5 風雲急を告げる ヒューゴside サディスside
俺、アリス様の家庭教師のヒューゴ•ヤッデ•ファツィアは驚愕した。
城外のマホニアの街でアリス様と逸れてしまったのだ。
今、目の前には、恐ろしくも、美しい男が冷笑して立っていた。
街の喧騒と吹き募る嵐が、まさに風雲急を告げる。
いや、むしろ地獄直行便を私に告げに来ていたのだ。
彼が社交界で噂の、文武両道、頭脳明晰、才気煥発、16歳にして近衛師団の実権を握りつつ父公爵の補佐を完璧にこなしているという
サディス•トゥヒ•スプルース その人だ。
おまけにこんなに容姿が端麗だなんて、感心するよりずっと恐ろしさが際立ってしまう。
私とアリス様との師弟関係は、永遠に続くと思っていた。
これは大変に愚かな考えであった。
そう、嫌でも気がつかされたのだ。
彼女がどんな存在かということを。
この国のたった三つしかない公爵家の一つ、ファツィア公爵家の四男である私の名はヒューゴ•ヤッデ•ファツィア。
私の身分は、まあ一般的には高い。
ただ、正妻腹ではなく母は平民出身の妾であり、おまけに四男という私の立場は公爵家内ではそう恵まれたものではなかった。
だから死にもの狂いで勉強し、実績をつくり現在は国家研究機関で研究員に就いている。
その功績を認められ、王女殿下の家庭教師という名誉にも預かることができたのである。
王族の家庭教師というのは名誉もさることながら、王族の信頼をもぎ取り、将来は重職へ引き上げて貰えるという実益もある。
特に私のように、家は大きくとも後継の嫡男ではなく予備の次男ですらない、役割からあぶれている者には魅力的なお仕事なのである。
アリス様の『前世』に纏わるお悩みや、どんな摩訶不思議な質問にも、真剣に調査した上で、冷静かつ懇切丁寧に対応してきた。
どんな無理難題な要求にも応えてきたというのに。
今更になって、この師という崇高な立場が取り上げられるとは···········誠に遺憾である。
良くないと分かってはいたのだ。
ただ、アリス様が俺の両の手を取って、街で商売がしたいと目を潤ませてお願いするから·······
私は母の古い知り合いから街外れのボロ屋を買い取り、アリス様の木工工房を手配してしまったのだ。
アリス様はご自分で木を加工して様々な物を作るのがお好きだ。それを市井で販売してみたいと言った。
社会勉強だからと言い張られるので、アリス様の為になるならと、様々な木工用道具も取り揃えて、明日からでもすぐに工房が開ける状態なのだ。住み込める設備も頼まれて完備した。
今日はそこへアリス様を案内する予定だったのだ。
とはいえ、気づけば······?
大それたことをしてしまったものだ?
ここに誰が住むというのか?
王女のアリス様か?
私は今まで何をしていたのだろう。
ようやく我に返った。
罪状は、王女殿下を市井に連れ出し危険に晒した。ということらしい。
木工工房についてどこまで知られているのか分からないが、
私は他にもきっと色々やらかしている。
家庭教師に不適合の烙印を押され、残された私の身の処し方は、このままこの場を速やかに退散することだそうだ。
確かに、それが唯一無二の方法なのだろう。
そうすれば、罪状を軽くできるかもしれない。
しかし······
「後は私に任せて、貴方は帰りなさい」
雑踏の中で、サディスはいう。
「で、では、立ち去る前に、殿下にご挨拶をし」
「君にはとても殿下がお世話になったようだ。
研究所にも戻れるし、謝礼をより上乗せしておくろう。餞別にね。
だから、速やかに帰ってね?」
せめてと懇願する言の途中で遮られる。
このままアリス様に挨拶すらさせてくれないようだ。
もう、彼女に会えないのだろうか。
即座に帰れば、首の皮が繋がる。穏便に済む。
納得はできないが、彼を怒らせてはいけないと本能が警告する。スプルース公爵家の跡取りがこんなに恐ろしい男だったとは。
王女を危険に晒した罪を擦り付けられれば、私に選択の余地はなかった。
それでも、諦めきれず俯いて黙っていると。
「ああ、帰り道には気をつけて。
危ない輩が跳梁跋扈しているかもしれないよ」
サディスは、冷たい笑みを深くした。
どうやら私は命までも危ないらしい。
すっかり恐怖で背筋が凍ってしまい、
「ああ、そうだ。今度からはきちんと礼儀を弁えて『殿下』とお呼びしなさいね」
そんな警告も追加されて。
やっぱり後ろを振り返らず一目散に帰ることにした。
「サディス様·····?
まあ!?ここでお会いするとは!驚きましたわ」
雑踏で急に手を引いたから、アリス様はかなり驚いて青ざめている。
「本当ですね。私は街に買い物に来ているんです。
そうそう、アリス様の家庭教師、ヒューゴ君。彼は帰りましたよ。
先ほど偶然に会いまして、何か急用ができたみたいでした。
殿下にお詫びを伝えて欲しいと言っていましたよ」
「え!?あら、そうですか?····仕方ないですわね」
アリス殿下は目を瞬かせながらもあっさりと頷いた。
彼女は緻密で精巧な外見に反して、生来の中身はやや淡白な人柄だと知っている。
人の感情の機微には疎く、無頓着だと言っていい。
何事にも無垢で素直というか、そこが何とも可愛らしい。
まあ、包帯が巻かれた顔からは表情が読み取り辛いけれど。
「家庭教師とは買い物に来ていたのですか?何を買うつもりだったのですか?付き合いますよ」
殿下の予定を変えるわけにはいかないと思い提案する。
「えっと、その、ありがたいのですが······
ヒューゴ先生でないと買い物がわかりませんの。残念ですがまた後日にしますわ」
残念だけど彼に後日は無いんだよ、と彼への信頼に妬けつつも秘かにほくそ笑む。
今日彼は殿下の家庭教師を解雇されたのだから。
もともと彼は三大公爵家のファツィア公爵家とはいえ平民の妾の子で、子息の中でも地位は末席だ。
秀才と名高いが、スプルース公爵家の嫡男の私に比べたら立場は天と地の程の差があるといえる。この処置に反発は起こらないはずだ。
「そうですか?···では、私とそこのカフェーへ入りましょうか」
私が誘うと、殿下は、ちょっと困ったように笑った。
だけど納得してくれたようだ。
母が平民だという庶民丸出しの教師が何を教えていたかは知らないが、彼女には尊い身に相応しい教育を受けていただきたい。
私は衷心より、そう思った。
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