66 窓の外は戦場へと続いている
「アリス様」
私はギョッとした。
エヴリンがお茶の時間になって、準備に席を立った時だった。
「ジョシュアくん!?」
コンコンと窓枠を叩く音がして、
見ると室内の窓の近くにジョシュアくんが立っていた。
あれっ、窓が開いていたのね·······
「そこから入ったの?どうしたの?
ジョシュアくんは北の地へ潜入していると聞いていたけど?」
エヴリンから話を聞いてから数日は経っていた。
ミシェルもアシェルもあれからすぐに北の戦地へと出発している。
私はジョシュアくんに客間のソファーに座るように促した。
「いいえ、ここで結構です。
一旦、北の地へは行ったのですが、忘れ物がありまして戻ってきました。
またすぐ戦場へ戻ります 」
「ええ·······」
忘れ物を取りに戻ってまた戦地とは何て身軽なの!?
「忘れ物って?」
「いや、忘れ物というか?
急に渡さなくてはいけない物ができてしまいまして·········アリス様に」
ジョシュアくんは決まり悪そうに頭を掻いて、紙で大雑把に巻かれた包みを渡してきた。
「これ?私に?」
「そう、えーと、それ『山の塗料』です」
え········
今、なんて··········
「今、北の地へはエヴァグリーン国の信頼のおける独身男を中心とする部隊で潜入中なのですが、
潜入のついでに色々ディスィジュエス共和国の森林を調査していまして」
「森林を?どうして?」
「これからディスィジュエス共和国に吸収されて同じ国になるのなら、ディスィジュエス共和国の資源も俺等のものと考えていいですよね?
木材の取引は我が国の専門なので、どんな木が生育しているのか今のうちに把握したかったんです。できればその山地や森林を購入できるかも調べています」
「えっっ、···········戦争は?」
「ああ、戦況ですか?
ディスィジュエス共和国は軍隊も凄いですね!
最新兵器を惜しみなく投入して敵方を圧倒しています。
優勢も優勢、敵が国境向う側に逃げて行ってしまって敵らしい敵が見当たらないほどです。
いたとしても俺等は適当に逃げ回っていますけど」
「エヴリンの話のジョシュアくんと違う············」
戦争が優勢なのは素直に嬉しい。
だけど、ジョシュアくんは戦争の為に生きてるって話は?
「エヴリン?あいつには内緒にしてくださいね。あいつ俺のこと武士とか言ってませんでした?
はは、あいつは武闘バカなんで、もろに家訓を実行してるんです。
戦争を投げ出してここに戻ってきてるのがバレたら八つ裂きにされます。早くここを去らないと」
これは·····いつものジョシュアくんだわ。
やっぱり真面目でないのが彼だった。
「そうそう、で、ヒューゴが北の森でこれを見つけて採集したんです。
奴にアリス様が北の森にあるという『山の塗料』を欲しがっていると話したら、これを持って行けと渡されたんです」
ヒューゴ先生は、以前私の家庭教師だった公爵令息だ。
彼はもともと、国立研究所で魔法の研究をしていたけれど、私の家庭教師を辞職してからは湖の畔で個人の研究所を開いたと聞いている。
「ヒューゴは北の森で魔法植物の研究をする為に我々の潜入部隊に志願したと言っていました。
アリス様のお顔の湿疹の原因を突き止めたのも実は彼なんですよ?あれは魔法植物の仕業だそうですから」
「そうなんですね···········!」
ヒューゴ先生ありがたいわ。彼はいつも私を助けてくれる。
まさか先生も戦地に行っていたのはショックで心配だけれど。
私はその包をそっと開けてみた。
『心はいつもアリス様と共に。
どうかお元気で。
追加が必要であれは承ります。 ヒューゴ 』
包装紙の裏にはメッセージが添えてある。
紙はぐしゃぐしゃにシワが寄っていて、とても急いで梱包された様子が伝わってきた。
そこにはガラスの瓶が入っていた。
中身は半透明琥珀色の液体だ。
固く蓋が閉めてある。
私は机の上に置いてまじまじと眺める。
これが、本当に『山の塗料』··········?
私の心は高鳴った。
「··········ヒューゴ先生にお礼を伝えてくれる?」
「はい。伝えますね。
あ、後、これも忘れ物です」
窓枠にもたれ掛かっていたジョシュアくんは、手招きして私を自分に近づかせる。
彼は不意に私の手を取って手の甲に口づけた。
その後、私の手の中に何かを置いた。
見ると、手の中には大きな金塊の粒が収められていた。
「···········ふ、こんな挨拶もこの国では破廉恥なのでしょう?
これで私にも戦争とは無縁の思い出が一つできましたね。もう思い残すことはありません」
「はあ!?」
私の驚いた顔を見て、
ジョシュアくんはあははと笑った。
「こんな事を言って、
そんな顔が見たかっただけですけどね。
では、失礼します。アリス様」
「あ!ちょっと········」
ジョシュアくんは風のように去って行った。
私の手には金塊の粒が輝いていた。
「綺麗·····これも、北の森で採れたのかな?」
ジョシュアくんの去った後には、
湿った森の土の匂いが漂っていた。
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