそこ賑わっていたらしい。
特に『18歳の理想の自分木人形』は『エヴァ国王女像』として、若く美しきエヴァグリーン国王女の謎のベールにつつまれた容姿を体現した作品としてかなり話題になっていたらしい··········
え、ウソウソ!?
あれ、ただの理想だから!!
本人と似ても似つかないからーーー!!
「名称、そのまま『18歳の理想の自分木人形』にすれば分かりやすくて良かったわね··········」
私は自分がやらかした失敗を知って··········
······················呆然とするしかなかった。
私は姿を世間に晒せなくなってしまった。
だって、本人がこんなちんちくりんだとバレてしまったらがっかりさせるわよね。
何よりがっかりされる自分が辛すぎる·········!
でも、ミカエルはこう言ってくれた。
「いえいえ!清らかで瑞々しい御本人の方が、ニセモノの木人形よりもそれはもう無限大に素晴らしいと思いますよ!がっかりする者がいようはずがありません!」
「それって、あの木人形が退廃的でからっからに乾いてて零点の駄作ってこと?」
「いえ···········これはこれは!失礼しました。
どうも旨くいきませんで、申し訳ありせん。
褒めるとは難しいものですね·········」
ミカエルは肩を落とした。
私は戯けてふふっと笑ってしまう。
「イジワル言ってごめんなさいね。
本当は本人が褒められて、無限大に嬉しかったの·······」
「···········!アリスさんが清らかで瑞々しくて可愛らしくて無限大に素敵なのは、本当ですっ!!!」
ミカエルは真っ赤になってまた褒めてくれるのだった。
「あの·············お二人共、双子同士での妄言か、クローンとの戯言にしか見えませんからね?」
ペリカンとの餌やりの一時を満喫して戻ってきたエヴリンが私達のやり取りの感想を述べた。
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