29 清潔な夜に アリスside
カインの後をついて行く。
まっ暗闇の通路は本当に恐ろしい。
右に曲がる、
カインは本当によくこんな道を覚えているわね······
左に曲がる、
私一人だったら迷ってたわ········
右に曲がる、
何で怒ってるのかしら·······
ようやく明るい部屋に出ると、そこはどこかの客室の一室だった。
「よ、良かった〜ありがとう!」
流れで抱きつこうとしたけれど、ひらりと躱された。
そうか!私とカインとの関係性がよく分からないわね。カインは私を誰だと思ってるのかしら?
さすがにマリアとか知らない女だとは思ってないわよね。姉さんって言ってたし。
カインは手ずからお湯をタライに汲んで持って来てくれた。白い清潔そうなフキンを浸して絞って、私の身体を徐ろに拭き始めた。
「え、カ、カイン!先に自分を拭きなさいよ!私も自分で拭くし」
確かに私達は真っ黒だった。
あの通路、暗いだけじゃなくて汚れて真っ黒だったのね。
カインは私の言葉を無視して、肌が出ている箇所を拭きだした。
足の爪先から太ももまで丁寧に、今は手の指の先から二の腕に向かって黙々と進んでいる。
いやっ、こちょごったいから〜っ
カインは、拭きながら身体を確認しているようだ。
「何······?この身体、すごく生きてるね」
「これっこれね、私が作った木像なんだけど。なぜか中に私が入っちゃったの」
カインは考え込んでいる。
ジョシュアくんから聞いて事情は知っているようだ。
「·········ちょっ···あははっっ!こちょごったーい、
止めて止めて!これ以上は、やーめーてーー!」
何なのこの子は。
18歳設定のボン・キュッ・ボンの女体よ?
眉一つ動かさず隅々まで拭こうとする彼には脱帽だ。
今すぐ止めさせないと。
私はくすぐったいのに耐えられず涙が出てしまっている。
カインは驚いた顔をした。
「これって、どのぐらい姉さんの身体なの?」
「いや、どのくらいって········血液っぽいのも通ってるのよ?
そもそも、カインは恥ずかしくないわけ!?」
私は恥ずかしい!くすぐったい!
「平気だよ?こんなの前世で見慣れてるし。歳だってこのぐらいだったじゃん」
え、かなりスペック上げてるのに?平気なの?
見慣れてるって語弊あるよね〜
まるで前世に私が身体を拭かせたりしたみたいじゃない。
前世の私達の容姿は今とは全然違うはず。
前世は純日本人。今世はどちらかというと西洋人風だと思う。
「前世とは似ても似つかないよ······
でも、雰囲気は同じなのよね。私、ツリーの下で会った時、敦忠だってすぐ分かったもん······」
カインは驚いた顔をしている。
「何で、知らないフリしたの」
「カインも次会った時、お前呼ばわりで知らない風だったじゃん」
「········」
「ごめんね。それに、私アリスなんだよ」
二人共に気まずい空気が流れる。
「もう知ってるよ。でもアリスって包帯巻いてるから、死んじゃう前の姉さんをどうしても思い出して······認めたくなかった」
「そう、なんだ······ごめん、私死んだ時のことあんまり覚えてない·········」
私が前世でも包帯を巻いていたとは驚きだ。
カインは、急に大きな溜息をついた。
「俺、姉さんには城に来て欲しくなかったんだ」
「そうなの?来ちゃった、ごめん」
「········ここは、あの森と同じだ。
死の臭いで溢れかえってるから」
カインは小さく独り言のように呟いた。
「姉さんは放っておくと災害に遭ったり、結婚したり、おまけに赤ちゃんを作ったりするからさ········」
「え?え?何のこと?」
「忘れてるの?」
「そんなに覚えてるカインの方がおかしいよ。
私たちこれからを生きていくんだし、
前世なんて忘れちゃっていいのに」
「そう·········
じゃあ都合の悪い事は思い出さないでね?
あの森での事はもう思い出さないで」
カインは懇願するように言うけど、
努めてできることなんだろうか?
「姉さんはもうずっとここに居て」
カインはそう言い捨てて、自分はまだ真っ黒に汚れたまま部屋を出て行く。
鍵がかかる音が響いた。
途端に静寂が訪れる。
これって、明日には開けてくれるよね?
さっきも自由クリスマス教の客室で鍵がかかってたし、客室の外からの鍵かけはいつの間にか城のデフォルトになってしまったようだ。
「······あっっ」
これって【森の王女】にあったかも。
私は必死で残り滓のような前世の記憶を呼び覚ましていた。
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